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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第31節 ぶつかる想い

 

 吹き下ろした風が気持ち良い。

 風通しのよい木立のある丘の上で衣服を干す。

 替えの服は何着か用意していたが、流石に半月も経てば衣替えは通用しなくなる。汗臭さと泥臭さが気になり始める前に、水や石鹸で汚れを落としておきたかった。

 紐を伸ばし両端を木々に括り付ける。濡れた衣類を、横一直線に張った紐にかけていく。真上から降り注ぐ日光が、服に含んだ水分を発散させた。魔法でも良かったけれど、この乾かし方が一番好きだった。

 バレッタを外して風に髪をなびかせる。色素の薄い金髪が、少し脂っぽくてべたついていた。

 取り出していた皮革の水筒の蓋を開ける。中に入った水を操り、頭皮から毛先までを湿らせた。

 気付かないうちに髪も少し伸びてきている。これから暑くなるだろうから、少し切ろうかな。体の汚れを拭きながらそんなことを考えた。

 足を放り出し、草地に腰を下ろす。

 眼下に広がる新緑の平野とそれを横切る河川を眺める。野鳥の鳴き声がどこからか聞こえて耳を澄ました。陽の光が木々の葉っぱに反射してきらきらと輝く。間延びした時間がゆったりと流れて、私たちに覆い被さるようだった。

 数日前に通りがかった中央都市の砦で、私たちは兵士からとある依頼を受けた。

 山岳からの魔物の侵攻を防ぐこの砦には、行商はおろか冒険者が近付くことは少なかった。冒険者の証を見た兵士の一人が、私たちに接触し魔物の調査を依頼してきたのだ。砦より北に進むと、大きな崖が見えてくる。そこで目撃された魔物の種類を確認してきてほしいそうだ。

 いわゆる付近に生息する魔物討伐の斥候だ。砦にはそれを行うほどの人手が不足していた。

 近道ついでに街道を迂回していた私たちは、路銀稼ぎも兼ねてこの依頼を引き受けた。お金に困ってはいなかったが、近年増加している魔物の繁殖は油断ならない。もし見過ごして魔物が町や村を襲えば、恐ろしい被害が出ることになる。

 点在する砦の機能はあくまで保険であって、冒険者が行き来することでその警戒網を広げていた。魔物の活発化にはそうやって対処していく他ない。

 ……とでも、彼は思っているのだろうか。

 兵士から話を聞いて、二つ返事で承諾してしまった。

 北へ進み目的地付近にさしかかると、彼は一人で勇み足に魔物の調査に赴いた。

 ただ待っているだけなのも暇なので、洗濯や水浴び、日用品や備蓄の点検をしたりして彼の帰りを待つ。

 どうせならみんなで行けばよかったのにと思うが、彼からここで待つよう言われていた。

 私たちのためにあえてこういう休息の時間を作ってくれた、彼なりの思いやりなのかもしれない。

 傍で同じように水洗いするドーラが気楽そうに話しを振る。

「そういえば、こんな日の高い内に留まったことはあまりありませんでしたね」

「そうですね。暗くなると進めませんから、いつもなら馬車に揺られている時間です」

 髪の毛の水気を切りながらクィーラは答える。

「すいません! お待たせしました!」

 木立の中から彼の声が聞こえてきた。焦げ臭いにおいとともに姿を現す。

「大丈夫ですか!?」

 彼の泥だらけのなりを見て私は声を上げる。

 屈託ない笑顔で少年はそれに応えた。

「問題ありませんよ。ちょっと探し物をしていたので……。

 魔物の方も片付いたのでしばらくは安全だと思います」

 袋から何本か牙を取り出して見せる。それは、私たちの手のひらより少し大きい。

 調査の対象となったのは砦より北に進んだ峡谷。険しいその崖は調査するのも一苦労だっただろう。

 本来であれば装備や相応の支度を整えて派遣されるべきだ。だから兵士たちは代わりの冒険者に調査の依頼をした。

 渓流という地形の所為か、他の生物との縄張り争いも多く、その付近には強い魔物が発生しやすいと聞いたことがある。

 依頼は魔物の正体や痕跡を調べるだけだったはずだが、彼はその魔物ごと倒してしまったようだ。

 彼の手に持つ牙の大きさは相当なものだ。一体どんな魔物だったのだろう。

 この辺りの魔物に、私はそれほど詳しくはない。

 少年は袋から大きな石を取り出すと、私たちに見せた。

 首を傾げながらドーラが尋ねる。

「これは、なんですか? ……宝石?」

 白桃色の石は見た目がとても綺麗だった。

 艶はないが白い帯が柄のようにもみえる。

 彼は笑いながら告げた。

「宝石……ほどではないですけど、とても高価なものです」




 ■■◇■■




 重い扉が開かれて、外から太陽が覗いた。

 錫杖の音が足音と重なる。

 影の中から日向に出ると、熱気が肌を焼く。

 雲一つない青空から放たれた日差しは、日を追うごとに強くなっていた。

 澄んだ青い瞳が映し出すのは、正面に立つ同じ青い瞳の魔法使い。

 歪な杖を手に中央のステージに進み出る二人。

 待ちわびた一戦。

 この日の為に努力を積み上げてきた。

「風使いクィーラ対、氷使いルリ―――」

 炎天下の会場の温度が勢いづき、一気に高まった。

 学院長の号令が今、下される。

「――試合開始じゃ!!」

 開幕と同時に魔力の塊を前方に作り出す。

 凛とした声がクィーラの耳に入ってきた。

「よくここまで勝ち上がってこれたな。賛辞されるべき行為だ、クィーラ……」

 表情を動かさずに口上を述べるルリ。

 険しい顔のクィーラは応える。

「約束を忘れたとは言わせませんよ……!」

 金糸の入った白いローブがはためく。

 正面から見たルリの顔は、恐ろしいほどに整っていた。

「そちらもな」

 言い終えると同時に互いの魔法がぶつかり合った。

 激しい衝撃音とともに冷気が飛散する。

 細かな氷の粒が風圧に飛ばされ闘技場内を席巻しキラキラと光る。幻想的な景色が会場全体を覆った。

 歓声はものすごい勢いで大きな盛り上がりを見せる。

 ルリとの試合に初撃で倒れなかった選手はクィーラが初めてだった。

 瞬時に結晶の粒は風に飛ばされ塵となって消える。

 クィーラの杖の先を中心に、再び風が集まり凝縮を始める。空気が歪んで全てを飲み込む風の塊が形成された。

 錫杖の先端に付けられた輪がぶつかり合い、高い音を出す。

 一方、ルリの周りには氷の粒が浮遊し冷たい空気が流れ始めていた。歪な杖の先、凍てついた氷の結晶が牙を向く。

 示し合わせたわけではなかったが、両者が打ち出した魔法のタイミングは同時。

 空気を貫く鋭い氷塊と、それを砕きながら進む風の渦。

 激しい二つの魔法は一歩も引けをとらず、眩しい輝きを生みだしていった。

 二回目の衝突、再び白い霧が飛散する。闘技場の外からは薄く張った煙で二人の姿は見えない。

 魔法を唱えた直後にクィーラは風を従え飛び上がった。

 足元を凍らされ機動力を奪われることを避けるためだ。

 氷の魔法は一度絡みつかれると厄介この上ない。

 ルリの魔法なら、尚更回避は必至だった。

「――――!?」

 クィーラの頭上、ルリが空を舞い杖を持ち上げて待ち構える。

 空中に逃げることなど、彼女の予想の範疇であった。

 杖を振るい新たな魔法を唱える。

「淀むな、氷瀑落(アイズファウ)

 突如、空中から吹き出した氷の滝がクィーラめがけて一気に押し寄せた。

 ごうごうと下層の氷を尽く砕きながら、巨大な氷の雪崩がクィーラもろとも地面を叩く。次から次へと落とされる氷瀑の魔法。

 流れる滝は止めどなく地面を覆いつくし、一面を氷のフィールドへと変貌させた。

 一瞬の判断で防御魔法を用い初撃を受け止め、反動で地面すれすれまで落ちたクィーラは横に飛ぶ。

 落ちてくる氷の滝を回避しながら風を操り飛行した。

 躱した氷が地面で砕けて粒が舞い上がる。

 氷塵の中を突き進みながら右へ左へ避けるクィーラ。少しでも魔力探知が遅れれば、一瞬で下敷きになってしまう。

 杖を構えたままのルリはさらに追い打ちをかける。

「落ちていけ、氷塊落盤(アイズフェシュトーツ)

 氷瀑の質量を遥かに越える大きな氷塊が、場内を覆いかぶさるようにして形成された。

 クィーラは一面に影が広がったことに気付いたが、落ちてくる逃げ場のない攻撃を避けることはできなかった。

 激しい轟音と地響きが鳴る。観客たちは地面に手をついて揺れる体を支えた。

 ステージ上の全てを叩き潰した氷の岩盤は氷塵を吹き上げ、選手が戦うフィールドすべてを平らに均した。

 圧巻の魔法制圧力。見るもの全てが言葉を失ってしまう。規格外を通り過ぎ、恐怖さえ感じてしまう理不尽さ。

 彼女の攻撃魔法は闘技場には収まりきらない。

 軍でもここまで圧倒的な魔力を持つ者はいないだろう。

 待機していた学院長は腕輪をちらと見る。小結界が動作し、一定量の傷害を検知する魔導具だ。

 この攻撃の中、クィーラの安否を案じたつもりだったが学院長の口元が緩む。

 魔法の勢いが失われ、氷の動きが止まる。

 ルリは浮いたまま、叩き落としたクィーラの落下地点を静かに見つめていた。

 ……勝負はまだこれからだ。……まだ、ここで終わってしまうな、クィーラ。

 観客が静かに見守る場内、氷の一部に亀裂が生じる。

 破砕すると同時にクィーラが中から飛び出した。凄まじい速度で空中へ驀進しルリに接近する。

 両者の目が交差する。

 見上げたクィーラは、魔力を練り上げた。

 さっきと同じ轍は踏まない。錫杖を使わず、素手を向けて呪文を放った。

圧空弾(ルフトカノーナ)!」

 押し込まれた空気が高速で弾き出される。

 略式魔法に虚を突かれ、ルリの防御が間に合わない。

 風の一撃にルリの体は後方へ飛ばされた。

 空中で体勢を立て直さずそのまま地面に落下する。

 クィーラの触媒魔法はスキルによって詠唱が早かったが、略式魔法はさらにそれを凌駕した。

 次の一撃を打つためもう一度風を操りルリに迫る。

 水色の髪の彼女はそのまま落下していく。微動だにしない体を見つめる。

 準備をしてきただけに、ただの風の魔法であれほどダメージを負うだろうか、と疑問が湧いた。

 クィーラはその微妙な違和感を直感で理解した。

 ルリはわざと魔法を食らい、カウンターを狙っている。安易に飛び込めば氷漬け。彼女相手に油断は命取りだ。追撃を中止し、その場にクィーラは留まった。

 目を開けたルリはすかさず体勢を立て直し地面に着地する。

 見上げながら告げた。

「……やっぱり、君は非常に優秀な魔法使いだ。私の氷を突き崩すなんて、全く、面映ゆいな……」

 彼女の瞳が小さく揺れた。

 過信しすぎた自分の力を責めるように。

 クィーラは尋ねる。

「どうして、こんなことを……」

 あっけらかんとして彼女は告げる。

「ずっと言ってるじゃないか、私は彼が欲しい」

 彼女の言葉にクィーラは表情を止めた。

 そのままルリは平然と話し続ける。

「君はあれほど卓越した魔法使いを自分のモノにしたくないのか?」

 水色の髪を払う大げさな動き。

 やっぱりたいしたダメージは与えられていない。

「彼は奴隷じゃありません! モノなんて言い方はやめて下さい!」

 クィーラの声にルリは反応する。

「あぁ、勿論だとも。彼が奴隷では身分不相応だ。私は彼と添い遂げて、事実上の私のモノにする」

 ――――なっ!?

「彼は聡いし優しい。人間的に成熟し、自己犠牲の精神も計り知れない。これ以上ない伴侶だ」

 ルリはお返しとばかりに手のひらを向けて略式魔法の

 氷の粒を何発も飛ばし始める。

 クィーラは防御魔法で捌きつつ風を纏う。

 氷は砕く度に霧を撒き散らし、視界を悪くしていった。

 白い粉塵の隙間から声が聞こえる。

「彼はまだ幼い、だから今のうちに青田買いしておかないと」

 音と魔力を探りながら、ルリの位置を推測する。

 遮られた視界を晴らすべく魔法を使う。

「彼の気持ちを無視して……!」

 予想範囲に風を放つ。風の切っ先は氷の粒を押し出した。

 だが、霧が晴れたその先にルリの姿はなかった。

 ルリの礫の魔法は止んだが、深くなる氷の霧に周囲が見渡せない。

 不用意に動けば、氷に触れてしまうかもしれなかった。

 どこからかルリの声が響く。

「無理強いはしない、彼は長い旅路の途中だと聞いたよ。私はそれについていき、苦楽を共に過ごすつもりだ」

 振り返って、クィーラは声の方向に風を放つ。

 やはり手応えはなかった。

「彼の旅の目的は魔王討伐だそうだな。彼を口説くのには十二分な時間だと思わないか?」

 奥歯を強く噛むと、捻れるような音がした。

 臓腑の底から痺れていくような感覚。

 彼がぺらぺらと自分の旅について語るなんて想像できなかった。

 そんなに、彼女を信用しているの……?

 頭が熱に浮かされそうになる。

 初め、私は彼の夢を信じられなかった。それだけに、軽薄な動機で彼女が旅に同行しようとするのが許せなかった。

 彼は彼女を拒否するだろうか。……いや、彼なら受け入れてしまうに違いない。

 あの優しい笑顔が遠いところにいったような気がして、言葉にならない切なさで胸が苦しくなった。

 冷気が頬に流れ込む。

 本能的に背後を防御で覆った。

 次の瞬間、巨岩のような氷の結晶がクィーラの体目掛けて突き出してきた。

 防護魔法と氷が擦れ、衝撃でクィーラは倒れ込む。

 冷酷な鋭い次の一手がクィーラに襲い掛かる。

 地面から突き出す氷柱の攻撃を避け、クィーラは串刺しにならないよう細かく移動した。

 風が耳元で音を立てる。ローブの布地がはためく。

 余計なことを考えている場合じゃない。

 ここで負ければ本当に彼を失ってしまうかもしれない。

「それにほら、一緒だろ?」

 声が聞こえる方をクィーラは見た。

 薄く霧の晴れた場所にルリの顔が覗く。

 自慢の髪の毛を指さし冷笑する彼女。

「同じ色だ」

 放たれた風の魔法は氷に防がれる。

 柄にもなく苛立ちが積もるのを感じた。

 ルリの追撃を振り切りながら氷塵は濃さを次第に増していく。

 砕かれた氷の粒が空気中にまき散らされ、空間を支配する。

 低い温度に晒され続けたクィーラの肌は、刻一刻とその冷気に犯され始めていた。


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