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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第29節 透徹に

 

 管理局からの嫌疑を振り切り私たちは部屋を脱した。

 図書館のホールから出て、互いに顔を見合わせる。

「ふぅ、なんとか切り抜けられましたね!」

 お嬢様は清々しく笑った。

 ザルタス先生も苦笑しながら言う。

「これでしばらく監視は付かないでしょう」

 私は一人困惑していた。

 口をついて出たのは、説明を求める言葉だ。

「……何が、どうなっているんですか」

 わけもわからず図書館からここまでついてきた。

 お嬢様は私を見て、すみません、と答える。

「監視の目があったので、極力核心を避けていました」

 ザルタス先生も同様に私を見て頷いた。

 どうやら二人はその核心とやらを理解しているようだ。

 研究棟の廊下は隅々まで掃除が行き届き清潔感がある。石でできた床に無地の絨毯が敷かれていた。図書館とは違い窓が等間隔に置かれ、外の景色が見渡せる。

 時刻は正午をとっくに過ぎた頃合か。

 反対側にはボードが貼られ、実験の手伝いや被験者の募集、生徒や教授に対する注意書きも散見された。

 しばらく廊下を進み出入口近くの階段まで戻る。ちょうど試合が終わったのか、沢山の生徒が押し寄せていた。

「それでは、私はこれで」

 ザルタス先生は唐突に告げる。

 頭を掻きながら何とも言えない顔を浮かべていた。

「この件ですが、私をここへ寄越した人物に報告します。貴方たちも、あまり無理はしないようにして下さい」

 以前は頼りないと思っていた痩せた先生の顔は、今見るととても優しく安心感がある。

 彼の瞳はお嬢様をしっかりと見つめていた。

「……クィーラさん、あなたは少し自分を犠牲にしすぎる。自分を大事にすることも、人のためでもあるんですよ」

 力強い言葉の端々に先生の心配が滲んでいた。

 彼は台車の車輪をきしませて背中を見せる。

「先生、ありがとうございました!」

 お嬢様は丁寧にお辞儀をして告げる。

 私もそれに倣う。

 絶え間ない人の波に押されるように先生の姿は消えてしまった。

 お嬢様は研究棟から外へは出ず、階段をそのまま降りていく。研究棟の地下にまだ用事があるのだろうか。実験室の一角に入り扉を閉めると、大きく深呼吸して肩を下ろした。

「はぁ、ようやく落ち着けました」

 ため息と共に疲れを吐き出して、これまでの殺伐とした意識を弛緩させる。

 私も心なしか緊張の糸が解け、幾分か楽になった。昨日から色々なことが起きすぎている。

 研究棟の隠し部屋への鍵探しから始まり、パレッタ様の行方不明、動く影の出現。禁忌実験の資料や理事長、管理局の介入。今朝の恐ろしい魔法とザルタス先生を呼んだ人物。

 訳が分からないことだらけで、整理しなければ頭が追いつかない。

 私はお嬢様に話しかける。

「落ち着いているところすいません。お嬢様が図書館から出てきたということは……」

 私たちが昨日と今日、図書館に来た理由。それは手紙が運んできた意味不明のなぞなぞだった。

 わだかまりを晴らすならまずはここからだ。

 私の問いにお嬢様はしっかりと頷いた。

「はい、隠し部屋の鍵は手に入りました」

 やっぱり、私の知らないところでことは動いていた。その核心とやらが何なのか、聞いてみようではないか。

「昨日見つけられなかった鍵を、今日どうやって見つけたのですか」

 お嬢様はその瞳に私を映して答える。

「私たちは鍵の在処を見つけられず途方に暮れていました。

 しかしそこへ、例の動く影の騒動がありましたね」

 頷いた私にお嬢様は話を続けた。

「私は初め、動く影は"偶然起きた稀な出来事"。そう思っていたのです」

 長い睫毛を伏せた彼女は、自らの頭の中も整理しながら言葉を紡いでいく。

「ですが、もし七不思議がそれ自体に何かしらの意味を持っているとしたら……」

 私ははっとした。まさか、いやでも……。

 お嬢様は私の表情で察したのか、浅く顎を引く。

 学生たちの好奇な噂話が口伝として広まったものが七不思議だ。私は今までそう思っていた。

「つまり、七不思議は学院の秘密を暴くために誰かが意図的に引き起こしていると」

 私の言葉にお嬢様は頷く。

「あくまで仮説ですが……」

 その然るべき態度に私は同調する。

 確かに、純然たる証拠は何もなかった。

「仮説でもいいです。動く影は、何を伝えようとしていたのですか」

 私はお嬢様に答えを訊いた。

「……あの本は全て、未完結の本だったのです」

 水滴のような言葉の雫に波紋が広がる。それがすべてを解く真実だった。

 ザルタス先生はあの時、図鑑は未完成だと言っていた。他の本も同様に、移動させられた全部が未完成だったというのだろうか。

 いや、そんなはずはない。

 私は思いの丈を述べた。

「お嬢様、それは違うと思います。冒険者の本を思い出してください。あの本は著者が行方不明の期間がありましたが、きっちり最後まで本を書ききっています」

 しかしお嬢様はそれに気付いていないわけじゃなかった。

 青い瞳をこちらに向けて、ゆっくりと告げる。

「これは憶測です。何の根拠もありません。

 ……動く影は、知らなかったんだと思います。本が完成してしまっていたことを」

 私たちのいる実験室は図書館と比べて静かだった。辺りからは物音ひとつしない。閉ざされたこの空間に二人だけの言葉が響く。

 聞こえてきたお嬢様の声を、もう一度噛みしめる。

 "本が完成したことを知らない"

 それはなんだかあまりにも恣意的で、結論に辿り着くために歪められた答えのような気がした。

 私の反論を待たずにお嬢様は続ける。

「何故そう思ったか不思議ですよね。確かに納得のいく説明は難しいです」

 喉からでかけた言葉が上手く出せない。

 お嬢様の言葉を、私はただ待った。

「私が違和感を覚えたのは、多くの著者が亡くなっている、と聞いた時です」

 移動させられた図書の多くは、著者が死亡したり行方不明だったりしている。本を著す年齢がそもそも高齢だということもあり、著者が本の続きを書けなくなることは往々にしてあった。

「集められた本は続編が綴られているものや、一冊で完結しないものがほとんどでした」

 冒険活劇や英雄譚など、広く読まれるためにはそれなりの配慮や流通を考えなくてはならない。

 大きさや素材、持ち運びやすさなど、出版や流通までにかかる本の普及を考えると、内容が多い書籍は規格を守って製本される場合が多い。

 つまり、一冊では入りきらない内容をいくつかの本に分けるということだ。ザルタス先生が言っていた廉価版というのがそれを指す。

「新しい本であれば未完結なんて数え切れないほどあります。ですが、影はそれを選ぼうとしなかった。何故なら……」

 お嬢様は目線を逸らすと言葉を切った。

 私はその続きを言う。

「新しいものを"認識できていない"。そういうことですか」

 私の言葉にお嬢様は首肯する。

 確かに、完結していることを知らない、という仮定を鵜呑みにすればそれは成り立つ推論だ。

「そういうことですか……それでザルタス先生の用事を思い出させたんですね」

 偶然か必然か、ともに手伝っていたザルタス先生は、未完成の本を取りに行くという建前を持っていた。

 いや、ここまでくればそれは偶然ではないのかもしれない。大賢者様の祝福か、あるいは先生を呼びつけた者の意志か。

「未完結の本がメッセージということは分かりましたが、それが隠し部屋の何を指しているのか………」

 言い終わる前に気が付いてしまう。

 そうだ、あのなぞなぞだ。

『古く新しい場所へ行き、そこに在ってそこに無い、誰にも見つけられないものを見つけよ』

「ドーラの推測はある意味正しかったのです。"昔"在って"今"は無い、紛失書庫の本」

 昨日私が答えを見誤った手がかりの場所。

 解き明かし勝ち誇ったような気持ちだったが今は違う。

 実の答えはその裏返しだった。

「"未来"に在って"今"は無い、つまり本になる前の未完成の原稿を指していたのです」

 少しこじつけのような気がしないでもない。問いが大雑把過ぎて解釈が広くなっているせいだ。

 だけどそもそも私たちは、最初からあの問いにきちんと答えられていたのだろうか。

 お嬢様が手紙を取り出して見せながら語る。

「ヒントは最初から提示してありました」

 私はピントのズレた眼鏡で見るように、そのヒントとやらがある手紙を見つめる。

 そうか、そういうことだったのか

 手紙にある最初の手がかりを見落としていた。それは、みてくれの悪い、紙を再利用した紙背文書だった。

「紙も安価ではありません。製紙技術は昔と比べ向上しましたが、粗悪品が出回ることもよくあることでしょう」

 薄っすらと以前書かれた文字が残る手紙の表面を見せながら、お嬢様は言う。

 安く品質を確保し見た目を気にしないのなら、以前使われた書物を再利用することもある。だが、商家や貴族の子息が集まるこの学院では、専ら高級な紙が使われることの方が多い。

 あえてこの紙を探そうとするのなら、それは大量印刷された本や図書だけだろう。

「わかりました、初めから答えは本だったのですね」

 建物の改築で古い部分と新しい部分が共存している。そう思って場所を図書館に限定した。

 だけど最初から古書と新書があわさる場所、という答えに行き着けるようになっていたのだ。

 お嬢様は頷いて告げる。

「二つ目の謎が示していたものも、本が前提となるなら解釈が変わってきます」

 図書館か本か、という前提で意味が様変わりする。

『そこに在ってそこに無い』

 本として存在しつつも本では成り得ない何か。

 それを指すのが、未完の原稿だったのだ。

 私は呟いた。

「未完成の原稿がある部屋。それが二つ目の謎の答え……」

 お嬢様は答える。

「そうです」

『誰にも見つけられないものを見つけよ』

 それが最後の謎だった。彼女は続けて言う。

「最初に想定していたのは図書館の利用者でしたね」

 誰にも、に相当する主語の把握。これは謎解きを始めるための大前提だった。だけどこの前提は今では覆ってしまっている。図書館の利用者は原稿を見ることさえできない。

 私たちがあそこへ入れたのはザルタス先生がいたからだ。それを踏まえてもう一度主語を再構成する。

「図書館の司書やあそこへ出入りできる教授陣がその主語に含まれるのでしょうが、恐らく動く影の想定する答えではありませんね」

 私は言いながら自分の言葉を否定した。

 新しいものと古いものが混在する場所。

 現在は本ではない、未来の本。

 ……共通項は、時間だ。

 手紙の内容が時間という軸に組み立てられているのだとしたら、徹頭徹尾それに変わりはないはずだ。決められた法則性の中で割り当てられた役割。保証された条件下でのみ、その意味が変身を遂げる。

 私は頭を回転させた。

 古い時代の老人でも、新しい時代の若人でも、見つけることができない、私たちだけが見つけられるもの。

 ……そんなもの、ありはしない。

 普遍性に欠くことなく法則も正しく守る。そこには完璧なまでの論理が打ち立てられていた。

 知識、経験、能力、性別に関わらず、ありとあらゆる特性で歴史的人類史、人間が見ることができないものとは。単純な答えだった。

「透明、ですか……」

 真面目な顔をした私の主人は頷いた。

 読んで字の如く目に見えないもの。人間の瞳は、それを感知することができない。

 もしも今後人類が進化して、空気なんかの透過物を知覚できた場合、果たしてそれに囲まれた人類は生きられるだろうか。

 生きられたとして、それは人間と呼べるだろうか。

 遍く全ての人間が見えないものと言えば透明なもの。

 透明なものと言えば空気や光、そして魔力以外にない。

「私たちは幸運でしたね、本当に」

 お嬢様の呟きが聞こえる。

 もし本当に隠し部屋の"鍵"が透明なものだとして、それを見つけることはこの謎を解く者に可能なのか。

 未完成の原稿を蓄えたあの部屋には無数の資料があった。その中から透明なものを見つけることなんて。

 普通ではない特別な私たちにはそれができた。

 それは幸運としか言いようがないことだった。

 光を操る魔道士と旅をしてきたのだ。

 私たちは、光魔法の痕跡を追うことができる唯一の魔術師。

 お嬢様はあの時、原稿部屋の中でその痕跡を辿り、特定の魔力を帯びた透明な手記を見つけそれを読んだ。

 七不思議と題された隠し部屋への"鍵"を、私たちはついに手に入れることができた。

「お嬢様」

 やるべき事はもう決まっている。今更引き返すことなんてできない。深い闇の中で蠢く歪みに、足を踏み入れた私たち。蹂躙された想いを手繰り寄せ、見出した暗い光。

 ここから先は表舞台ではない。光の届かぬ隠匿された学院の歴史。

「わかっています。行きましょう」

 私は眩しさを感じる。

 中々どうして、彼女は勇敢であった。

 そこで待ち受ける邪悪とは何なのだろうか。

 私はお嬢様を、守りきれるだろうか。


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