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星の屑から  作者: えすてい
第一章 自由と代償
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第3節 ガノアと日常

 

「はぁ……」

 重い溜息がつい漏れた。丁度書類を届けに来たミレイはその声を聞き苦笑する。

「お疲れですね、ガノア様」

 机に座っていた件のお兄様ことガノアは、サインの終わった書類の山を持ち上げミレイに渡す。

 筋骨隆々の彼が机に座り事務作業に追われている姿は、何度見ても少し滑稽だ。鍛え抜かれた体とその力強さを指先に集中させ、丸まるようにして机に向かう。脇に置かれた巨大な円盾は、膨大な仕事量から彼を守ることは出来ない。

 今は鉄兜を外し、茶色の髪の毛を表に出している。

 ガノアは跡が残り少しうねった髪をかきあげた。

「いや、この作業のことではないんだが……」

 完了した依頼やギルドに纏わる様々な手続きを確認し慣れた様子で署名をしていく。

 ルールエ支部のギルドの事務仕事は膨大ではあるが、目下の問題はそれらではなかった。

 書類を抱え、窓の外を見下ろしながらミレイは言う。

「またお叱りになられたんですか?」

 冒険者の集団が外を行き交う。その中に白いローブの姿を見つける。

 ガノアは次の書類に目を通しながら返事をした。

「……ああ」

 ミレイは少し呆れた調子で作業に戻ったガノアを見た。

「クィーラ様はどうしても冒険者になりたいようですね」

 ガノアは手を止めずに返事をする。

「なりたいからなる、では困るんだ」

 瞬きを挟み、目線を落としたミレイは呟く。

「そういうものですか」

 書類をめくり次の手続きにサインをする。

「そういうものだ」

 やれやれとでも言いたげな目をした後、ミレイは恭しく礼をして退室した。

 静かになった部屋で黙々と作業を進めていたが、しばらくするとガノアはペンを止め深呼吸する。

 クィーラの魔法の腕は日増しに上達していく。もう二、三年もすれば俺を追い抜くだろう。

 だが望みを叶えるかどうかは別の問題だった。手首を回しながらちらりと窓を見る。

 ある時、父に言われた言葉をガノアは思い出す。

『我々は、個人の幸福や不幸まで責任を負うことはできん』

 だからこその、ルールエなのだ。

 突き放したようなその言葉が、歳を追うごとに骨身を痛感してくる。

 俺はまだ、クィーラに降りかかる不幸に責任を負うことができないでいた。

 ぎゅっと閉じていた瞼をそっとあけ、席を立つ。

 途中の書類を放り、ギルドを後にした。

 今朝の賑わいを失いつつある大通りは、それでも大勢の人が行き交う。会釈するギルド員や街の人々に頷いてみせたガノアは、胸に蔓延る黒い靄を必死に留めていた。

 大通りから路地に入り、複雑な道を大きな背中が横切る。小さな住宅がいくつも並ぶ通りにでた。

 家と家の隙間は狭く仮設の小屋にも見える。壁にそのままドアをつけた、廊下のような通りだった。

 周りから音が遮断され人目につかない道を壁に沿うようにガノアは迷いなく進む。

 とあるドアの前に立ち止まり、後ろを振り返る。閑静な住居の列。細い道の先からは、何の気配も感じない。誰もいないことを確認し、戸を押して中へ入る。

 しんと静まり返った廊下の先には、小さな明かりが灯っていた。

 薄暗い玄関でガノアはドアを閉めて鍵をかける。

 物音に気が付いたのか、中で誰かの息遣いが聞こえた。

 中へ進んでいくと、廊下は広い部屋に繋がる。部屋の中央には一人の男が椅子に座っていた。

 目の前に置かれたテーブルの上、所々印の入ったルールエの地図が広げられている。

 男は立ち上がり一礼すると告げた。

「お待ちしておりました、ガノア様」

 ガノアは手を上げて休めを合図し、男を着席させる。

 広げられた地図の中央にランタンが置かれ、その全貌を照らし出していた。

「首尾はどうだ」

 ガノアは短く聞く。

 男は地図を指さしながら答える。

「やはりガノア様の仰った通りです。取引の一部はロキに向かっております」

 声を潜めて男は続ける。

「ヤミレスに入ったところまでは把握しましたがその後は……」

 ガノアは顎に手を当て眉間に皺を寄せる。

「ヤミレスか…………」

 街道まで伸びた線は地図の縁で切れ、そこには中央都市国家ロキ、首都ヤミレス、と書かれている。

 ルールエで行われている様々な違法取引は他の街まで繋がっているということだ。

 まさか国境を越えた場所、ましてやヤミレスから危険な商品が流れ込んでいるとは予想外だった。

 しかも今回の調査は、ルールエから輸出された物の追跡だ。つまりルールエで作られた非合法のもの、あるいは人攫いで連れていかれた人間の行く末。それらの元締めに繋がる痕跡を調査するためのものだった。

 中央都市国家ロキ。大陸中央部にある超大国だ。

 根っこは相当深い、ということだろうか。つつけば何が出てくるか分からない。

 ガノアの様子に軽く咳をした男は、その話を切り上げて別の話を始める。

「それとガノア様、北の時計塔をお覚えですか」

 地図に記されたその場所を見ながら答える。

「ああ」

 忘れもしないその時計塔は、自身をギルドマスターに押し上げた場所だ。

 男は緊張した面持ちでさらに続ける。

「……この付近で物騒な形跡が見られました」

 物騒な形跡。持って回ったような言い方だ。時計塔が描かれた地図の周辺に印が散見される。

「また薬か?」

 気付けば男は拳を握り締めている。

 ランタンの光に反射した彼の目が光る。

「いえ、武器です。大量の武器が持ち込まれています」

 ガノアは息を飲んだ。顔を上げた男と目が合う。

 ガノアには、ある男の顔が浮かんだ。残忍な笑顔と不気味な笑い声。

 深淵から這い出て、再びルールエを貶めんと、とめどない悪意、溢れた狂気をふりかざす。

 復讐、だろうか。

 数年前の記憶が鮮明に蘇る。時計塔に巣食う犯罪組織とその首領。

 男の緊張が伝播するように、ガノアも拳を握った。

 目線を切り、地図を見下ろして尋ねる。

「概算でいい、いつだ」

「――――次の議会が開かれる前、かと思われます」

 すでに半月もないではないか。

 男は恐る恐る口を開く。

「ガノア様、お父上様は―――」

「――分かっている。分かってはいるが…………」

 ガノアは逡巡し、答えを探し求めた。

 この街の為に俺ができることは何もない。ただ黙って事の成り行きを見守ることしかできない。ルールエに介入してきたつもりはないが、ギルドマスターとして多くの人たちと触れ合った。

 彼らは自分たちなりのやり方で幸福を掴もうとしている。自分たちの信じた道を歩んでいる。その結果がどうなっても構わない。それこそが"自由"であり、ルールエであった。

 差し迫った理不尽な暴力を前に、できることは何もない。救えるはずの命を、みすみす見殺しにするしかない。果たしてそれが自由の代償となりえるのか………。

 過去に救ったはずの命が、自分のせいで殺されようとしている。

 ガノアは、酷く動揺した。

 そうか、これを知っていたから父は。

「ガノア様……」

 男が心配そうに声をかける。

 ガノアは重い溜息をついて、告げた。

「―――馬車と護衛はいつでも準備しておいてくれ」

 暗闇に慣れたガノアの瞳が、弱々しく虚空を見つめる。


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