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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第23節 捜すもの

 

 かさついた指の腹を見つめてうなだれる。

 件の"鍵"は見つからなかった。

 図書館ホールの中央で椅子に座る私たちは、知恵を絞りきり疲れ果ててしまった。

 図書館を駆け回って書簡に入っていない本を探し、存在しないはずのものを求めて歩いた。

 ドーラは図書館の受付を中心に探りを入れる。書簡に並ばない書籍の行方を追いかけた。

 当然ながらそれらの本は文字の擦れや装丁の破損などで本棚には置かれず修理を要するものばかりである。

 さらにそれらはきちんと公表され、現在貸し出しできない旨、掲示もされていた。

 思ったよりも学院の図書館は利用者にやさしい。

 そのことが今日一番の収穫だったかもしれない。

 などと皮肉を考えながら、私はドーラに声をかける。

「今日は疲れましたね、また作戦を練り直しましょう」

 やるせない感情を押し殺すように、ドーラは重たい息を吐いて答える。

「わかりました。お嬢様、しっかり明日に備えましょう」

 後ろ髪をひかれる思いを共有しつつ、私は苦笑し席を立つ。

 日が暮れてきたのか生徒の姿は少なくなっていた。

 本の日焼けを考慮してか、窓のない図書館からは太陽がどれくらい落ち込んでいるか分からない。

 壁掛けの時計に目をやり、帰り支度始めた時だった。

「お! こんなところにいたのか、捜したぜ」

 豪気な言葉を突然かけられ、顔をそちらに向ける。

 片手を上げたファルケが、ホール入り口の上階に立っていた。

 階段を下りてきた彼は普段と変わらない派手な貴金属を首や耳からぶら下げている。

「試合見たぜ、マテウスのおっさんに一泡吹かせたな」

 がははと笑いながら歩み寄る彼は、どことなく猛獣のそれに近い。

 背格好や体格に恵まれ、色んな意味で目立つのが特徴だ。

 兄には劣るかもしれないが。

「それはどうもありがとうございます。ところで、私を探していたというのは?」

 私は軽くお礼を言って彼の目的を問う。

「人使いが荒いったらねぇぜ先生は。ほら、これがクィーラの探してた魔導具だ」

 そう言うと、ファルケはポケットから金属の棒を取り出す。

 細長いその棒は、長さの三分の一くらいのところで直角に折れている。

「珍しい形をしてんだな、詳しい使い方は渡せば分かるって言ってたが、大丈夫そうか?」

 私はその魔道具を受け取るとファルケに伝える。

「ありがとうございます! これです! これを探していたんです! 使い方も大丈夫です!」

 まさか本当に見つかるとは。私は驚きが隠せなかった。さすが先生、こんなものまで持っているなんて。

「おう! 何に使うかは知らねぇが良かったな。俺はちょっと用事を済ませるから、またな」

 快くファルケが頷く。頼もしい兄弟子を持ったものだ。

 背中を向けたファルケが手を上げて去る。

 だが何かを思い出したかのように振り返ると、私とドーラを見て徐に告げた。

「お前らは、今日ずっとここにいたのか?」

 わたしはドーラの顔を見る。

 二人とも困惑を表情に浮かべ、再びファルケを見た。

「はい、午前の試合が終わってすぐこちらに」

 私の言葉に納得したのかしてないのか、どうも歯切れが悪い。

 彼に質問する。

「何かあったのですか?」

 ファルケは声を潜めながら身を屈ませる。

「なんだか俺も分からねぇが、管理局員が外を彷徨いてる。ありゃマギ用の警備じゃねえ。誰かを捜してるんだ」

 私は背筋の凍る思いがした。学院が誰かを探しているだって?

 なぜこのタイミングで。

「しかも捜索範囲からすると、探してるのは来場者じゃねぇ」

 私たちが隠し部屋について調べているからなのか、管理局員が何かを恐れて人を捜している。

 しかもそれは聞く限り、範囲を特定した捜索。目星がついているんだ。

 私はしまってある手紙を意識した。

 だけど私たちはまだ、何の手がかりも得ていない。

 学院が私たちを探す必然性を感じなかった。そう、私たちには捜される理由がないのだ。

 今、学院が捕えなければならない人物とは……。

 学院の秘密をかぎまわり、最も決定的な証拠を持つ者。

「多分だが、大会出場者の誰かじゃねえか……っておい、なんだその反応。

 ………もしかして誰かわかってんのか?」

 私は自分でも顔が引き攣るのが分かった。

 遂に学院は勘づいたのだ。秘密を付け狙う何者かを。

 ドーラと目配せすると、同時に走り出した。

 ―――パレッタが危険だ!

 私とドーラはファルケを置いて急いで図書館を飛び出す。

 階段を駆け上り、廊下へ出て出入口を目指す。

 半信半疑だった禁忌実験が現実味を帯び始めた。そんなものが明るみになれば、学院は失墜する。パレッタが覆そうとする現実はあまりにも大きいものなのだ。それを阻止しようとする諸悪の規模も。

 捕まればどうなるか知れたものではない。私はルールエで簡単に人が消えてしまうことを知っている。

「お嬢様! お待ちください!!」

 唐突に後ろからドーラが叫ぶ。私は足をとめ振り返った。

「いま、私たちが出ていっても大丈夫でしょうか」

 不安そうな瞳が私に訴えかける。もちろんパレッタのことは心配だった。

 だが、秘密を知っているのは彼だけじゃない。私たちも同じ意味では追われる側なのではないのか。

 加えて、私たちはパレッタの居所も分からなかった。走り出したはいいがどこへ向かえばいいのだろうか。

 管理局が捜索しているのが現在進行形なのであれば、彼らもパレッタの足取りを掴めていない可能性が高い。

 そこへ私たちが勇み足で出ていけば、関係者として聴取されてしまうのが関の山だ。

 そうなれば、私たちは踏みにじることになる。

 巻き込ませたくなかった彼の気持ちを。

 足は完全に止まる。次の一歩を踏み出せない。

 雲行きが怪しくなり、心の中に不安が広がっていく。

 私たちのもとに届いた手紙。目的はなんだ。

「とりあえず、今日は寮に戻りましょう」

 ドーラは落ち着き払って告げる。

「まだそうだと決まったわけではありませんが、パレッタ様ならきっと大丈夫でしょう」

 ヒリヒリと心の底がざわつく。

 安らぎが徐々に脅かされていくような焦燥感。

 学院の持つ裏の顔が、いつ私たちに牙を剥くのか。

 いや、気が付いていないだけで既に私たちは底なし沼の中にいるのだろうか。


 私たちが研究棟を出た時だった。

 甲冑に身を包んだ警備兵と初老の管理局員が私たちを見つけた。

 身構える私に近寄ってきた管理局員が口を開く。

「金位の風使い、クィーラですな」

「そう、ですが」

 おずおずと私が答えるのを見て、局員は眼光を強める。

 そばにいる警備兵は管理局有する私兵だろう。

 未熟な魔法使いを育成する機関だ。

 それなりの管理体制を整える必要がでてくる。

 その管理の対象と見なされてしまったのか、手厚い出迎えを受ける。いい身分だった。

「見ての通り私は管理局の者なのだが、沼沢のパレッタをご存知ですかな」

 やはり、管理局はパレッタを捜索している。

 迂闊に口を滑らせると厄介だ。丁重に応える。

「はい、知っていますが」

 私の言葉など意に返さないような無表情。

 返答など分かりきっているという態度だ。

「今、どちらにいるか分かりますかな」

「存じ上げません。彼がどうかしたのですか?」

 管理局はなんという名目でパレッタを追っているのか。

 私は返す刀で尋ねた。

「詳しいことは申し上げられませんな。彼は、重要参考人でしてね……」

「重要参考人……何のでしょうか?」

 隣にいるドーラがこちらを向く。

 これ以上は危険です、と目で訴える。

 局員は困ったような顔つきになり告げる。

「あなたがそれを知る必要はありません。それに、彼がいない方が、あなたは気が楽でしょう」

 私は目を細めた。

 低く見られたものだ。学院に来てからどうも管理局と折り合いが悪い。

 まあ、先に違反をしたのは私たちの方だったが。

 局員は表情を戻し再び告げる。

「彼の所在が分かりましたら、管理局へ一報下さい」

 低く囁くような声で一言付け加える。

「……できるだけ早い方が良い。そうマーシャ殿からの伝言ですので……」

「!? それはどういう―――!」


 私が聞き返そうと声を上げると、局員は無言で一礼して言葉を断ち切った。

 私兵を引き連れて踵を返した局員は遠く離れていく。

 ドーラは冷ややかな声で私に話しかける。

「マーシャ様というのは、確か理事長をされてる方でしたよね」

 ドーラは彼女にいい印象はないだろう。もちろん私もそうなのだが。

 理事長まで動いているとなれば、いよいよパレッタが持つ情報に信憑性が増してきた。

 学院の理事長自らが禁忌の実験を主導している?

 学院長はそれを知っているのだろうか。

 マギを自ら主導する学院長が手一杯の今を狙って、理事長が影で何かを暗躍しているというのか。

 そう捉えられなくもない。彼女は危険だ。絶対にこちらの動きを悟られてはいけない。

 太陽はとうに沈み、空は濃い青が支配していた。

 厚い雲が出始め、鬱々と空を覆う。

 私たちは既に、学院を取り巻く陰謀に、その渦中に飲み込まれているのかもしれない。

 夜道に点灯した魔法を頼りに、私たちは寮へと戻って行った。




 ■■◇■■




 薄暗がり、月の光が雲の切れ間から覗く。木々の隙間から脆い光が零れる。

 静まり返った廊下、気配のないホール。深夜の図書館には誰の姿もなかった。

 窓のないこの建物には一縷の光さえ入り込めない。暗澹とした空間に風の遠吠えが咆哮する。獣のような雄叫び、低い呻き。換気穴から吹き抜ける風が、静寂を押しつぶした。

 空気が震え、暗闇が動く。濃厚な闇の中で微かに揺れる輪郭。

 ゆっくりとだが確実に、黒から次の黒へと渡り歩く。

 風の勢いは強まり、音をより太く館内に反響させた。

 行き場の失った朧気な影は、頼りない輪郭を保ちながら、轟音の響き渡る館内を彷徨い歩き続けた。

 失った何かを取り戻すために。


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