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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第21節 謎めいた便り

 

 部屋に戻って私を労ったドーラは、机の上からあるものを手に取った。

「そういえば、こんな手紙が届いていました」

 ドーラは一通の便箋を私に見せた。

 うっすらと黄ばんだ手紙。宛名のない手紙は封筒さえなかったという。郵便物としてこの部屋まで届けられた物ではない。控室の扉の隙間から、直接投函されていたとドーラは語る。会場の控室通路には、見張りが立ち部外者は入れなかった。

 つまり、差出人は学院関係者かマギ参加者のどちらかだろう。

 不思議な手紙に首をかしげながらも便箋を広げ、私はその内容を確認することにした。

 ドーラがポットに溜まったお茶をカップに注ぐ。少量の牛乳を加えてスプーンでかき混ぜた。臙脂色と乳白色が混ざり合い、濃厚な色合いに落ち着く。豊かな香りが鼻腔をくすぐった。

 紅茶の出来栄えに頷いたドーラは、顔を上げて尋ねた。

「どなたからですか」

 尋ねながらカップを運び、彼女は椅子に腰かける。

 私は手紙から目を離すと告げる。

「差出人は書かれていないのですが、なにか変です。とりあえず、ドーラも読んでみてください」

 私は訳の分からない便箋をドーラに渡す。

 彼女は筆記された内容をしげしげと眺めた。

 便箋はどことなく古く薄汚れている。裂かれたような縁は手紙というより切れ端に近い。

 所々に薄れた文字が見えていたが、これは書き損じではない。そういう素材なのだ。

 安い紙特有の反故(ほご)を利用した紙背文書。昨今はあまり見なくなったが、珍しいものでもない。古い本などの裏紙を再利用したのだろうが、どうして貴族相手の私にこんな手紙を出したのだろうか。

 手紙の内容はこうだ。

『大切な人を失いたくないのなら、研究棟にある隠された部屋を探せ。

 古く新しい場所へ行き、そこに在ってそこに無い、誰にも見つけられないものを見つけよ。

 それが、隠し部屋への鍵となる』

 読み終えたドーラは私の顔を見る。

 要領を得ない文章にドーラは言った。

「どういう意味でしょうか」

 尋ねられても、分からない。何かの悪戯だろうか。それにしても意味が分からなさすぎる。悪戯だったとしても、もう少し分かりやすいメッセージ性は用意してもらいたいものだ。

 『大切な人』。私はふと、彼のことが過った。

 『失いたくないのなら』。この手紙の差出人はルリ?

 しかし、彼女がこんな変な手紙をよこし、正体を隠す道理はない。私に伝えたいことがあるのなら、堂々と伝えにくるだろう。

 考え込む私を他所に、ドーラは呟いた。

「学院の七不思議……」

「あ……それかもしれませんね」

 隠された部屋というのは、七不思議に登場するものだ。

 パレッタ曰く、研究棟のどこかには隠された部屋があり、何かの実験が密かに行われているというのだ。研究棟に夜遅く忍び込んだ生徒が何かを運び入れる人影を見たという噂もあった。

「それとこの、手紙の差出人ですが……」

 ドーラは人差し指で最後の一文を指し示す。本来であれば差出人の名前が書いてある部分。

『――――失われつつあるもの』

 パレッタの所持していた禁断の魔術実験。七不思議と禁忌の関連性は、非常に密接かもしれなかった。

 淹れてもらった紅茶を口に含むと、独特の香りが鼻を抜ける。くちどけがまろやかだ。

「手紙の差出人はパレッタ様でしょうか」

 同じことを考えたドーラが尋ねる。

 カップをソーサーに戻し、クィーラは首を横に振った。

「いえ、違うと思います。パレッタさんが七不思議について詳しいのは承知ですが、こんな回りくどい説明は今までありませんでしたし……それに、今朝は巻き込みたくないとおっしゃっていました。こんな手紙を書くとは思えませんね」

「では誰が七不思議を……」

 ドーラが顎に手を添えて考え込む。

 手紙の差出人は遠からずとも学院の秘密を知っている可能性が高い。

 何故ならこの面妖な手紙の送り主は、隠し部屋への鍵の在りかを知っているからだ。

 私は告げる。

「直接的な表現を避けたり正体を隠したりしているのは、学院の禁忌に触れているからではないでしょうか……」

 推測の域を出ないが、もしこの手紙が学院側に知られれば、自身の正体が明るみになると危惧しているのかもしれない。そうなると、私たちとパレッタ以外にも学院の秘密を知っている存在がいるということになる。

「では、その何者かがお嬢様に学院の秘密を打ち明けようとしていると……?」

 私は頭を振った。

「さぁそこまでは……、因みに、これが届いたのは私たちの部屋だけですか?」

 ドーラはすかさず答えた。

「はい。お嬢様が戻ってくる前に管理局の方に確認を取りました。紙がそのような素材でしたのでばら撒かれている可能性を考慮しました。もし危害を加えるようなものなら、管理局も把握した方がよいと思いましたので」

 さすがは私の自慢の使用人だ。

「ということは、私に宛てた手紙なんですね」

 失われつつある、そんな人物が手紙に残した想い。

 理屈で考えればこんな薄気味悪い手紙の内容なんて、半信半疑の七不思議や違法な実験などと同様に、信じられるものではなかった。

 でも、これはなんだか……。

 手紙から見て取れる、大切なものを失くした悲壮感。

「お嬢様。試合は明日もあるんですよ?」

 ドーラが私に向けて告げる。

 彼女はよくできた私の従者だ。何が私にとって大事で、何が必要ないかをよくわかっている。

 今日の私の試合は終わった。疲れた身体が欲するのは明日までの休養だ。余計なことを考えている暇はない。明日の試合に集中するべきだ。分かってはいる。いるけれど。

「……研究棟の隠し部屋を探しましょう」

 私の言葉にドーラの瞳が揺れる。心配するように私を映し出した。ルールエでの失敗を重ねて呆れているのかもしれない。また変なことに首を突っ込んで、勝手に傷付いてしまう、哀れな主人。

 だけど、警句とも報せともとれるこの手紙の内容から、私は助けを求める声を聞いてしまったのだ。

 失われつつあるもの。それは被害者だ。学院の秘密に大切なものを奪われた、哀れな差出人。

 確かめなければいけなかった。この手紙が紡いだ必死の想いを、か細い悲鳴を。

 杞憂であればそれでいい。だけど、本当に誰かが困っているのだとしたら、それを放っておくことは今の私にはできなかった。

 何故なら、彼だってそうするはずだからだ。

 私は椅子を引いて立ち上がり、手紙を懐に大事にしまう。

 自分を省みない誰かのように、あたりまえのように、手を差し伸べる。


 整備された石畳の上をなぞるように歩く。

 研究棟は学生たちで溢れ、道幅を狭くし少々混雑していた。闘技大会とは無縁の学生たちが、研究棟へ自主学習に励んでいるようだ。

 忙しない入口を眺めながら、ドーラは尋ねる。

「研究棟といっても随分広いですね」

 私は高くそびえる研究棟を見上げた。

 ザルタス先生を訪ねて何度か足を運んだ場所だ。

 確かにドーラの言う通り、一口に研究棟といっても範囲は広い。公になっていない隠し部屋を探すとなると、全ての部屋の仕掛けを隅々まで見て回らなければならない。

「この手紙の内容を元に、手がかりを探ってみましょう」

 先ほどの手紙を広げながら私は言う。

 文言を思い出し、ドーラは不思議そうに呟く。

「なんだか難解な暗号ですね」

 学院に精通しているパレッタならともかく、訪れて一ヶ月にも満たない二人はまだまだ学院について不案内だ。他の人を頼ろうにもどんな危険が待っているか分からない。パレッタと同様に、簡単に巻き込むわけにはいかなかった。

 手がかりが何もないよりはましだが、この文章も大概いい加減だと思った。

 全て逆のことが書いてある。

『古く新しい場所へ行き、そこに在ってそこに無い、誰にも見つけられないものを見つけよ』

 支離滅裂でいかにも暗号っぽい。とにかく、この意味を理解しなければ手がかりが何なのかさえ分からない。

「古く新しい……というのは、多分図書館じゃないかと思うのですが……」

 初めて研究棟に入った時のことを思い出す。

 エントランスが他の建物よりも随分古めかしい。一方で、図書館へ繋がる通路は比較的新しく作られており、綺麗に区画が整えられている印象があった。

 この違いを先生に伺ったところ、二十年前に行われた闘技場建設に伴い、図書館は研究棟へ移設されたらしい。その後学院に新しく増えた建物がないことから、この学院で最も新しい建物は図書館にあたる。

 新旧混じる場所という意味では、この文章に当てはまる最適解ではないだろうか。

 二人は研究棟の中へ入ると、通路を渡り広い図書館のホールへ出る。

 天井が高く書簡がどこまでも伸びて眺めているだけで首が痛くなる。一体何冊の本が蔵書されているのか、目が眩むほどだ。

 魔導書だけではなく民間魔法や医療魔法の類も豊富で、現代魔法の英智が詰まった場所ともいえる。

 ここで揃わない魔導書があるとすれば、それはかなり奇特で風変わりなものだろう。あるいは、古代の本や伝説上の人物が著したもの等、どどのつまり、あるかどうか怪しいものだ。

 ホール全体は少し窪んだ作りになっており、入口からは全体が見下ろせるようになっている。

 左右に別れた階段を使い広いスペースに降りながら、私たちは図書館を見渡した。

 本棚と本棚に挟まれるようにした通路には学生たちが溜まり、試験や魔法のことについてあれこれと議論している。

 書架のない場所には机が何台も列を為し、そこに腰かけて積まれた魔導書を書き写す生徒の姿もある。

 研究資料として大量の本を乗せた台車を押す人。訊かれた本の所在を確認し、慌ただしく行き交う受付係。

 学院の図書館はいつもこのような状態だった。落ち着いて一人で魔導書を読むなら場所を移した方がいい。

「二つ目の謎、『そこに在ってそこに無い』。これは何を意味しているのでしょう」

 私は独り言のように呟く。

 そこ、というのは図書館だろう。

 ドーラはじっと書簡の奥を見つめて答える。

「図書館には存在するけど、図書館には存在しない本ってなーんだ」

 まったく意味不明だ。

「ドーラ、まじめにやってください」

 ドーラは悪戯っぽく笑うと肩を竦ませる。

「すいません、なぞなぞのようだったので。ですが、こうもとっかかりがないと探しようもないですね」

 それもそうだが。彼女の言う通りだ。

 探しようがないといえば、この次の暗号もそうだ。

 『誰にも見つけられないものを見つけよ』

 この暗号は最初から最後まで矛盾だらけ、言葉遊びでもしているのだろうか。

 煩雑としたこの図書館の空間にある、隠された部屋への鍵。

 見つけられるものなら存在しているはずだ。だが存在もしてないければ見つけられないとも書かれている。さて、どっちが本当なのだろう。

 この手紙には必要最低限のことしか書かれていなかった。例えば、手紙に仕掛けがしてあって、折り畳んで答えを見つける類のものではない。火であぶったり魔法をかければ答えが出てくるようなものでもなさそうだ。もしそれで解けるようなものなら、私たちにはお手上げだ。条件のない謎解きより難しいものはない。

 つまり"鍵"は言葉通りの性質を表しているに違いないのだが、それはあまりにも漠然で矛盾が大きすぎる。差出人は何が言いたいのだろうか。

 ぐるぐると考え事をしている私に、ドーラが声をかける。

「お嬢様、受付の者に訊いて参りました。"紛失した書籍"が閲覧できる場所があるそうです」

 私は合点がいった。

 そうか、"無くなってしまった本"のことを忘れていた。時間的背景が指し示す本の有り様。

 ドーラの推測はこうだ。

 "昔"図書館に"在って"、"今"図書館に"無い"もの。

 ドーラは得意げな様子で先導していく。二人は足早に図書館の奥へと進みだした。

 受付に示された場所まで行くと、ドーラが指をさす。"紛失書庫"と看板のある部屋には誰もいなかった。それもそのはず、この部屋に本はないからだ。

 書簡の数はホールと違い片手で足りるほどしかない。

 中に収められている紙束をドーラは引っ張り出した。

 古くなって傷んだ本や、事故によって読めなくなった本。何者かによって盗まれてしまった本などの題名が載っている。

 いつからいつまで保存され、いつ失くなったか、どこへ寄贈されたのかまで記されていた。

 ドーラはここ数年保存されていた本を探し始めたが、ここに手がかりはあるのだろうか。

 山のような紙束の中からそれらしいものを見つけるために、各々は紛失書籍の情報を辿り始める。


 半刻ほど時間が経ったが、結局、目立つ成果は得られなかった。

 私は確認し終えた紙束を書簡に戻す。

 一覧に目を光らせ続けていたドーラだったが、ついに顔を下に向けてため息をついた。

「……はぁ。図書館全ての本ではないにしても、全ての紛失物に目を通すのはさすがに無理があります」

 学院の歴史は長い。登記された名簿は数が知れない。

 目をこする彼女に私は告げた。

「そうですね。一つずつ確認していては二人がかりでも数日はかかってしまいそうです」

 机に積んだ今見た名簿と、本棚を埋め尽くす残りの一覧。

 とてもじゃないがすべての確認はできない。

「そもそもこの一覧から何を探していいのかも分かりません」

 そうドーラが言ったところで気が付いた。

 私は思わず、あっと声が出てしまう。

「どうかしましたか、お嬢様」

 ドーラが何も気が付いてないように首を傾げる。

 私は手紙を取り出し、伝えたい箇所を指さした。

「紛失書籍は確かに"そこに在ってそこに無い"ものですが、最後の文を見てください。『誰にも見つけられない』の条件が……」

 ドーラはすっと息を吸う。

 私の意図する言葉を理解して残念そうに告げる。

「つまり、この書簡に収められた一覧の紛失書籍は、"確認できる"時点で"見つけられないもの"じゃない」

「そういうことですね……」

「でも既に無くなってしまっている本なら……」

「そうすると『見つけよ』の条件が満たせなくなります」

 肩を落としながらもドーラは可能性を捨てきれなかった。

 念のためもう一度受付にも問い合わせをする。一覧に載っていない紛失していた本がどこかにあるかもしれないからだ。

 しかし()()()()()()()()()()()()を探すことこそ

 私たちにとって不可能に近いことだった。

 これだけ大きな書簡の中から一覧に漏れた本。本当はなくなっていなかった本を見つけ出すなんて。

 結局のところ、図書館受付の職員に訊いたところで、彼らに紛失書籍を隠す理由はない。

 出ているものが全てであるという回答は、私たちも予想しているところではあった。

 ドーラは再び腕を組み知恵を振り絞る。

 私たちは振り出しに戻ってしまった。

 空いた席に座った私は手紙ともう一度向き合う。考えるんだ、条件は揃えられるはずだ。

 今までの考察をまとめると、私たちの探す"鍵"はどちらかの内の一つだ。

 一つは、公のものだが図書館が認識していないもの。

 もう一つは、図書館は認識しているが公でないもの。

 もし答えが前者ならば気落ちせざるを得ない。砂地から特定の石を拾ってくるが如く難儀な事だからだ。

 後者だった場合、それはどんな本だろう。

 公開していないのにはそれなりの理由があるはずだ。生徒には見せられない本なのだろうか。

 禁術なんかが目白押しの発禁本、魔法使いとして不適切な本、学院の批判本なんていうのもあるかもしれない。いづれにしてもそれを図書館に出させるのには、少々無理がある。

 深く息を吐き出す。

 どこを見渡しても本ばかりでキリがない。

 何か私たちが見落としていることはないだろうか。記憶を頼りに様々なことを想起した。古ぼけた手紙、紙背文書、暗号と七不思議、学院の秘密、謎の少女ルリ、大切な人、彼との旅。

 この手紙の送り主とは。

 "失われつつある"とは。


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