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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第19節 Magician's Network


 波に飲まれるように流されながら辿り着いた観客席。石材をそのまま置いたような椅子に空きはなかった。

 背の低い僕でも会場が見渡せる場所は、闘技場から遠く離れた屋根のない観客席だけだ。間近で試合を観戦したかったが、それは叶わない願いだった。

 彼女たちとの接触を避けることが、ルリと交わした約束だったからだ。

 学院外に寝泊まりできる宿を提供された僕は、生活費も保証され数日間は不自由なく過ごすことができた。その間にヤミレスを巡り情報収集を行う。僕の予想は確信を得つつあった。

 各地で起きている魔物の活性化と魔王国の動向。やはり魔王の復活に猶予はあまりない。

 遅くともあと数年でその鎖を打ち砕くだろう。魔力災害が頻発しているのもその影響なのかもしれない。

 僕は喝采が続く闘技場の観客たちを眺めた。闘技大会を楽しむ純粋で平和な日常。そんな光景が地獄と化す大きな戦争が起こる。そんな悪い予感がしていた。

 学院で催される闘技大会は意外と歴史が浅い。始まりは二十年前に遡る。

 初代優勝者は学院でも珍しい修了者だった。卒業試験に見事合格し、その名を学院に刻んだ者。

 中央都市国家ロキが大国になり得たのは、多くの中堅国の集合体だからという理由だけではない。

 ロキには幾多の戦場を勝利に導いた最強の部隊があった。通称"ペンタギアノ"と呼ばれる五つの師団。各国から集った実力者揃いの猛者たちをさらに訓練させ、都市国家の牙となった金甌無欠の武装集団。

 師団の規模は大小様々だが、歴戦の彼らを恐れてリスクのある戦争を回避する国は少なくない。

 ペンタギアノ第五師団長ヘルメル。

 来賓席に座し、鋭い視線を会場に向けている。

 治安の安定しない北方連合地域にも馳せ参じ、破竹の勢いで平定をこなしその名を国内外で轟かせた。

「おい、あれ第五師団の……」

「本当だ、初めて見たぞ」

 まわりの観客が声をあげる。師団長が市民の前に姿を現すのは珍しい。それがこの大会の規模の大きさを物語っていた。

 そして彼こそが、闘技大会初の優勝者だ。

 僕は観客席の端っこに陣取り、手すりへもたれかかった。

 同じく闘技場にぼんやりと視線を向ける。

 彼女たちはどうしているだろうか。視線の先、登場門を見た。観客席の下に通じる道。選手はそこから入場してくる。

 クィーラの実力を信用していないわけではなかった。だが、甘く見積もれるほどこの大会を下に見てもいない。

 期待と不安が一度に押し寄せてきて複雑な感覚だった。

 自分が出場するわけでもないのに。

 観客席の通路からぞろぞろとたくさんの人々がなだれ込んできた。手すりを掴んでいたが、流されるように僕の小さな体は別の通路まで押しだされる。

 それと同時に歓声が響く。どうやら選手が入場してきたようだ。僕は人混みを恨めしそうに睨む。先に居たのは僕だったのに。

 どこか試合を落ち着いて見られる場所はないものかと、思案して、そして閃いた。誰にも邪魔されない場所が一つある。

 通路から人のはけたロビーに移動し、僕は魔法を呟くと玄関口を飛び出る。何人かとすれ違うが、誰も僕を視認することはできなかった。

 外に出た僕は魔力で強化した脚力を使い一足飛びに外壁を登る。兵士が不審な足音に目を向けるが、僕の方を見向きもしなかった。

 屋根を伝い、会場を一望できるところまでいく。

 この建物の大きさを改めて実感した。

 魔力を流し込んで構造を調べようかとも思ったが、結界に触れでもして騒ぎを起こすと大変だ。

 今は大人しくしていよう。

 影のできない僕は屋根の淵まで歩いて行く。腰を下ろして観客席の上から試合を俯瞰した。

 闘技場に出た選手へ、学院長が叫び鼓舞するのが見える。

 一人は褐色の肌に暗めのローブを着た壮年の男性。直角の線が目を引くあの衣服は、南方の様式だったか。名前はマテウス=アゼヴェド。白金位の学生だ。

 教授顔負けの偉大な魔法使い、卒業は目前だろう。

 もう一人は白いローブに身を包み、身の丈ほどの錫杖を片手に持つ少女。風に揺蕩う金髪をきらめかせ、真っすぐに相手を見つめる。

 ……クィーラ、大丈夫。君なら勝てる。

 相手は学位も経験も魔力も、格上だ。渡り合うならそれ相応の覚悟と知恵が必要だろう。

 静寂を待つことなく、銅鑼の音が重く響く。

 試合開始の合図だ。

 歓声はさらに大きく重なり合って夏の空にこだました。

 両者は杖を構えて同時に呪文を唱える。やはりスキルを有するクィーラがわずかに早い。

 触媒魔法の詠唱時間を早めるスキル"反詞(アンスペルド)"。

 魔法使い同士の戦いでこれほど有利なスキルはない。

 風の太刀が前方に飛び出し、風圧があたりの砂や石を弾き飛ばして舞う。

 観客席にはあらかじめ張られた防護結界があり、魔法や衝撃が席まで届くことはない。

 それでもその一撃の威力が想像できるほど、力強い迫力がクィーラの魔法から放たれた。

 幾重にも飛ばされる斬撃が対戦者のマテウスに襲いかかる。

 しかし、彼の防護魔法の展開が間に合う。

 激しい音とともに結界と風の太刀がぶつかり合い、押し負けたのはクィーラの魔法だった。

 僕は顎に手を当てる。なんて繊細な防護魔法だ。まる糸で編んだ布のような緻密さ。一本一本の糸が威力を分散させて衝撃を吸収する。縦横に並んだ別の糸へ圧力を和らげながら受け流す。

 あの結界をどうにかしなければ勝機はないだろう。マテウスの技術の粋を集めた強固な結界だ。

 クィーラは杖を構え直し新たな呪文を唱える。空中に大きな風の渦を作りその先端を細めていく。

 資材を加工する際に用いる切削工具に似たその形は防御の穴をあけるためだろうか、鋭く早く回転する。

 マテウスも防戦一方ではない。結界の中から呪文を唱え応戦する。

 地中から太い木の根が突き出され蠢く。うねりながら空中の錐に向かって、その腕をしならせた。土属性の精霊を召喚する魔法。

 クィーラは杖を振りかざし巨大な錐を打ち出す。

 風の音が吹きすさぶ突風とともに激しくなった。

 この闘技場全ての風を手中に収めている、それほどまでに目まぐるしい暴風の乱舞が吹き荒れる。

 突き進む風錐は立ちはだかる木の根に穴を穿つ。止まることを知らず、そのまま直進しマテウスの結界に直撃した。

 完全に捉えたと思われたクィーラの魔法は、柔軟に形を変えた結界によって衝撃を逃がされてしまう。

 水の入った袋を投げ飛ばしたみたいに、殺しきれなかった威力を保ったまま結界ごとマテウスは後ろに弾き飛ばされる。

 風の魔法も霧散してしまった。

 僕は二人の攻防を見つめて手に汗を握る。

 体勢を立て直したマテウスは柔軟に形を変える結界からさらに呪文を詠唱し続ける。

 地中から新たな根が次々と飛び出し、その先をクィーラ目がけて振り回す。

 風を操り空中を舞うように彼女はその身を躱す。叩かれた地面が砕かれ、砂埃が飛び散った。

 観客は激しい戦闘に大盛り上がりを見せる。ひりついた攻防一体の戦いに、みんな目が離せない。

 振りかざされる根を華麗に避け、一瞬の隙をついて風の魔法を叩きこむ。

 だが、クィーラの攻撃はマテウスには届かない。増え続ける根に対処するため、次第に防戦を強いられる。攻撃の通らない相手へ、着実に消費される魔力。

 僕は空を飛ぶ彼女の戦う姿を見て、祈りつつ小さな拳を握りしめていた。


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