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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第18節 究極な偶像

 

 私は慣れない来賓との接待に辟易していた。

 去年、突然失踪した局長と入れ替わりに副長へと昇格し、この一年は抱える雑務の多さに忙殺されていた。

 管理局とは名ばかりで、実際は雑用係として出動することが多い。

 来賓を招き警護の調整をして、おもてなしも欠かさない。国家の威信として、見様見真似形だけでも取り繕わなくてはならなかった。

 激務の山場であった開会式が終わった頃、一息つくために空いた控え室に体を滑り込ませる。

 ため息と一緒に体内に溜まった煩わしさを吐き出す。

 学院での事務仕事は思ったよりも大変だった。

 故郷に訪れていた冒険者一行の魔術師に憧れ、若い時分、遠い地である学院の門を叩いた。

 同じ志を持つ仲間と共に勉学に励んだが、その結末は決して楽しいものではなかった。世界は広い。自分を超える存在など星の数ほどいる。目指したあの魔術師なんか目じゃないくらいに。

 学院から下された銅位という烙印と、不出来な私を見下す学友からの蔑みの目。

 私は魔法が大好きだった。

 初めて杖を買ってもらえた時、夢中で杖を振り回し魔力がなくなるまで魔法を唱えた幼い私。高熱でうなされようとも、親に叱られようとも抑えられなかった。言い表せないほどに美しい輝き。故郷の砂浜から見た水平線。そんな眩しさを描いていくような綺麗な軌跡。

 私だけの宝物、私だけの世界。

 視界に広がる彩り全てが純粋に光って見えた。

 いつからだったか。

 他人と比べて魔法に執着するようになったのは。

 成績や学友を気にして相対化されてしまった現実。私の魔法はその正体を暴かれてしまう。

 精度と速さ、威力、効果的な図形と効率化。数字と凡庸さでどんどん埋もれていく私の魔法たち。

 劣等感に苛まれ、自分を守るために固く内側に閉じこもった。憧れだったその先を見ないように、自分自身が理想に押しつぶされないように。

 届かない夢、叶わない夢を追いかけなくなり、周りの目ばかり気にして萎縮してしまった自分の影。

 商家に生まれた私は秀才な弟にその家督を奪われていた。よくできた長男はまさに両親の望んだ子どもだった。

 商才のなかった私は努力して魔法を学び、独立した個性を磨きたかった。ただそれだけだった。

 だけどその道も上手くいかず、私の努力は無駄になる。グズグズに溶けだしていく見栄とプライド。

 何にもなれず魔法にも裏切られた私は、あれだけ望んで行った学院を去った。

 家に戻った頃にはもう私の居場所はなかった。

 無気力な私は両親からも見捨てられ、勘当同然で出てきた無能な私が選べたのは、いい思い出のない学院にとんぼ返りすることだけだった。

 憧れから遠ざかり、線を引きすぎて曖昧になった自分の輪郭を恥じる。

 純粋だったあの頃の自分を必死に探していた。

 私には学院に戻るしか方法がなかった。

 いや、本当はこの場所に戻りたかったのかもしれない。

 控え室からでは試合は見えない。だが観客の轟く声で試合が始まったことがわかった。

 今年の闘技大会は誰が優勝するのだろうか。

 去年は試合を観る暇もなかった。

 どうだっていい、閉ざされたその先に興味はない。

 今までだってこれからだって、そう思っていた。

 ヨレた前髪を整え服の皺をのばす。疲れた体を立ち上がらせて、通路に出る。

 疲れた頭の中から仕事のことを追い出したい気持ちと、激しいもの見たさの高揚感が、部屋でじっとしていたい気持ちに勝った。

 私には辿り着けなかった極致。その頂きにいる者たちがどんな顔をしているのか。

 もう諦めはついた。いくら足掻いても無駄なのだから。

 無駄なことはやめよう。全部、くだらない妄想だったんだ。

 線を引きすぎた私の体は真っ黒で醜くなった。

 水平線のような綺麗な魔法を、いつだったか私は捨てた。

 観客の熱狂がこだまする通路で、人をすり抜けながら進む。

 登る階段の先が光に滲んで眩しい。

 手で日除けを作って夏の日差しを実感する。

 強烈に映りこんだその反射光と熱気に、身体が竦んだ。

 私が観客席に出た瞬間、盛り上がっていた歓声が消える。

 しばらく唖然としていた私はじっと会場を眺めた。

 時間までもが凍りついたかのような静寂が漂う会場内で、自分だけが動けるような不思議な錯覚に陥る。目の前に広がる光景は現実なのか。夢でも見ているような気分だった。

 私が目指していた者とはこういうものだったのだろうか。

 私を蔑んだ彼らはここまで到達したのだろうか。

 圧巻が裏返って滑稽な気持ちになった。

 なんだか分からない異様な状態に感情が押しつぶされる。

 しばらくすると、会場全体の時が動き出す。

 ざわざわと観客が口を開き始めた。

 そこで私は、実際に時が止まっていたのではなく、すべての観客が驚きで息を止めていたのだと気付いた。

 近くに居た管理局員が私に声をかける。

「シルビアさん、今の見ましたか……」

 戦々恐々と話す彼の喉元に熱烈な興奮が隠れていた。

 何が起きたというのだ。

 私は返事をした。

「いえ、今来たところなんだけど……これはどういう状況?」

 観客席の中心に配置されたステージが、参加者が争う闘技場となっている。

 目をじっとこらせば中央に誰がいるかくらいは視認できる距離。それでも広大な面積があった。

 その広大な闘技場を覆いつくす、凍った巨大な氷の柱が空に向かって放射状に幾つも突き上がっている。

 私は再び思う。何が起きたというのだ。

 光を乱反射させて聳え立つそれらは、氷の結晶を伴って爛々と私の目に焼き付いた。咲き乱れる花のような結晶がついにその役目を終える。あっという間にひび割れ始め、瓦解していく。

 結晶が崩れ去ると、白い霧の中にある闘技場の様子が見えた。

 私は自然と覗き込むように見下ろす。

 中央に立っているのは、水色の髪をした少女だった。彼女は伏している対戦相手に見向きもせず杖を片すと、鬱陶しそうに目を細めながら退場口に向かっていく。

 司会を務める我らが学院長は拡声魔法で轟き叫ぶ。

「圧倒的な氷結魔法! 勝者は氷使いルリじゃああ!」

 その言葉を聞いた観客達は、一斉に沸いた。

 今までの静寂が嘘だったかのように熱気が戻る。

 状況が飲み込めない私は管理局員を引っ張り、拍手や絶叫から逃げるように通路へ移った。

 試合開始から見ていた彼が言うにはこういう事らしい。

 対戦者は水魔法を得意とする白金位の学生だった。

 戦闘技術は高く、去年から優勝候補筆頭と目されている。

 初手から水属性の魔法を唱え、高い水圧を押し出し一気に試合に終止符を打とうとした。曰く、岩山に横穴を作れるほどの威力だそうだ。

 凡庸な私にはその魔法を想像することすらできない。

 そんな水圧が人に当たって大丈夫なのだろうか。年を経るごとにこの大会は危険さが増していっている。それが人気の秘訣なんだろうけど。

 胸中のわだかまりを振り払いつつ、彼の話の続きを聞く。

 氷の山の中央に立っていた彼女はその激流を受け止め、次の瞬間には氷柱を炸裂させていたらしい。

 あまりにも一瞬の出来事で、見る者全てが動きを止めていた。

 学院長はたしか"氷使いルリ"と呼んでいたか。

 生徒の参加者ではなく一般参加の欄にその名前を見た。冒険者でも軍人でもない十七歳の若い魔術師。

 彼女は何者なのか。その疑問は私一人だけのものではない。目の前の管理局員、いや全観客もそうだろう。

 颯爽と現れたダークホース、予期せぬ実力者。賭博は荒れるだろうが、私には関係なかった。

 新しい風が吹いて、古い魔術師たちを変えてくれる。鬱屈とした私の中の何かさえ変わっていく。

 引いた線の一つ一つが引き伸ばされて、パラパラと私から穢れた黒が剥がれ落ちていく。

 そんな気がした。

 管理局員に現場を任せると、私は駆け足で統括室へ向かう。疲れた足取りを忘れて跳ぶように走る。早く業務を終わらせ、彼女の試合が見たかった。

 何もかもを吹き飛ばして突き進む大きな躍動感。決して届かない孤高の存在。

 私を見限った人たちが絶望するような、気高く逞しい彼女の魔法。

 吸い込まれるような空と海の境界線。幾重にも広がっていく大空の向こう側。

 あの頃、心ない言葉に身を竦ませなければ。

 あの頃、もっと強い心を持てていれば。

 醜い線を引かずに済んだのかもしれない。

 憧れた夢を諦めなくても良かったのかもしれない。

 自分の魔法を、今でも信じ続けられたはずだ。

 故郷の潮っけを含んだ綺麗な水平線。

 黒く歪んだ私には、もう見えなくなった魔法。

 そんな魔法を、彼女なら見せてくれる気がした。

 肩で息しながら進む靴音だけが、廊下に響いていた。


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