第2節 クィーラと日常
窓の外から子ども達のはしゃぐ声が聞こえる。平和な日常、眩しいくらいに穏やかで、こんな贅沢な時間を謳歌できるなんてとても素敵なことだ。
けれども私は、少し気持ちを腐らせている。これだけ努力を積み重ねてきたというのに、それがまったく評価されないことに、少しずつ苛立ちが募っていた。
意地悪ではないことは承知だったが、いまだに子ども扱いされるような辱めを味わっている、そんな気分だった。
私ももう十五なのに。来年には成人を迎えるというのに。それなのに、どうしてお兄様は私が冒険者になることをお許ししてくださらないのでしょうか。自分だって、冒険者のくせに。
クィーラは部屋で一人、腕を組んで頬を膨らませる。何度も試みたギルドへの直談判は、兄の一声で退けられてしまう。私もただ頑固なわけではない。兄の言いたいことが分からない年齢でもなかった。
冒険者が五体満足で帰還できないことや、死と隣り合わせであることも分かっている。まさか散歩気分で魔物たちと戯れたいなどと思われているんじゃないだろうか。
クィーラは真剣に身の振り方を考えてみせたが、次の瞬間には兄に対する不満が芽を出していた。過保護を通り過ぎた父性主義というか、そもそも私の魔法を信じてない気もしている。
この国で、魔法使いは珍しいものではなかった。魔力を扱えない者も多少はいるが才覚は誰にである。きちんとした教育さえ受ければ、わずかな魔法を身に着けることさえできるのだ。そして冒険者として魔法を操る者もまた、極めて稀というわけでもない。
「歯がゆいなぁ……」
誰もいない部屋で独り言を呟いた。
魔法には二種類の詠唱がある。一つは触媒や杖を必要としない"略式魔法"。手先や自身の体を用いて魔法を唱えられ、素早い動きや咄嗟に出す魔法はこちらが好まれた。略式魔法はその詠唱速度の代わりに、威力や精度を使用者の力量に大きく左右されてしまうのが欠点だ。
私は右手のひらを上に向ける。ローブがふわりと動き、手の上の空気が乱れだす。無軌道だった空気に一定の流れができ始め、室内にくるくると透明な渦を作る。
窓枠に身を乗り出し、揺れる金髪を気にせず渦を外へ優しく解き放った。回転は次第に辺りの空気を巻き込み地に落ちる。複数の小さな竜巻が道の真ん中に寄り集まった。
風の円舞の登場に、子どもたちが声高に叫びはしゃぎまわる。
「すげえ!」「きゃーっ!」
こちらを見上げる子どもの一人が声をかけてきた。
「お姉ちゃんもっとやってよー!」
私は窓枠にもたれながら子どもたちの反応に笑う。
「それじゃ、いくよー!」
二つ三つと新しい竜巻を生み出す。子どもたちはその中に入って風を浴びる。楽しそうに遊ぶ彼らを見て私は微笑んだ。魔法の煌めきが体の周りを薄く包む。
クィーラの略式魔法は、深く理解に富んだ非常に高度なものだった。
気軽に彼女がそれを扱えるのは、弛まぬ努力の賜物といっても過言ではないだろう。
略式魔法を自在に使うためには、それ相応の修練が必要となる。杖などの触媒を用いた、もう一種類の魔法。"触媒魔法"とは体系的に異なるものだった。
触媒魔法とは、魔力を触媒となる道具に伝えることで、その性質を巧みに利用し効率的な魔力運用を図る詠唱手段だ。
魔法使いには、使用できる魔法に限界がある。自身の練度に見合った魔法を選択し、独自の魔力操作でもって使用するのが一般的だ。練度に見合わない魔法は魔力供給が多いつかず、途中で霧散したり、魔力が暴発してしまう場合もある。
これを大幅に補助する手段として、古来より触媒魔法が使われてきた。触媒となる道具を使うことによってより効率的に魔力操作を行えるようになる。一般的な魔術師の多くは杖を持ち歩き、戦いや仲間の補助をする役割を担った。
私が外に出ると、さっきの子どもたちが周りに群がってきた。
「みなさん、何か困っていることはりませんか? 私、力になりますよ!」
見渡しながら彼らに尋ねる。
しかし、子どもたちは呆れた様子で返答した。
「お姉ちゃん、またあのおっかないお兄ちゃんに怒られるよ」
どきりとした私は周囲を見渡し、人差し指を口の前まで持ってきて囁く。
「しーっ! お兄様には内緒です!」
私の冒険者ごっこも有名になったものだ。ギルドに入れなければ、街中の人に声をかけ依頼になっていない困りごとを探し回った。
それが兄に見つかるたびにいつも説教されている。今度見つかれば屋敷に戻されるかもしれないなと、私は冷や汗を腕で拭った。
遊び相手が見つかってはしゃぐ子どもたちをよそに、俯いている女の子が目に入る。
私はしゃがみこみ、心配そうに顔を覗いた。
「どうかしましたか?」
「う、うん……実は……」
女の子がとつとつと話し始めた。
私は眉を軽く上げる。
彼女曰く、不思議な通路を見つけたという。場所は噴水の近くにある橋の下らしい。草が生い茂り、遠目からでは見えづらく、どういうわけかそこは隠された場所なのだとか。
他の子どもたちが騒ぎ立てる。
「え! 隠し通路!? すげえ! かっこいいじゃん!」
「なんで早く教えてくれないんだよ! 今からいこーぜ!」
みんなが走り出しそうになったところで、
「まって!!」
女の子が短い悲鳴をあげる。
みんなが女の子の方を振り返った。
クィーラは心配そうに彼女を見つめる。
「聞こえたの……気になったから、夜、大人の見てない隙に橋の下に入って……」
女の子の肩が戦慄く。
「たくさんあった葉っぱをどけたの……そこで見つけた入口の扉から、声が――」
ツ ギ ハ 、 オ マ エ ダ
「――っぎゃあああああああ!!」
子ども達が蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。
立ち尽くしたまま女の子は泣き出してしまう。
慌てて私は女の子の頭を撫でた。
「ご、ごめんね、嫌なこと思い出させてしまって……」
路地の集まった小さな広場にぽつんと二人残される。
慰めつつ、その通路について考えた。
隠れているなんて、怪しい。おそらく、表には出せない物を販売している商店か何かなのでしょう。
晴天が女の子の頭を真上から照らす。触れる髪の毛が少し暖かい。
私は少し頭をひねる。この街でそんな商売をするには、少し警備が甘すぎるような気もする。違法な薬物や武器の販売は罰が重いのはこの街の誰もが知っている。
それを分かった上で、商人たちが子どもでも近寄れてしまうような場所に店を開くだろうか。
何か秘密があるに違いない。
泣き止んだ女の子の手をしっかりと握りしめる。
「よし、確かめてきましょう! 任せてください!」
すっくと立ちあがり、意気揚々と宣言した。
「お姉ちゃん……あぶないよ……」
女の子は心配してくれているのか、手を握り返してくれる。
真っ赤になった目元を拭う彼女。
「大丈夫です! お姉ちゃんこう見えて、強いんですよ!」
ニッコリと笑顔を女の子に見せる。
この子を笑顔にできるなら、何だってします。
「……いつもあんなに怒られてるのに?」
呟いた女の子は、本気で心配している目だった。
私は乾いた笑顔のまま、目を泳がせる。
「あはは……大丈夫、のはず」
子どもは時に、辛辣です。




