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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第17節 マギ行脚

 

 澄んだ青が学院の空を覆った。

 雲ひとつない晴れ間が広がり、晴天の空には見慣れないものがいくつも浮かび上がる。浮遊する風船や七色の光が空を彩り、大小様々あるそれらが縦横無尽に空中を漂っていた。

 今日は魔法学院闘技大会の開催日。

 開会を記念して、空だけではなく建物や道でさえマギの開催を示唆する内容に彩られる。地面に敷かれたタイル一枚一枚が、グラデーション豊かに端から端までの色を変えた。

 学院の入口には派手に飾られたアーチが置かれ、多くの来場者が期待に満ちた眼差しで門をくぐる。

 火柱が立ち上り渦巻き状に空中へ広がると、炎が四散したと同時に水に包まれた生徒が姿を現す。四方に伸ばした水の触手を器用に回し、空に模様を描く。弾ける水の粒に来場者ははしゃいだ。

 マギに参加しない学生たちもこの機会に乗じて様々な店舗を展開したり、魔法を披露していた。

 闘技大会自体が目玉企画ではあるものの、学院の生徒のお披露目も兼ねているのだ。

 その中でも、派手な掲示物が目に留まる。至る所で散見され、来場者の注目の的になっていた。

 ずらりと並んだ名前の羅列は、マギ参加者とその対戦表だ。

 集う人々の合間から、対戦相手の名前を確認する。

 勝ち抜き戦で展開されるマギの試合形式は、一度負ければそこで試合は終了だ。

 ルリに辿り着くまでに負けるわけにはいかない。また、彼女が他者に負けることも望んではいなかった。

 戦いたい。競いたい。証明したい。

 クィーラも感じたことのない、湧き出る闘争心。

 狭い世界の中でしか生きてこなかった自分が、こうしてみんなの前で魔法を行使する。

 幾分の緊張ももちろんあるが、それ以上に自分のチカラを試したいという強い気持ちがあった。

 実力はどう足掻いてもあちらの方が上だ。生まれながらの才能と、積み上げてきた努力の差は簡単に埋まるものではない。

 冷たい彼女の笑顔を思い出す。

 『クィーラ、譲ってはくれないか』

 ……負けたくない、彼女だけには。

 クィーラの闘志は一層燃え上がっていた。

 今年のマギは総勢十五名で構成される。どの参加者も実力、名声ともに強者揃いだ。全四回戦が数日に分けて行われ、一日ごとに一戦しなければならない。

 前回覇者と準優勝者はシード権を与えられるが、前年二位になった者の参加は見当たらなかった。

 対戦表を見る限り、ルリとの試合は三試合目だ。彼女は、絶対に勝ちあがってくる。

 クィーラは他の参加者の名前を確認し、記憶の中の魔法使いと照合する。

 出場者の中には冒険者として名を馳せた者や異国の宮廷魔法使いもいると噂に聞いた。

 それに伴い、観客席には他国の重鎮や貴族のほかに、ロキの軍関係者も観覧に訪れる。

 出場者は各国の権力者や支配者に力を示し、自分の名を広める絶好の機会でもあった。

 淡い光が脳裏を掠める。

 もし彼がこの大会にでることができたならば、世界はどう反応するだろうか。

 長年の研鑽さえ後塵に帰す天才的技量。加えて特異過ぎる魔法体系。彼の放つ光の前に、遍く人々の驚く顔が想像できる。

 自分事のように、そんな情景が嬉しかった。

 ……いけない、よそ見している場合じゃなかった。

 頭を振って掲示物から離れる。止めた歩みを進め出す。


 会場は円形を模した作りをしていた。

 非常に広く、学院の建物の中で最も巨大で新しい造りだ。

 黄土色の外壁にはいくつか窓がついており、陽の光を反射している。客席部分と通路が重層的な構造をとり、通路からは酒場や飲食系の店へと移動もできた。普段は学院の一施設だが、マギ開催中には娯楽施設へと様変わりする。

 その辺りの柔軟な対応は、あの学院長あっての賜物だ。毎年大会の司会も行っているらしい。

 クィーラは建物の中に入り、選手の控え室へと足を運ぶ。

 参加者ではないが、従者の同行も許可されている。

 ドーラはいつもより力のこもった調子で声をかけた。

「いよいよですね」

 クィーラは静かに呼吸を整えつつ返事をする。

「いよいよです」

 選手控え室は個室になっており、他の人と出会う機会は通路上でしかない。

 弧を描く通路の先は見えなくなっているが、ただならぬ魔力の気配をひしひしと感じる。

 ルリだけに気を取られていると足元をすくわれそうだ。

 気を引き締め直し、部屋に入ろうとした時だった。

 隣の部屋の扉がゆっくりと開く。

 中から出てきたのは背の低い痩せた男。黒髪と細い目が特徴の彼は、クィーラに気付くと声をかけてきた。

「おっと、クィーラ嬢か……」

 不躾な物言いに最初は抵抗があったが、今では慣れたものだ。

 大きめのローブを着込んで、余った袖口を掲げて見せる。

「パレッタさん、おはようございます。昨夜はよく……眠れてなさそうですね」

 クィーラの言葉の途中で大きな欠伸を出す彼は、名前をパレッタと言い同じ金位の学生だ。

「すまんね。試合では全力出すからよ」

 目元を擦りながらこぼれる涙を拭う。これでも彼はマギ出場者なのだ。

 パレッタは元々講義にはあまり積極的に出席せず、ぶらぶらと自分のやりたいことだけを熱心に取り組む自由気ままな学生だった。だが、そんな彼が大会に出場することをきっかけに、クィーラに接近してきたのが始まりだ。

 当然ドーラは警戒していたが、パレッタの目的はどうも彼らとは違うように思えた。純粋に金位入学を果たしたクィーラという人間に興味を持っただけで、彼の関心はそれ以外になかった。

 見た目こそ陰気で気弱そうな印象を受けるが、話し方は快活で豪快。口は悪いがそれなりの教養はある。同じ大会の出場者として学院のことや他の出場者のことを丁寧に教えてくれる。面倒見がいいと言えば意外だが、確かに首肯せざるを得ない。

 そしてパレッタはとんでもない情報通だった。

「それより大発見だ、クィーラ嬢」

 パレッタの青白い顔が破顔する。

 彼の故郷は連峰を超えた先にある教王国だそうだ。

 二人の近くまで歩み寄ったパレッタは、宝物をこっそり見せるように袖から鞄を取り出した。

 鞄の紐を緩めて中身をまさぐると、薄い紙束を取り出してみせる。

「これが何かわかるか?」

 彼から受け取った紙には文字列と図が書かれていた。

 クィーラは目を通すと仰天する。

「パレッタさん! こんなものどこで?!」

 ドーラもクィーラから紙束を拝借すると、驚きのあまり眉をひそめて呟いた。

「魔力抽出魔法における人体実験………」

 そこにはドーラが読み上げたような論文風に題された内容が事細かに記述されている。

 パレッタは人差し指を立てて笑う。

 彼が持ち出している文書は、禁術中の禁術だった。魔法を学び、ある程度の知識を持つ者なら誰もが聞いたことがある、禁忌の類い。

 魔力は全てのものに宿り、生きとし生けるものの存在を証明する唯一の標でもある。この魔力と上手く共存することで人間たちは数多の文明を築き上げることができた。魔力の持つ価値は凄まじく、興味関心は時代を越えても薄れることはない。あらゆる国で、その運用方法は論じられてきた。

 一方で、魔術に対する行き過ぎた倫理観が拍車をかけ、史実でも目を瞑りたくなるような汚点が幾つかある。

 その一つこそが、生物から魔力を根こそぎ取り出す魔力抽出魔法と呼ばれる禁忌だ。

 吸収魔法と呼ばれる魔法はいくつか存在した。対象の魔力を取り込み、自身の魔力と結びつける。

 元々は魔物の魔法であり、人間が使うには難度が高い代物だった。吸収の対象もあくまで敵対する魔物に対して使われることが一般的だった。

「その反応、嬢ちゃんたちは関係なさそうだな」

 パレッタは私たちを見下ろしながら告げる。

「どういう意味ですか? 何なのですか、それは」

「天才魔法使いのクィーラ嬢なら、これが何を意味するか分かるんじゃないか?」

 歴史が語る魔法への執着心と、そこから生じた無垢な疑問、行き着いた研究の果て。

 生物から完全に魔力を取り去った時、どうなるのか。

「ですから、こんなものどこで……まさか、パレッタさん……!」

「おいおい! だったら見せたりしねーよ! 早とちりが過ぎるぜ」

 無数の憶測を呼んだ魔力抽出の実験は一世紀以上も続いた。

 そして、この実験を続けていた一人の研究者が事件を起こす。

「出処は教えられねぇ。巻き込んじまうからな」

 パレッタは紙束を受け取るとニヒルな笑みを見せて言う。

 クィーラとドーラは心配そうに彼を見た。

 魔力の吸収に伴う生物へのストレスは尋常ではなく、意識の混濁や精神異常、記憶の欠落など、ありとあらゆる苦痛が被験者を襲い、ついにその研究で被験者に死者が出た。

 国家によって隠蔽されていた実験の概要が明るみとなり、研究により費やされていた大量の死傷者が白日のものとなった。

 大陸中で人間に対する魔力抽出の研究が批難を受け、魔術師協会は正式にこの実験を禁止とした。

 関連書物を発禁として世に出回らないようにし、魔力抽出に関する記録は魔法史にて禁忌の代表例となった。

 これが今日、この魔術が禁止されている経緯だ。

 だが、彼がいま目の前に持っている資料は古典ではない。現代でこの禁忌を犯そうとしている者がいる。

 しかもそれを発見したのは、よりにもよってパレッタだ。彼は一通りの情報通だったが、特に興味を引かれる分野があった。

 それは、まことしやかに囁かれている学院の七不思議だ。パレッタは入学して数年になるが、そのほとんどを七不思議の調査に費やしている。つまり、彼が興味を持った学院の七不思議と、魔術師界の禁忌である抽出魔法が繋がってしまったということだ。

 クィーラは先のルールエの件で学んでいた。どうしようもないほどの悪意に満ちた人災。

 この学院の根底を揺るがしかねない禁忌。それが足元で燻っている。

「パレッタ様、お気をつけてください」

 ドーラは気遣って言葉をかける。

 パレッタは目を合わせず手を上げる。

 柄じゃねえよ、とでも思ったのだろう。

 時間を確認すると、開会式がそろそろ始まる頃だ。

 パレッタはいそいそとどこかへ出かける様子。

 開会式に進んで出るような性質(たち)ではない。

 強制する気にもなれないので、そこで彼とは別れた。

 禁忌の実験に学院が関与している可能性がある。クィーラは示唆された嫌な仮定を反芻した。

 関心ごと以外にパレッタは興味を持たない。ここ数日で彼の性格は少しは理解したつもりだ。

 好戦的な面もなくはないが、実力主義ということもない。そんな彼がマギに出て意気揚々と戦いに赴くだろうか。

 否、分かりきっている。彼の目的も優勝ではない。

 クィーラは去る彼の後ろ姿を見つめた。

 この大会に魔力抽出との何らかの繋がりを感じ取ったのだ。

 パレッタとクィーラの試合は、二試合目だった。


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