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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第15節 悔悟者となりて

 

 教授室の中、それほど広くない空間に大量の蔵書と実験器具が押し込まれていた。

 乱雑な部屋の隅に簡単な応接用の机と椅子が並ぶ。

 ザルタスに通されたクィーラとドーラは、着席を促された。

 従者の立場からドーラは着席を拒んだが、ファルケが強引に説き伏せる。

「気にすんな、ここは格式高い場所じゃねぇよ」

 ザルタスは苦笑いしながらドーラに言葉をかけた。

「そうなのですが、私のセリフですよそれは。さあどうぞ、貴方もおかけください」

 案内された二人は腰を下ろし、着席したのを確認してザルタスも向かいに座る。

 ファルケは用事が済んだようで扉に向かおうとするが、ザルタスに呼び止められる。

「ファルケ君、君もここに居なさい」

「え?」

「いいから」

 はあ、と生返事をしたファルケは、資料の乗った台の上に腕を組んでもたれ掛かる。

 改めて、ザルタスは咳払いを挟んで挨拶をした。

「……では、ご存知かと思いますが、私はザルタスと言います。

 専攻は炎魔法の魔力制御。そして、魔法化学です」

 にこりと笑うと目尻に皺が寄る。年は五十代くらいだろうか。

 ドーラは同じ炎適性をもつ有名人を何人かは知っているが、ザルタスという名前に聞き覚えはなかった。

「さて、先ほどは突然話に水を差してしまいましたが、私が役に立つ立たないの話をされていましたか?」

 無邪気に笑う顔は中年とは思えないあどけなさが残っていた。

 ドーラは慌てて謝罪をする。

「す、すみません、失言でした」

「いいんですよ、お察しの通りです。私は汎用性が効く学者ではありませんから」

 頭を下げるドーラに彼は手を挙げて応える。

 一呼吸おいて、クィーラはザルタスへ静かに話を始めた。

「ザルタス教授……いえ、先生、私は今年のマギに出ます」

 ザルタスがほう、と返事をする反対側でファルケの視線がクィーラに向く。

 クィーラは続ける。

「そこで、とある人と対戦するのですが、その突破口のために先生の力をお借りしたいのです」

 真剣な顔付きのクィーラを見て、破顔していたザルタスは表情を改める。

「なるほど。マギで優勝するために私に力添えしてほしいと」

 ザルタスはファルケに視線を送った。

 それを受けたファルケは首を振って肩を竦ませる。

 教授室は四階で、外の音は聞こえてこなかった。普段生徒の出入りが少ない廊下はとても静かだ。

 ザルタスの問いにあっけらかんとクィーラは答える。

「いえ、優勝は考えていません」

 その言葉を受けて、ザルタスは不思議そうに目を開く。

「おや、では何のために?」

「はい……大会には出場しますが、私の目的はルリという人に勝つことだけです」

 遮光のカーテンが引かれ、外の様子は分からない。おそらく時刻は太陽が傾き始めた頃合だろう。

 ザルタスの瞳の奥が光った。

「……マギに出られるということは、貴方は学院に認められた相当な実力者ということですよね?」

 彼は表情を変えず続ける。

「それなのに、優勝は狙わず個人的な勝負のためにわざわざ私を訪ねてきた、そういう訳ですか?」

 マギが近付くにつれて学院はその様相を変える。闘技大会の訪れを報せるため学院の装飾には気合いが入りつつあった。意欲的な生徒たちの協力も取り付けて、豪華で派手な装いに学院色味を増してきている。

 ザルタスは直接的に運営に関わってはいなかったが、お祭りのようなこの行事と雰囲気が好きだった。

慌ただしく準備が進む開催までの期間や、一生懸命に物事を成し遂げる生徒の様子。

 赴任してから何度か試合を観戦したが、互いの死力を尽くす姿が琴線に触れる想いだった。

「是非、お力添えをして頂けないでしょうか」

 首肯するクィーラを見て、真剣な顔でザルタスは告げる。

「……残念ですが、そういったことは受け入れられません」

 クィーラは驚いて口を開く。

「ど、どうしてですか?」

 少女の縋るような想いを無下にするのは心苦しい。だが、彼はそれをおいそれと飲める人でもなかった。

「私はマギで誰が勝とうが負けようがどちらでもいいんです。両者が全力を出し切る姿勢をみられれば何だって」

 だからこそ、真剣勝負に拘ってほしい。

 ザルタスの目が憂いを帯びる。

「大会に優勝するために自分の力を最大限生かしたい、そんな願いなら私は是非手を貸しましょう」

 部屋の隅で動かないファルケが息を飲む。

 それが教授室の中にあった緊張感を一気に高めた。クィーラは剣幕に物怖じして顎を引く。

 それを見て、さらにザルタスは暗い表情を作った。

「ですが、参加者一人を負かすためだけに力を貸すというのはどうも私の流儀に反する、そう感じます」

 歳をとると説教臭くなる。昔誰かに言われたか、それでもザルタスは続ける。

「私の恣意的な気持ちで試合が動くことはないでしょう。ですが、その一助になりたいという気持ちはありません」

 マギのために訓練や経験を積んでくる者。試合観戦を待ち望み、遥々他国から馳せ参じる者。準備に奔走し役割を全うする者。

 それら純粋な気持ちを踏みにじってまで誰か一人に加担するのは悪質な行為だとザルタスは思った。

「真剣な気持ちでないなら、いっそ負けてしまいなさい。そういう意見だって、あるかもしれませんね」

 愕然とする青い瞳。

 クィーラの頭の中で、大会の事情やそれにまつわる些事など、ザルタスに言われるまですっかりと抜け落ちていた。

 自分の都合やルリに執着するあまり、参加者や観戦者の事を全然考えていなかった。思いつくままここへ来て、平気で望みを叶えてもらうなどと、様々な想いで開催される闘技大会自体を軽んじる行為だ。聊か暴挙過ぎると思った。

 つい最近到着したクィーラにはこの大会がどの規模なのか知る由もない。そして参加することも今朝の内に強いられ、思い入れがないのは仕方のないことだった。

 だがこうしてマギへの熱い想いを目の当たりにすると、自分が悪いことをしているのではないかという気になる。

 ぐっと挫けそうな気持ちを握り直す。

 配慮の足りなさを悔やみつつも、クィーラは心の中に残っている闘志を燃やした。

 それでも私は、彼を取り戻したいのだ。

 大会に臨むという覚悟が足りないのは事実だったが、彼女に本気で勝ちたいと願う気持ちはホンモノだ。

「ですがどうしても、勝たなければいけないんです……!」

「それはどの選手も同じです。貴方だけが特別じゃない」

 柔和な態度はどこへやら、今のザルタスは悉くクィーラの気持ちを跳ね返す。

 ファルケが諭したのはこういうことだったか。理屈っぽいが正論で筋が通っている。

 クィーラは悔しくて唇を軽く噛む。

 その言葉は自分の中で繰り返し聞いた。

 自分だけが特別だなんて、もう思ってない。

「話は以上です。……ここには私より優れた先生がたくさんいます。そちらをあたってみるのは如何でしょうか?」

 ザルタスは険しい顔を止め俯きながら告げる。

 同時にザルタスの中で疑問が頭を掠めた。

 そういえば、彼女はどうして私の所へ来たのだろうか。私の戦闘技術を裏打ちする著書も武勇伝もない。

 去年の噂をききつけて……? それにしては優勝への拘りやファルケ君への配慮もない。彼の存在自体を知らないのだろうか。

 ふと、ザルタスは魔力の流れを察知した。

 クィーラが机に手をかざしている。

 魔法を使いながら、クィーラは言い放った。

「戦いの技術は必要ありません。私に必要なのは、先生の知識なんです」

 ファルケがそれに気付いて腕組みを解くが、敵意を感じないクィーラの魔法に当惑する。

 魔力が渦を作り、中心に集まって机上に物質を生み出し始めた。

 机の上にはキラキラとした小さな粒が集積する。

 はっと気が付いたザルタスは立ち上がり叫ぶ。

「止めなさい!」

 魔力を操るクィーラの額には、玉の汗が浮かんでいた。

 指先が震え息切れを起こす、異常な状態だ。

 ファルケは立ち尽くしたまま戦々恐々とその様子を見守る。

 机の上にはいつの間にか極小の立方体が積み上がっていた。

 息を飲むザルタスに向けて、クィーラは告げる。

「私には、これが限界なんです……!」

 略式魔法の精度とその物体を見て、ザルタスは弾かれたようにクィーラを見つめた。

 この子、どこでこんなことを……!!

 ドーラがクィーラの汗を拭い、肩を支える。

 肩で息する主人を、心配そうに見つめていた。

「戻しなさい、今すぐ!」

 ザルタスは再び叫ぶ。

 それがどれだけ深刻なことか、ドーラとファルケには理解できなかった。

 立方体の形を崩しながら、クィーラは自身の頭をさする。

 少しづつだが、荒い呼吸は元に戻りつつあった。

「何を考えているんですか! 自分の魔法で死ぬ気ですか!」

 さっきの態度とは裏腹に強い口調で叱るザルタス。

 クィーラは怯まずに返す。

「お願いです、これだけなんです。これが氷魔法に対抗する私の唯一の術なんです!」

 クィーラの迫力に全員が押し黙った。

 憔悴した彼女の表情は、瑞々しい色合いが失せて青白い。

 ザルタスはそこで気付いた。彼女の強い意志とこの状況を招いた元凶に。

 短い沈黙だったが、誰もがそれをとても長く感じていた。

 ザルタスはしばらく考えた後に尋ねる。

「……貴方は、どうして私の元を訪れたのですか……」

 去年のマギだと言ってほしかった。そうすれば、心残りなく断りを入れられる。見たくない現実を見なくても済む。ザルタスはそれだけを祈った。

 クィーラは用意していた答えを告げる。

「先生の共著である、"北方連合風土記"です」

 ザルタスはそれを聞いて、目を細めながら後悔の念を抱いた。

 聞いたあとでさえ、信じたくなかった。

 まさか、こんな想像ができただろうか。

 あの本が、この子をここまで追い詰めるなんて。

 顔を顰めながら、ザルタスは組んだ指を強く握った。

 勝負に勝つために命を削るなんて、そんな道理はない。

 訴願を含む青い瞳が、じっとザルタスを見る。

 その原因が私にあるとまでは言わない。だがどこかで私自身がそれを認めてしまっている。

 彼女をここへ連れてきたのは紛れもない私だ。

 思いがけない命運の導きに、怒りさえ湧いてきた。

 大きな溜息を吐き出すと、ザルタスは告げる。

「……分かりました。協力しましょう。私にできる範囲で、ですが」

 クィーラはその言葉を聞いて胸を撫で下ろす。

 勇気は時として無謀だ。若いこの子にはそれがまだ分からないだろう。

 目の前の向う見ずな魔術師の顔をよく見て、ザルタスは念を押す。

「約束してください。決して今のようなことは試合ではしないように」

 頷く少女の確固たる決意に肝が冷えた。

 どこまでも青を湛えたクィーラの瞳に、明かりが灯る。

 机の上にあった結晶は、既に跡形もなくなっていた。


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