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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第7節 学院の四方山

 

 講義が終わる鐘の音が鳴ると、生徒たちは席を離れ教室を出ていく。

 席に着いたまま談笑する人もいれば、熱心に講義内容を復習する人もちらほら見える。

 教室に設けられた扉の手前、見知った顔があった。

 その友人が声を掛ける。

「おーい、そろそろ行こうぜ」

 僕は講義用の書物を抱えて、席を立つ。

「ごめんごめん、お待たせ」

「まーた妖精さん探しでもしてんのか?」

 追いついた僕に友人がからかい調子で訊く。

「うるさいなぁ、そんなことしてないよ!」

「どうだか」

 僕は強く反論するが、彼は聞き入れてくれない。

 飄々と歩き出す背中は僕よりも大きい。

 教室を二人で出ると廊下には学生が疎らにいた。

 僕らはよく講義を一緒に受ける。出身や年齢は違ったが、なにかとウマが合う。入学してからはよくつるむようになった。

 講義は時間割が決まっており、受けたい講義を自分で選んで受けることができた。もし他の講義の時間と重なってしまった場合はどちらかを諦めなければいけない。どうしてもという場合は講義を受けた他の生徒に講義内容を習うこともあるだろう。もちろんその講義の教授に直接教えを乞うことも可能だ。

 さっき受けたのは魔法史学だが、あまり人気がなく、教室はがらんとしていた。

「次はなんだっけか」

 友人は頭を掻きながら尋ねてくる。

「略式魔法の応用術式だよ。週で決まってるんだからそろそろ覚えなよ」

 僕はうんざりとした調子で返す。

「あー、そうだったか。わりぃわりぃ」

 悪びれる様子もない声はいつものこと。本当に興味があること以外は無頓着だ。

 興味がある無しに関わらず、学院には定期的に試験が行われる。

 講義内容を試される、二種類の試験。一つは教授による口頭試問。教授が問題を出し、複数の生徒がそれに答える。答えられるのは一人の生徒だけだが、誰を指すかは教授次第だ。

 もう一つは魔法を扱う実技試験。自身の魔術練度を正確に問われるこの試験は、魔法使いとしての自分自身の位置を正確に測られる。

 両方の試験の結果が一定の水準に達するか、飛躍的な進歩があれば成績を上げることができる。試験によって成績をあげることで学位も持ち上がり、より上位の講義を受けることが可能になるのがこの学院の特徴だ。

 学位は四段階あり、一番下から銅位、銀位、金位。そして最上学位が白金位となる。

 白金位に上がると教授と同等の扱いを受けられるほか、学術的な様々な特権が学院内で使用可能になる。

 そして白金位の試験でさらなる結果を残すことができれば、晴れて魔法学院を卒業することができる。

 ただし、難点がいくつかあった。

 各学位の試験の水準は著しく高く、試験内容は当日決まるので全く予想が立てられない。

 そして全ての魔術的知識が範囲に指定されているので、試験科目の講義を受講していない、ということも当然の如くありえる。

 自主学習でもって、魔法のありとあらゆる知識を仕入れ、いかなる諮問をも乗り越える必要があった。

 それが試験の難易度を格段に上げている。

 実技試験に関しても得意不得意のある属性魔法を、触媒、略式問わずにその練度を試される。日頃から欠かさず魔法の実践を行い、鍛錬を積んでいなければ容易には学位を上げることができない。

 試験で一定の成績を下回ると学位は落ちてしまう。成績を維持することも大変な労力を使う。

 その間の学費も馬鹿にはならない。

 生徒たちは皆、自身の魔術学修に身を粉にして勤しんでいる。

 今までに卒業を果たした生徒は二桁ほどらしい。数百年の伝統を誇る学院にしては非常に少ない。

 それだけこの学院で学び続けることは困難だということだろう。

 そんな僕はここに入学して三年経つが、悲しくも銀位止まりだ。

 生まれ故郷では魔術の才能を高く買われ、両親の期待を胸に送り出してもらえたはずなのに。未だに結果を出せないでいた。

 父親は砦の騎士長勤めだが、もうそんなに長くここには居られないだろう。

「なに辛気臭ぇ顔してんだ? だからお前には女が寄り付かねんだよ」

 隣を歩く友人が、黙り込んでいた僕を茶化してきた。

 人の気も知らないで。僕は負けじと言い返す。

「辛気臭くなんかないよ! 普通だよ! それに君だって女の子にモテてないじゃないか!」

 売った喧嘩を買われたのが珍しいのか、彼は憤りを表しながら怒鳴りつけてくる。

「なにぃ? ばっ、言ってくれるじゃねぇか! こうなりゃ決闘だ! 魔法で白黒つけようぜ!」

 彼の体がごう、と熱気を帯び始める。

 周りにいた生徒達がどよめく。

 発光する体から魔力が迸る。彼のネックレスがチャラチャラと音を鳴らした。

 熱で周りの生徒が身を引く。僕は乗せられるわけもなく全力で否定する。

「やらないよ! 君となんか!」

 残っていた生徒たちが教室を飛び出し集まりだす。

 野次馬が人を呼び、喧嘩を見物に来たようだ。

 帯びた熱量を次第に下げていく友人は、肩を竦めておどけた表情を作る。

 本気じゃないんだ、彼はいつだって。

 魔力をなくした後、彼は野次馬を追い払った。

 ほら行くぞ、と目で合図して先を行く。

 集まった人だかりから笑い声や呆れ声。なんだいつものか、と離れていく人もいる。

 不真面目な彼による、彼なりの励ましだったのだろう。

 僕らはいつもこんな調子だった。

 マギ優勝者と決闘なんて、冗談がすぎる。

 眼鏡をくいと上げて。再び肩を並べて歩く。

 彼は思いついたように僕に尋ねた。

「そういえば、女帝には会ったか?」

「いやまだ、っていうか本当にいるの?」

 彼の言う女帝とは、もちろん本物の国の頂点を意味する女帝ではない。

 学院内で噂される白金位の女生徒、皆がそう呼ぶ。

 学院史上最年少で白金位に上り詰め、在学期間最短での卒業を果たした伝説の存在。卒業後も白金位のままでこの学院に残り、研究を続けていると言われている。

 だが卒業してから十年、誰もその姿を見たものはいない。在学期間の長い者は確かに存在したというが、教授までもがその存在を疑っているという始末だ。

 伝説だけ残しその存在は消えてしまったかに思えたが、最近になって目撃者が現れ始めた。

 生徒の総数は五百人を超える、かなりの人数だ。

 僕だって一人一人の顔と名前は把握できない。

 伝説の女帝が紛れていたって気が付くはずがない。

 それなのに見分けがつくというのはどうも不思議だった。

 考え始めた僕に、友人は軽く鼻を鳴らした。なんだか誘導されているみたいでいい心地はしなかったが、試験のことから逃げたがっていた僕はそのまま考えを巡らせた。

 女帝だと見分けがつくと考えられる可能性は三つ。

 一つは容姿が飛び抜けている場合だ。美しかったり醜かったり派手だったりすれば、存在が目立つ。

 二つ目は魔力の量や質。個人差はあれど、伝説ともなれば皆がその魔力を判断できる可能性は高い。

 三つ目は荒唐無稽だが、自称している場合だ。自ら名乗りあげていれば、誰だって認識できる。

 学院の誰かが作り上げた伝説に過ぎないだろう。僕はそんな存在に興味がなかった。

 伝説なんていてもいなくても、ここでやることは変わらないのに。

 ふいに肩を後ろから叩かれる。

 え、と振り返ると、いつの間にか友人は後ろにいた。

 三階廊下の窓からは広い中庭が見渡せる。講義がない生徒たちが休息を取るために、憩いの場として作られた庭園。貴族も多いこの学院では、そんな優雅な施設が各所に散りばめられていた。

 友人は窓の外を見つめている。

 何か見つけたのだろうか。

 誰かが喧嘩してるとか、いちゃついているだとか。

 普段とは違う様子の彼に疑問を抱いていると、彼は口を開ける。

「お前、夜の教室で妖精を見たって言ったよな」

 唐突に言われたその内容に、腹が立った。

 またからかってるな、こいつ。

「だから、いいよその話は! 忘れてくれ!」

 だが友人は笑っていないし、こちらを見ない。

 拍子抜けした僕は逸らした目で彼をもう一度見る。

 友人は呟く。

「たしか、水色の髪に青い目だったよな。羽は生えてないみたいだけど、すげぇ美人」

 なんでそんなことまで覚えてるんだ。

 僕は彼の不思議な空気にあてられ、苛立ちよりも戸惑いを強めた。

 確かに以前、夜の教室で居残って勉強していた時があった。そう、その時に出会ったんだ。

 暗い静かな教室の中、隣の部屋で物音がした。

 ただの気まぐれだった。

 少し怖かったけど、同じ勤勉な生徒なら挨拶でもしようと僕は教室を出た。月の光より強い、神秘的な青い光。隣の教室からそれが漏れているのを見た。

 何の魔法だろうと覗いた僕。その目に飛び込んだ。妖精の姿。

 青い宝石のような瞳。それを薄めた水色の髪が揺れる。黒い外套が意味を成さないほど、美麗に輝く輪郭。背中には氷の結晶のような羽が生える。煌びやかで艶やかな質感。顔は恐ろしいほどに整い、心奪われるようだった。美の神がいるならそれは彼女だ、そう思ったくらいに。

 彼女が僕に気が付くと、その姿と羽は光とともに消えてしまった。

 僕は彼女との出会いのことを、迂闊にもこいつに話してしまった。それが運の尽きだ。

 友人は窓の外を見て、妖精の容姿を確認してきた。

 まさか。

 唐突な予感から、背筋が伸びるような胸騒ぎがした。

 軽い冗談ならいくらでもしてきた。けどこんな仰々しいリアクションと嘘は、いつもならつかない、彼らしくない。

 友人の視線をすぐに追う。

 見下ろした中庭、庭園を歩くその姿が飛び込んできた。

 僕は目を見開く。

 その姿はまさしく、あの時出会った妖精だった。

「おい!」

 友人の掛け声を無視して僕は走り出した。

 あの日からずっと、彼女の姿を追っていた。

 銀位で止まった僕の実力を、彼女の存在がなんとかしてくれる。そんな気がしていた。

 ここで見逃しちゃいけない。なんとしてでも彼女の存在を認めたかった。みんなに、認めさせたかった。

 階段を駆け下りる動作がもどかしい。風魔法の才があれば、窓から飛び降りられたのに。

 昇降口から飛び出して、中庭を目指す。雑多な生徒たちを押しのけ隙間を縫っていく。

 躓く度に転びそうになるのを何とか堪え、見失わないように懸命に駆けた。

 広場にでると中庭はすぐそこだ。窓から見た方向からすれば、向かう先は研究棟だろう。あの時の彼女は実在したんだ。七不思議と化した妖精なんかじゃない。

 しっかりと体温を持った人間。もう一度彼女に会いたい。

 息を切らしながら静かな中庭を突っ切っていく。お茶を楽しむ子女たちから、好奇な視線を向けられた。

 生垣を無視して飛び越えた先に、セミロングの淡い青が目に入った。

 息を整えるのも忘れて、僕は声をかける。

「あ、あの!」

 彼女はそのまま歩みを止めない。僕はもう一度呼びかける。

「あの! すいません!」

 今度は息を整え、大きな声が出た。

 気がついた彼女が振り向く。

 水色がふわりと動き、その顔が僕の目に映った。

 小ぶりな顔の輪郭線に、整った目鼻が揃う。

 綺麗だとは思う。だけど違う。この人は、あの人じゃない。

「な、なんでしょうか?」

 怯えたような眼差しが僕を捉えた。

 緊張して、声が大きすぎたかもしれない。

「すいません! 人違いでした!」

 僕は平謝りしてすぐに踵を返した。

 あまりの恥ずかしさに顔を覆いたくなる。

 荒い息を抑えつつ肩を上下させ早足に歩く。周りを見回すと、通行人と目が合った。

 勘違いなのか? 僕の、見間違い?

 廊下から見た彼女の姿は紛れもない、あの人だった。

 忘れもしない、忘れられない、あの日の出会い。

 しばらく諦めがつかず、僕は水色を探して彷徨った。




 ■■◇■■




「なんだったのかしら………」

 移動中に突然話しかけてきた男の子。必死に呼び止められて、ちょっと怖かった。

 私を誰と間違えたんだろう。

 抱えた書籍を持ち直し、前髪を直す。

 研究棟の道すがら、友達を見つけて私は声をかけた。

「やほー! ちーちゃん聞いてよ、今さぁ――――」

 さっきの出来事を話そうとした時、振り返ったちーちゃんが驚きの表情を作る。

「さっちゃん、どうしたのその髪の毛!?」

 え、と思い前髪の根元を抑える。変だったかな、と少し焦った。

 だけどちーちゃんはもっと変なことを言う。

「違うよ、髪の色! いつ変えたの?」

 髪の色? 肩にかかる髪を前に持ってくる。

 えっ!? なにこれ!?

 私の元々黒かった髪の毛は、いつのまにか淡い青色になっていた。

「あ……」

 水色の髪は徐々に末端から本来の髪色に戻っていく。青から黒に変わる綺麗なグラデーションが、なんとなく可愛いと思った。

「誰かにイタズラされたの?」

 知らない内に、魔法をかけられたみたいだ。

 ちーちゃんに訊かれるも、私は首を振る。

「……分かんない」

 私の髪色は既に元の黒に戻っていた。首元まで髪の毛を手繰り寄せて、心当たりを思い出す。

 誰にされたんだろう、気が付かなかった。ううん、気が付かないなんてことあるかな。

 それに、誰が何のために、こんなことをしたというのか。

 庭園の方向を振り返り、たくさんの生徒を見つめる。

 すれ違った人たちの顔をなるべく思い出そうとしたが彼の顔しか出てこない。

 私の髪色を見つけて、彼は私を誰かと間違えたんだ。

 大人しそうな彼を、あれほど必死にさせる女性。

 私は軽く肩を抱く。

 どこか遠くで、誰かが笑った気がした。


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