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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第4節 困難ない道のり

 

 ついに僕らは国境を抜けた。

 リベクスト王国の最後の領土であった村を越え、背の高い草が広がる草原地帯へと歩を進めた。

 子爵からはクィーラの留学を後押しするために、学院までの護衛を任されていた。

 さすが貴族とでもいうべきだろうか、旅の支度に持ち寄られた品々は質が高い。馬車まで用意されてしまえば護衛の任など不満があっても断ることなどできないだろう。

 乗り心地も悪くなく、悪路にも耐えうる丈夫な馬車だ。目的地までの交換は必要なさそうに思える。

 車もそうだが、馬自体も相当な価値があった。体力も馬力もあり、気質も落ち着きよく調教されている。宿場町で馬の貸出も行っていたがこちらも交換の必要はないだろう。

 馬を扱っているのは使用人のドーラだ。彼女は幼い時からクィーラに傅いている。いわゆる幼馴染兼専属の召使いであった。今回の同行に最も協力的で、クィーラの希望でもある。

 驚くことに、ドーラにも魔法の才能があった。魔術の造詣に深いクィーラと共に育っただけはある。魔術全般に関する知識や見識もそれなりに広い。

 そして僕のことを"魔道士様"と呼んでくる。本当はやめてほしいが、言っても聞いてくれそうにないので諦めた。

 頬杖をついた僕は複雑な心境だった。彼女も含め、二人の魔法練度は冒険者たちと比べても遜色ない。

『お手を煩わせることはないと思いますが………』

 あれはそういう意味だったのか。謙遜ではない子爵の言葉が呼び起こされる。

 はっきり言って、僕の護衛はあまり役になっていなかった。既に用意していた留学計画に、都合よく付き添わされている。そんな気がした。

 旅を始めて一週間経つが、僕はほとんど魔法を使っていない。

 何故なら。

 僕らを囲む風の動きが変わり、草原が音をなくして凪いだ。

 馬の手綱を握るドーラが、背後の僕らに目配せする。クィーラは頷くと同時に、錫杖を握りしめた。

 強い風もないはずなのに、低い草地が揺れ動く。馬車を中心に八方向から渦巻のように草が波打つ。

 背の高い草に隠れた何者か。それらが僕らの馬車を囲んでいた。

 草原の隙間を縫い群れをなす。植物で身を隠しながら、獲物を囲んで捕食する小型の魔物。

 逃げ場を塞がれた僕らに、飛び込んできた魔物たちが鋭い牙や爪を向けて襲い掛かってきた。

 馬が興奮し手綱を揺らす。ドーラは懸命に宥めて馬車の動きを止める。

 狼に似た肉食で獰猛な四足歩行の魔物。体の表面は緑色で足に近づくほど黄色がかっている。

 討伐難度六級、グラスウルフの群れだ。草原に擬態できる彼らはこの一帯を縄張りとし、通りすがる者たちに容赦なく襲いかかる。街道が大きく草原地帯を逸れている理由は、主にこの魔物たちが原因だった。

 クィーラが錫杖を振ると、先に付けられた輪がぶつかり合って音を鳴らす。

 魔力がより集まり、空中へ等間隔に配置された魔法が発動する。漂っていた鋭い空気の切れ目が、一斉に動き始めた。触れたものを切断する風の魔法。

 とびかかってきた魔物にはそれが見えなかった。仕掛けられた魔法に触れると、勢いを削ぐことなく毛皮を裂いて肉を断つ。

 高い叫び声。グラスウルスたちの体は、血飛沫とともに薄くなった。

 全方位に広がる見えない風の魔法に、グラスウルフたちは警戒を強める。辺りを彷徨(うろつ)く草原の揺らぎは、まだ続いていた。

 くぐもったような唸り声が響く。ぐらりと形を変えた草原の一部。そこに瞳が現れた。

 一際大きな体を持つ大型のグラスウルフが、前方正面からこちらを見据えている。

 草原一帯に響き渡った慟哭。風のない広々とした空に、彼らの唸り声が重なった。

 僕とクィーラを目指し、数十体のグラスウルフたちが歯牙を向ける。

 魔法を嫌ったのか、彼らは姿勢を低くしながら馬車の隙間や後方へと俊敏に移動していった。死角に回り込むように僕らを再び囲い込む。

 僕はクィーラと目が合った。杖を持つ毅然とした態度の彼女。

 大丈夫です、問題ありません。

 そう言っている風に見えた。

 馬車の周囲に流れていた風は一つの輪を作り、馬車を中心に回り始める。半球状に覆われていく空気が、鞭を振るような鋭い音を鳴らし出す。

 クィーラが魔力を操る。

 高速で回転する空気の刃が、その領域を広げた。

 風が草原を煽り、辺りの草が激しく揺れる。回転する空気に触れ、緑草の破片が舞う。

 グラスウルフたちは瞬時に迫った風の荒刃を避けられず、体や首、四肢を切断されてバラバラになった。

 土や草の匂いに紛れた、鉄臭い彼らの体液。魔物たちの悲痛な叫びも虚しく、血塗られた草原の上に死体が重なっていく。

 哀れ、群れは一瞬の内に瓦解していった。

 風の呪文で彼らを一網打尽にしたクィーラは、細切れになった砂や血肉の破片を払うため、魔法を解く。

 そして周囲を確認しようとした時だった。

 地面が盛り上がり、潜んでいたグラスウルフの大型種が馬車に飛びかかった。

 馬よりも大きな体。大きく広げた顎で、ドーラを食い千切ろうとした。

 賢い群れの長だった。群れでの狩りを見せかけにして、風の魔法が消える頃合いを見計らって牙を見せる。

 ドーラ! と僕が声に出すよりも早く、彼女は杖を抜いて魔法を唱えていた。

「灰と化しなさい。爆燃球(フェルブラント)

 彼女の杖から出た大きな火球は、緋色の熱を帯び急激に周りの温度を上げる。

 空中に飛び出した魔物に避ける方法はない。炎の塊が群れの主を飲み込んで爆発した。

 熱風が放散され、背の高い草が横に倒される。辺り一面が朱に染まり、盛る火の粉が空中を舞った。

 馬車に襲い掛かってきた大型の魔獣は、体の全てを燃えカスに変えて、近くに四散していく。

 焦げ臭い匂いが熱風に押し上げられ、それを見送りながらドーラが尋ねる。

「魔道士様、いかがでしょうか」

 無機質な声色に僕はまだ慣れなかった。 

 微妙な心持ちのまま、僕は告げる。

「……えーと。二人とも、ありがとうございます」

 本来なら護衛の僕がこの仕事をこなすべきだったが、率先して二人は魔物退治を行った。

 力を誇示したくなかった僕には好都合だったが、役に立てないのも寂しい感じがする。

 ドーラが僕の反応に疑問を持ち、眼差しを向けて再び尋ねる。

「魔道士様、言いたいことがあるならはっきりどうぞ」

 語気は強くないものの、強い威圧感があった。

 すかさずクィーラも間に入る。

「私たちの魔法に、なにか不備がありましたか?」

 僕は慌てて首を振った。

 魔法に不満があるわけではない。

「いえ、大型種の牙は高価なので、それを伝えようと思ったのですが……」

 クィーラとドーラは顔を見合わせた後、路傍の消し炭をまじまじと見る。

 残念だが、素材が残っているようには見えない。

 ドーラは申し訳なさそうに告げる。

「すいません、今度は火力に気を付けます」

 殊勝な態度に僕は手を振って返事をした。

「気にしないでください! 僕もお伝えするのが遅れてしまいましたから」

 ドーラは軽く会釈をして前へ向き直る。

 彼女はあまり感情豊かな性格ではない。

 そして再び馬車が進み出した頃、クィーラは紙の束を取り出して僕に尋ねる。

「私の魔法は、どうでしたか?」

 最近はこんなことがよく増えた。

 クィーラは僕に実践的な魔術の形を尋ねてくる。

「風の性質変換について、知っていますか?」

 僕はそれに応えるように、本で得た知識と実際の魔法による経験を伝えた。彼女はそれを貪欲に吸収していった。

 魔術における自身の構想と他人の構想は別次元だ。同じ回路を組んだとしても、同じ魔法が出るとは限らない。扱う者の魔力の性質や属性、様々な要素が絡み合う。

 魔術というのは本来、自己完結するものなのだ。

 しかし、考え方を共有すること自体は蛇足ではない。他人の考えが自分の問題を解決することだって往々にしてある。魔法は人の数だけ形を変え、僕らの生活に根付いていた。

 だからこそ、魔導具という存在は異端だといえるだろう。誰もが扱える装置なのにもかかわらず、同じ魔法が使えてしまう。

 人類が生み出した知恵の結晶。数少ない職人にしか作ることのできない、至高の道具と呼ばれている。

 ギルドや関所で用いられる魔導具は簡易式で、それほど価値は高くない。だがどこかの国ではスキルの有無や能力までも判別する、優れた魔導具も存在しているそうだ。

 魔導具に関する資料は少なかった。僕はその動力について、あまり詳しくない。だからこそ、仮説を立てていた。

「あ、そこで空気の性質を利用するんですね!」

 戦闘が終わった後だというのに、クィーラは合点がいったのか溌溂とした様子だ。

 彼女は教えた知識をすぐに自分のものにした。思考の柔軟性に富み、問題解決に至る論理の組み立ても早い。

 次々と新しい魔法に挑戦しては、その弱点や欠点を発見し改善する。

 魔力制御の操作も抜群に上手く、どんな回路にも魔力を対応させる。

「お嬢様、空気にも重さはあります」

 そこにドーラも加わり、さらに研究を加速させていく。彼女もクィーラ同様、魔術への興味関心は強かった。

 使用人にこれだけの教育をさせるのだから、子爵の度量には感服せざるを得ない。

 魔力操作が不器用な分、ドーラの魔法は威力に優れ、瞬間火力であればクィーラを凌ぐほどだった。

 大型種を従えるグラスウルフの群れを退けた二人の魔法は、冒険者等級で言えば何級に相当するのだろうか。

 僕は目線を前に移した。

 丘を越えた先に、広い街道が見える。地図はこの先が首都ヤミレスへの道筋だと示していた。

 クィーラは楽しそうに声をあげる。

「思ったよりも、早く到着できそうですね!」

 草原は街道を通る商人たちにとっては危険地帯だが、僕たちにとっては単なる近道でしかない。

 これだけの戦力があれば、わざわざ遠回りして迂回する必要なんかないのだ。

 易々と国境付近の草原地帯を抜けた僕ら一行は、着実に目的地までの道程を縮めていくのであった。


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