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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第2節 死せる怨霊

 

 春が終わろうとしていた。

 もうすぐ初夏が訪れ、気温も高くなる。

 この地域は高い山脈の麓にあることから端から端までの起伏が激しい。地形の所々に扇状地が見られるので、古くは川が流れていたと聞いたことがある。今ではその段差を利用した天然の要塞として、各国にその存在を知らしめていた。長い歴史を誇るこの国は昔から戦争が絶えなかったが、首都まで攻め込めた国はいまだかつてない。

 昼間の明るさを失った夜の闇が帳を下ろす。灯りが点々と続く廊下を独り歩いていた。空は分厚い雲に覆われて、月明かりが今夜は見えない。手元のランプと薄暗い灯火だけが頼りだった。

 頭上付近の壁の灯りは部屋に続く扉を示しており、一部屋ずつ中を確認しては施錠していく。施錠が終わった扉の灯りを消して、次の部屋へと進む。

 全ての施錠を終えた後は、下の階に降りてまた施錠を繰り返す。時々遅くまで残った生徒が勉学に励んでいることもあるが、日没後は各棟を施錠することになっている。

 懸命に学習する姿勢は憚るべきではないとも思うが、生徒の自主性は永続的に続くものではない。危険な魔法や有害な薬品を夜な夜な生み出され、事故や事件に繋がったりしたらたまったものではない。最終的に対処するのは我々や教授たちなのだ。

 一度教室に潜り込んでいた生徒を発見したことがある。その時、生徒の間で流行るこんな七不思議を知った。

 夜中の教室棟には魔法の妖精が現れて、出会った者にどんな魔法でも教えてくれるという。学生というのは不思議なものに興味津々だ。噂の内容は少し他力本願が過ぎるが、それも上昇志向の表れだろう。

 教室棟の施錠を全て確認し、残す建物の点検を行うために屋外へ出た。

 黄土色の煉瓦で囲われた建物。中心は広場になっており、円環を模した形になっているのが特徴的だ。外側上部は石段の席が用意され、数千人規模の観客席が並んでいた。

 軽いため息をこぼす。もうすぐあの時期がやってくる。

 毎年開催されるこの学院が誇る魔術の祭典。学院で学んだ自身の魔術を決闘により示す大会。中央都市国家魔法学院闘技大会。通称マギ。

 多くの来場者がそれを観戦しに学院へ足を運ぶ。要するに学院を挙げてのお祭りだ。

 やれやれ、今年も忙しくなりそうだな……。

 演習場、もとい、闘技場の扉に鍵をかける。

 扉の上に点く灯りを消して立ち去ろうとした、その時。

 嫌な風が横切った。通路の芝生が風にさらわれる。

 扉の奥からわずかに物音が聞こえた。

 こんな夜更けに、誰かいるのだろうか。

 再度鍵をあけ、ランプを持ち上げながら中へ入る。

 入り口から観客席と選手控え室を分けた通路に来た。中に灯りはなく、暗がりだけが広がる。

 こんな時間までいるのは不届きな生徒か、はたまた教授か。

 演習場は基本的に貸出制で届け出を出さなければ無断で使用することはできない。夜間は進入さえ禁止だ。

 念には念を入れて、広間まで行ってみよう。そう思った時、一つの噂話を思い出した。

 何気ない生徒たちの間で広がる七不思議。徘徊する人影や存在しない隠し部屋。どれも下らない生徒の妄想だ。だがその内の一つが今は引っかかった。

『誰もいない演習場に近付けば、死せる怨霊に魂を奪われてしまう』

 屋根のない円環の中心。夜の闇に慣れた目で、風の吹かない広間を見渡した。

 馬鹿馬鹿しい、この演習場で人が死んだことはない。夜間に生徒を出歩かせないための嘘の教訓に決まっている。

 頭では分かっていたが、噂話がよぎり、暗いこの場所が不気味に思えてきた。早く切り上げて戻ろうと、一応の声を呼びかける。

「おい、誰かいるのか?」

 反対側の観客席から声が跳ね返る。とても静かだった。

 やはり気のせいだ。明らかに誰もいない。

 そもそもここには重要なものは何もなかった。盗みを防ぐために施錠する意味も、ほぼないはずだ。

 深夜なら誰が勝手に使おうが構わない。生徒や教授なら、それはもう自己責任だろうに。

 早くここから立ち去りたい。

 そう思い、急いで振り返った。

 すると、勢い余ったせいかランプの灯りが点滅し、一瞬の内に明かりが消える。

 驚きで身を竦ませた。体が硬直して動かない。心臓の拍動が速く、大きい。

 思わせぶりな七不思議で少し気が動転しているせいか、暗闇が恐怖をさらに加速させた。

 冷や汗でじっとりと湿った手のひらを握りしめ、頭の中の妄想を無理やり追い出す。なんとか気持ちを奮い立たせ、ランプを振るう。

 中に入った油の波打つ音が聞こえる。

 油は切れてない、ただの不具合だ。

 ほっとしたのも束の間、小さな苛立ちを覚えて舌打ちしつつ、火の魔法を唱えて中の油に引火させる。

 灯りは難なくつき、心許ない光にさえ大きく胸を撫で下ろした。

 こんなことに臆していては警備は務まらない。自分の臆病さに腹が立つ。

 まったく、なんだってこんな―――

 異変が起きた。

 自身の立つ周りの足元が、輝き始める。

 今度は驚嘆してランプを落としてしまう。

 地面に引かれた線が、紫色の光を放っている。

 なんだ、何が起きているんだ?!

 光が一層の明度を強めると、どこからかともなく声が聞こえた。遠のくような近付くような、呻き声、呼び声、叫び声。

「だ、誰だ!!」

 広場のどこを見渡しても、誰の姿も見えない。だがはっきりと聞こえる狂気の声に心臓が掴まれる。

「やめろ! やめてくれ!!」

 抑え込むように頭と耳を塞ぐが、心の内から滲み出るような声は鳴り止まない。

 膝をつき、目を閉じて頭を抱える。

「うう、う、うわあああああああああ!!」

 振り切れた恐怖心に苛まれ絶叫する。ひどい目眩に襲われ、思わず倒れ込んだ。

 体に力が入らなくなる。洪水のような叫び声が、自分の声なのかすらも分からない。

 反響する声に呼び起こされる記憶。消えゆく意識の中、思い返す。

 『死せる怨霊、魂を奪う―――』

 演習場を包む光は、徐々に小さくなっていった。

 横たわるランプの上に薄い影が伸びる。


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