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星の屑から  作者: えすてい
第1章 自由と代償

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第18節 子爵と光明

 

 色素の薄い金髪が、馬車の揺れと共に左右に振られる。

「すみません、無理をさせてしまったようで」

 クィーラは申し訳なさそうに言う。

 貴族が平民を本邸に呼びつけるなど、戦慄以外の何物でもない。

「いいんですよ。こちらも、お願いをしに行く立場ですし。貴族のお屋敷かぁ、どんなのでしょうかぁ……」

 本当は救世主として僕を祭り上げたがったクィーラの方が恐ろしかった。

「そこまで期待しないで下さいね。父は普通の貴族と違って、質素倹約を好んでいますから」

 僕の怯えをよそに、純真に言葉を汲み取る。

 共和制を取っている都市は珍しい。確かに、子爵は物好きなのかもしれない。この兄妹が良い例だ。

 だが、二人の所作は完璧に貴族だ。恐らく相当のしつけをされていたのだろうと想像がつく。

 貴族というのは傲慢で欲深いというイメージも強い。

 子爵が子どもに厳しく、厳粛な態度なのだとしたら、二人は反発から自由奔放な性格になってしまったのだろうか。

 そんな子爵とこれから会い、国を渡る手伝いをしろなどと恩着せがましい行為、なんだかとても失礼な訪問になってはいないだろうか。

 雑念を払い別のことに思考を切り替える。

 二人は子爵と似ているのだろうか。

 クィーラとガノアは二人とも正義感に溢れたとてもいい人たちだ。そんな彼らの親が一介の平民に厳しく当たるとも思えない。自由主義を掲げているのだとすれば、僕のような輩とだって領地を巡る諍いはこれまでもあっただろう。いや、これは想像でしかないのだけれど。

 あれこれと想像上の子爵像を作り上げていると、

「あ、あの……何か……?」

 顔を赤らめたクィーラが尋ねてきた。

「―――え? っあ! いえ、考え事をしていただけです!」

 僕は慌てて応えた。

「そう……ですか……」

 クィーラは髪を耳にかけて視線を横に切る。

 考え事に夢中になり、彼女を睨みつけていたようだ。慌てて取り繕う僕は、それ以降言葉を失ってしまう。気まずい時間がしばらく流れた。

 僕が苦し紛れに何か言おうとした瞬間、クィーラは思い出したようにこちらに向き直った。

「そういえば、まだきちんとお礼を申し上げていませんでしたね」

 彼女は姿勢を直し、深く息を吸い込む。

「ルールエと、私たち兄妹を救っていただき、本当にありがとうございました」

 率直に感謝を述べられた僕は、戸惑った。

「いえ、大したことでは……困ってる人を助ける……当然のことですよ」

 僕はこんな素直にお礼を言われることに慣れていない。

 依頼をこなした後に述べられる感謝とは違う、丁寧すぎるほど畏まった、真っ直ぐな態度。

 クィーラは微笑んで応える。

「いいえ、誰しもができることではありませんよ。命を救うことは、大したことです」

 それに、と付け加える。

「私も力強く励まされました。勇気を与えてくださり、ありがとうございます」

 クィーラを救った直後のことだろう。

 塞ぎ込む彼女を、目の前で見捨てる訳にはいかなかった。あのまま強引に安全圏に連れていくこともできた僕は、進んで正面から彼女と向き合った。それがクィーラの望むことだったから。

 面映ゆい気持ちを隠しつつ、僕は及び腰で感謝を受け取った。

「………どういたしまして」

 それでも彼女は、満足した笑顔を見せた。

 僕は少し照れながらもこの笑顔を見て、あの時の行動をやってよかったと思った。


 いつのまにか、馬車はゆっくりとその行程を終えた。

 外に出て、目的地を見る。

 子爵邸は、豪華ではないが威厳ある屋敷であった。庭園は丁寧に手入れされ、派手なものはおいていなかったが、そこが誉ある貴族の屋敷なのだということが分かった。

 使用人に出迎えられ、中へ通される。

 内装を見て、倹約家という表現に納得した。玄関口には想像していた華美な調度品の姿はなく、小さな花瓶や絵画がこじんまりと飾られている。もしかすると派手好きな商館の方が豪盛で華やかかもしれない。

「お父様にお会いする前に、身なりを少し整えましょうか」

 使用人にそう言われ、クィーラと別れる。

 確かにこの服では大層失礼だ。それに、少し臭う。

 別の部屋に案内されると、髪などの身だしなみが整えられ、気が付くと上等な衣服が用意されていた。

「では、着替えが終わりましたらお教えください」

 そう告げた使用人は退出していった。

 すごい、まるで貴族になったみたいだ。世話をあれやこれやと焼いてくれる。

 目を輝かせながら、僕はせっかくなので新品の衣服に袖を通す。

 軽く丈夫な生地、着心地は悪くない。いつの間に大きさの合うものを探してきたんだろう。

 部屋に置かれた姿見に自分を映す。

 黒に近い紺色を基調としたローブで、淵は黄色い装飾が施されている。中は絹で織られたシャツと、線の入ったズボン。とても高級そうだが、しっかりとしている。

 部屋を出ると使用人が気付き、

「よくお似合いですよ」

 と褒めてくれる。すこしむずがゆい気持ちだ。

「こちらで、旦那様がお待ちです」

 使用人たちに通された応接間には、中央に広いテーブル、奥には中庭が見渡せる大きめの窓と本棚が置いてあった。

 奥側の椅子に、中年の男性が座っていた。中肉中背で口ひげを蓄えた紳士な面持ち。入ってきた僕に居住まいを正したまま、目を向ける。言葉を発さずとも、風格だけで只者でないことが分かった。

 クィーラとガノアの父親、クルフ子爵だ。

「お招きいただき光栄です。クルフ子爵殿」

 僕は深々とお辞儀する。

 彼は頷くと同時に、厳しい態度を崩して声をかけた。

「うむ、待っておりました。どうぞ、おかけくだされ」

 使用人に席へと案内される。

 思っていたほどの恐ろしい感じはなかった。

 ルールエの領主であるウルト=クルフ。リベクスト王国の子爵の地位につき、ルールエを含む王国の南西部に領地を所有している。

 ウルトの曽祖父の代に、中央都市国家ロキとの戦争で功績をあげて以来、彼らの家系は爵位と領土を賜った。世襲制をとるこの国で平民が爵位を賜ることは稀である。

「まずは感謝をさせてくれ。我が子たちが、大変世話になったそうですな」

 子爵が礼を述べる。

「いえ、そんな、大それたことでは。当然のことをしたまでです」

 同じ言葉を使ってしまう。やはり礼は、言われ慣れていない。

「それでも、大切な我が子の命を救っていただいたのだ。感謝してもしきれない。本当にありがとう」

「と、とんでもございません……恐縮です」

 こういう時、どうすればいいのだろう。

「なにか礼をさせて欲しいのだが、聞くところによると、ヤミレスの関所を越えたいと?」

 僕は気を取り直し、ウルトの言葉に乗っかることにした。

「あ、厚かましいお願いだとは存じてます」

 本の中でしか使ったことのない言葉を口にする。舌が絡まりそうだ。

「そう堅苦しく構えなくてもよろしい」

 ウルトは破顔してそう告げる。

 こんな僕に対して子ども扱いしないところは、やはり貴族っぽくないと思ってしまう。

 では、と僕は前置きする。

「僕は北を目指して旅をしているのですが、どうしてもヤミレスを通りたいんです」

 ヤミレスの関所の難関さは有名だ。超大国らしく、首都に入ることは簡単ではない。

「うむ。ヤミレスか…………」

 子爵は逡巡している。

 中央都市国家ロキと我がリベクスト王国は、不戦条約が敷かれているものの、友好国ではない。商人や冒険者の往来は珍しくないものの、国交を樹立するほど仲がいいというわけではなかった。

 中央都市国家ロキは名前の通り大陸の中央部に位置し、大きな山脈の麓にその国旗を掲げている。

 首都ヤミレスの関所が堅牢な理由は、北方連合国との砦としての機能に加え、山脈を抜ける商人たちから多くの税収を取ることにあった。

 だが、冒険者は別だ。

 商人の価値はその持ち金にあるのに対し、冒険者の価値はその実績にあった。

 いくらお金を積んだところで冒険者の位が上がることも、名誉がもらえるわけでもない。もちろん悪徳な冒険者がいればその限りではないが。

 ある程度の名のある冒険者なら関所は通過できるが、僕のようなひよっこ冒険者には普通叶わないことなのだ。

 やはり難しい申し出だっただろうか。

 暫く考え込み、やがて子爵は答えをだした。

「よし、クィーラを呼んでまいれ」

 部屋にいた使用人にそう伝える。

 少しすると、扉があきクィーラが入室する。

「お呼びでしょうか、お父様」

 クィーラも、先程のローブから着替えていた。

 瞳と似た青色を全体に使った落ち着いた色のドレス。胸元が綺麗なレースでできており、大人っぽい印象に変わる。僕は彼女が貴族であることを再確認した。

 青いバレッタが輝き、クィーラが隣に座ると、子爵が僕の方を向く。

「すまないが、この子の従者となってはいただけないか」

 ――――え?

 僕はあっけに取られた。

「ど、どういうことですか、お父様!」

 身を乗り出し、代わりにクィーラが疑問をぶつける。

 彼女は何も聞かされていなかったようだ。

「結論から申し上げると、王国の子爵ごときでは冒険者のために関所の門をあけることは難しい」

 そうか、無理なのか。じゃなくて。

「お父様、従者というのは――――」

 クィーラが口を挟むも、子爵は無視して続ける。ガノアの時もそうだったが、この家族はあまりにもクィーラを軽視しすぎている。いや、これが本来の彼女の扱い方なのだろうか。

「だが、その息女なら別だ」

 一瞬、クィーラを見る子爵の瞳が和らいだように見えた。

「クィーラ、お主は中央都市魔法学院に入学しなさい。

 もっと魔法を学びたいと申しておったそうじゃないか」

 クィーラは否定も肯定もしない。

 あうあうしている。

 そして再び僕に向き直り、

「貴殿には、クィーラの従者として入国をしてもらいたい」

 クィーラの肩がやや上がるのを横目に、子爵は柔らかい態度で話す。

「心配なさるな。あくまで従者という形で入国してもらうだけで、別の従者も一緒に同行させますから」

 なるほど、と僕は納得した。

 ウルトは、きちんと父親なのだ。

 子爵として、街や市政に自由主義を貫くやり方を子ども相手にも曲げられなかった。不器用だった子爵は、そうすることしかできなかったのかもしれない。

 子どもに望むものをあげるために、自由を主張しつつも自我を紡いだ。考えた子爵は、腐りゆくルールエを使ってガノアをギルドマスターにまで上り詰めさせた。

 その姿を追うクィーラにも、同じレールを用意させたが、ガノアはヴァストゥールを恐れその道を閉ざした。

 再びルールエの危機が訪れ、同時に僕という最高の馬車がやってきた。クィーラを望む場所まで送り出せる、最高の馬車が。

 僕の同行はあくまで建前で、子爵の目的はクィーラの望みを叶えてあげることだ。もっと強くあらねばならないという彼女の強い意志を、僕も子爵もこの数日で感じ取っていた。

「入国後は共に魔法を学ぶもよし、直ぐに北へ向かってもよい」

 子爵はひと呼吸の間を置いた。

「このような形でしか貴殿の助けになれず申し訳ないが、目的は果たせそうですかな」

 僕をしっかりと見る。力強い眼差し。

 自由意志を重んじる人間と噂に聞いていたが、この人にもやらなければならないことがあるらしい。

 利害は一致している。思ってもみない提案に、断る理由はない、が。

「お、お父様!? 私はまだ何も―――!」

 一人を置いてきぼりにしている。この話はクィーラの意志一つで左右されるのだ。

 子爵は椅子に深く座り、語気を弱めた。

「彼も一人で旅をするより幾分気楽なはずだ。恩を返すためだと思い、同行しなさい」

 彼女の耳がなんとなく赤い。

 視線を彷徨わせる彼女は、戸惑いを見せていた。

「それは、いいのですが―――」

 クィーラたじろぐ様子を見かねて、子爵の目線がこちらに向く。あとひと押しだ、と言いたげである。

 咳払いをした僕は告げた。

「僕も、クィーラと一緒に旅ができると助かりますねー」

 少しわざとらしかったかもしれない。

 横にいるクィーラはその言葉を聞いて、僕に詰め寄った。

「い、いいんですね?! わわ、私と旅に出ても!」

 熱意が凄くて僕は身を引く。

 興奮したような彼女の表情は、盃から水が溢れるように喜びで満ちていた。

「クィーラ、顔が近い……です」

 僕は肘掛けに背を預けながら迫真に言う。

「す、すみません。……その、冒険が、いや、旅が憧れだったもので……!」

 我を取り戻した彼女が、慌てて椅子に座り直し左手で前髪を耳にかけた。柔らかで細い髪の毛が艶めく。

「その衣服も持っていって構いません。クィーラが是非、貴方に着てもらいたいと選んだものですから」

 ウルトがそう言うと、クィーラは声を荒げた。

「言わないと約束しましたのに……!」

 子爵は満足気に頷き、後ろの使用人からも笑みがこぼれた。なんだか不思議な気持ちになる。

 目を伏せてしまった僕の主人。

 僕の知らないところで、別の思惑があったのかもしれない。子爵に一杯食わされたのかな。

 それでも、なにはともあれ次の目的地への目処が立った。これで旅は進みそうだ。僕はとても安心した。

 窓から覗く広大な麦の穂が緑色にひかり、風に吹かれて波打つように揺れる。


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