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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第45節 ふざけんな


 大きく深呼吸した。ここに干し草の香りはない。かつてあった教会の温もりは遠く、懐かしい顔とも、もう会うことはないかもしれない。

 あの時から、僕は自分の力を誇示することはやめた。この力はカーリアのような強い心の持ち主にこそ宿るべきだった。だからこそ、僕は前を向くことしか考えない。力の由縁なんてどうだっていい。盲目的に自分を信じている間だけ、御言葉が僕を勇者に変えてくれる。

「……どうか僕を支えて……加護天使(ミカエル)

 光の波動が暗闇を照らし出した。

 真っ白な雪の降る埠頭国を、暖かな光で迎え入れる。

 陽だまりのような儚い揺らぎが、羽をつけて僕の周りを飛び回った。

 誰にも侵されることのない、聖色の灯火。

 荒れ狂う吹雪でさえ、心地よい春風に変わる。

「先生の仇ッ! 黙従し死に曝せッ!!」

 猛るヘルメルの手甲から雷が放たれた。音の速さを凌駕する圧倒的な破壊魔法。

 教会の鐘の音を思い出す。隣にいたカーリアは、どこか遠いところへ行ってしまった。

 避けることさえ不可能な彼の攻撃は、呆気なく僕の横を素通りしていく。

 煌々と光った瞳に映る、ヘルメルの顔。舌打ちしながら再度魔力を操り、砂鉄の嵐を作り出す。周りを巻き込み、飲み込んだものを(ことごと)くすり潰していく暴風。

 炸裂する轟音。建物が一瞬で崩れ去った。砂鉄の竜巻が通り過ぎた後に残るのは、粉に変わった瓦礫と、無傷の僕だけ。

「……何だそれはッ! 貴様、この期に及んで小細工など――」

「師が師なら、弟子も弟子だな。モーガンスも同じ言葉を吐いて死んだぞ」

 僕の言葉に遮られたヘルメルは絶句する。

 優しく抱き起こしたカグヤの体は、びっくりするほど冷たくなっていた。

 魔法を唱える。光の中に彼女の体は消えていく。透明にしてしまえば、魔力のない体はもう僕でさえ探すことはできない。

「いっ……!」

 肩の傷口が開く。血が溢れ出た。

 あぁ……僕も結構、まずいな。

 電流の流れた体は魔力を注ぎ込んで回復する暇もないほど、所々が欠損していた。

 痛い、すごく痛い。

 だけど僕は、こいつに恨みがある。

「まだ先生を……愚弄するか……」

 怒りを溢れさせるヘルメルに、それを凌駕するいら立ちをぶつける。

「僕を殺したかったんだろヘルメル! 仇はここだ!! さっさとかかってこい!」

 沸騰した頭で向かって来る、電撃を纏った彼の拳。すさまじい速度。一瞬にして顔面までたどり着く。

 僕は姿勢を低くして彼の腕を掴み、その勢いを利用して背中から体を投げ飛ばした。

 電流が体内に奔る。

 加護天使(ミカエル)の効果が切れかかっていた。

 無理もない。発動できただけでも、儲けものなんだ。歯を食いしばり魔力をためる。

「モーガンスは……僕の大事なものを奪った」

 痙攣する片手を突き出し、光を放つ。

 浮き上がるヘルメルの体を刺し貫いた。

 そのまま地面を転がった彼は、膝をついて血の吹き出た脇腹を抑える。

「雑魚がぁ……!」

 金属の鋭い悲鳴。死角から飛ばされた手甲をぶつけられ、僕は激しく横転した。臓器が揺れて、胃液がせり上がる。漂う光の妖精が点滅していた。

 それでも声を上げる。

「かけがえのない……大事なものだったんだぞ!」

 両手で放った光、ぼやけた視界で照準が合わない。

 突き抜けた魔法はヘルメルの耳をそぎ落とした。

「貴様のような大罪人の些事などッ!」

 覆い隠すように舞う砂鉄。光の妖精がすべてをかいくぐる。

 体重を前のめりにして走り出すと、血だらけのヘルメルが見えた。怒りで涙が出る。頭の奥が、じんじんと痛んだ。

「お前らは……自分が忘れられるってことを知らないから!! そんな平気な顔をしていられるんだッ!!」

 叫ぶと同時に殴りつけた左の頬。帯電していた電撃が身を焦がす。

 そして次の瞬間、額が割れる音。僕は強烈な頭突きを食らい、後ろに倒れ込んだ。

 鋭いまなざしが僕を映す。

「……先生が目指すものは貴様の私利私欲なんかよりよっぽど壮大だった……俗物が、俺に説教垂れるんじゃないッ!」

 馬乗りになったヘルメルが、砂鉄で覆った拳を僕に叩きつける。防いだ僕の片腕が、細い枝のようにぽきりと折れた。

「ッ!! お前らの計画なんて知るかっ! もう帰ってこないんだぞ! 一緒に過ごした思い出も、優しい笑顔も、僕を呼ぶ声も!!」

 ありったけの魔法を放つ。右手を吹き飛ばされたヘルメルが、その衝撃で後ろに弾かれる。頭に回った電流が瞼をひくつかせ、上手く目が開かない。体を起こせず息を荒げた僕。冷たい風に曝され頬が(かじか)んだように痛い。

「黙れッ! 目先の自己都合しか考えられない貴様らのような罪人が、栄光ある理想を徒に遠のかせていく! 何故それが分からん!」

「身勝手な理想を押し付けるな……お前たちだって、何でも持ってるじゃないか……だったら、正しく人を導けよ……! 人を傷付けることでしか正義を執行できないなら、そんな力捨ててしまえ!」

 再び、地面から吹きあがる砂鉄の群れに体を締め上げられる。

「先生は私を導いてくれた……過酷な北地で多くを失ってなお、それでも逃げ出したりはしなかった。犠牲を孕まない理想など、ありはしないッ! 貴様こそ、御言葉という妄想に取りつかれて犠牲を強いているではないか!」

 喉の奥から出た乾いた声。鉄の味が奥歯の裏側から滲む。

「だったら……なんで、なんで……みんなを巻き込むんだよ……」

 モーガンスによってたくさんの人が亡くなった。ルリの大切な人だってそうだ。動く影もその犠牲者かもしれない。犠牲が欲しければ、僕を殺せばいいじゃないか……僕を守るためにみんなが傷付いていく。そんなのもう、耐えられないんだ。

「これが僕が背負っていかなきゃならない使命なのかよっ! ふざけんなっ!」

 体から溢れんばかりの光が出た。体内にあった電撃とともに砂鉄もろとも吹き飛ばす。吹雪の中、身を落とした僕は、顔を上げてヘルメルを睨みつけた。

 だが、伸ばしていたはずの腕は、だらりと地面に触れる。もう、一発分の魔力さえ残っていない。

 しんしんと積もった雪を踏み固める足音が取り囲む。

「ヘルメル団長!」

 ああくそ。ペンタギアノだ。対抗するだけの力なんかない。最後の最後で、僕の負けだ。こんなのだから、情けないと言うんだ。

 いっちょ前に任せろなんて言ったけど、僕一人で成せたことなんて一つもありはしなかった。いつだって、誰かが肩代わりをして不幸になっていく。こんなの、僕の全うしたかった使命なんかじゃない。何のために、旅を始めたんだ。

 いやそうじゃないだろ……前を向けと言われたんだ。下を向くなと言われたんだ。カグヤなら、這ってでも進んでいく。カーリアなら、怖くても立ち向かう。クィーラなら、足を止めたりはしない。

 熱さえ持たなくなった僕の血液が震える。こじ開けた瞼に雪が積もっていた。上かも下かも分からない僕は、残された魔法を使う。最後まで、足掻いてみせる。

「まって」

 唐突に声が聞こえた。耳元で優しく囁かれたのは、カグヤの声だ。

「もう大丈夫。戦わなくても、大丈夫」

 ヘルメルの部隊が僕を発見し魔法を詠唱し始める。欺きの森で襲ってきた奴らと同じ軍服だった。

 ぼんやりとした空気に浸されるのも束の間、体を吹き飛ばすほどの突風が忽然と吹き荒れた。体中が悲鳴を上げたが、透明化の解けたカグヤが僕の体を支える。

「よく頑張ったわ。あとは、"彼女"がなんとかしてくれる」

 気が付くと、僕らの前に誰かがいた。

 金属の脚の隙間から蒸気を吹き出す。形を変えていく黒い鎧。生身が見えないほどに覆われた装甲は熱を持ち、離れていてもほのかに温かさが伝わってきた。僕らに背を向けて立つその姿は、黒い騎士のようにも見える。

「お待たせしました。デロデロが雷宝玉のせいで位置情報取得に手間取っていましたので……」

 女の声を発する騎士……なのか分からないその人は、丁寧な話し方で僕らに告げた。

「新手だ! いったいどこから来た!?」

 ヘルメルの部下たちが戸惑いを見せる中、

「……承知しました。部隊の無力化、直ちに実行します」

 独り言を呟いた彼女は、体の装甲を変形させ、鋼の翼を広げた。


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