第43節 混交した輝き
カグヤは砂鉄の渦から逃げ出すと、とてつもない速さでカノンに近付いた。
ヘルメルがデロデロに注意を向けた一瞬の隙をつく。
まさか解かれると思っていなかったヘルメルは、すぐにカノンを殺しにかかる。だが、カグヤの方が速い。銀色の剣が砂鉄を打ち払って、カノンを救い出す。
「ルリ!」
叫ぶと同時にカグヤはカノンの体を空中に投げ飛ばす。その背中に、淡い光を帯びた妖精の羽が張り付いた。
「逃がすと思うかッ!!」
ヘルメルの声とともに砂鉄が巻き上がった。一方向に流れを生み、回転を始める。巨大な黒い渦が雪を舞い散らせ、カノンに迫る。
思い通りにさせてたまるものか。
光が体に満ちる。ズタズタの体を引きずると、口内に血の味がした。だけど、ここで止まるわけにはいかない。ここまで僕を連れてきてくれた人たちに報いるためにも、ここでこいつを倒す。
光の魔法で砂鉄を蹴散らして一直線に駆け出す。すると背後から砂鉄の群れが舞い上がった。
しかし、彼の魔法ではこの速さについてこれない。
光を込めた拳で彼の臓腑に突きを放った。沈む拳、衝撃に怯むヘルメル。
手応えは、半々だった。鋼の板でも服の下に仕込んであったのか、威力は吸収されてしまう。
でも、かなり痛いだろう?
吹き飛んだヘルメルの体。僕はそれを見ずに声を荒げた。
「みんな魔神のところに行くんだ! ここは僕に任せて!」
ルリが僕の体の負荷に目を細めた。だが、それでも行くしかない。
目を合わせた一瞬の内に、カノンと一緒に彼女は空を跳んだ。一つ遅れてトキウラが走り去る。
「洒落たこと、言うわね」
粉になった瓦礫の上、カグヤが僕の隣に立つ。ぷっ、と口から血を吐き出した彼女は、笑いながら言った。
「ペンタギアノだか何だか知らないけど、私たちの計画の歯車を狂わせた罪、重いわよ!」
電撃が暴れ狂う。その照り返しを受けた彼女の顔。ヘルメルの属性は雷。それと呼応するように、物体の磁場を操るスキルを持っている。それで砂鉄やトキウラの刀を動かしたのだ。
光の中からヘルメルが現れる。ここまで追いかけてくるなんて、余程の恨みがあるのだろう。そろそろ逃げるのも飽きてきたところだ。いい加減、白黒つけなけばならない。なあに、恨みがあるのは、何もそっちだけじゃない。こっちだって、言いたいことはたくさんある。
「カノン、しばらくは動くな。妖精の羽は傷を癒やして攻撃を避けてくれる」
ルリは告げた。
「ありがとう……ねぇルリ、ごめんなさい。私たち、あなたたちを騙すようなことばかり……」
乾ききった唇でカノンは言う。
「……そんなこと、どうだっていい。二人にはやらなければならないことがあったのだろう? 隠し事の一つや二つ、人間なら誰にでもある」
ルリは淡々と語った。それがさも、当然であるかのように。
「……それは、ルリにも隠し事があるから……?」
カノンの言葉に、ルリは冷たい態度で答える。
「さあ、どうだろうな」
「もう……私とはくだらない会話、してくれないの?」
「カノンは、からかい甲斐がないからな」
真面目な顔をしたルリは目線を前に向けたままだった。
下からトキウラの声がする。
「おーい! 拙者たちはどこへ向かってるんだ? 鬼はどこへ逃げた?」
丘の上に建つ立派な館は、積る雪の屋根を被っている。
「鬼の目的は私たちではなかった。海で鬼と遭遇しなかったのはそのせいだ。雷の魔神は自分の魔力を放電し続けてしまう。だから雷雲の中に身を隠し、魔力の消耗を防いでいた。しかし気付いたんだ。埠頭国にある魔導具、雷宝玉の存在に」
電気の普及で街には明るさも活気も増したのだろう。その勢いを察知した魔神は、惹かれるようにしてこの場所に向かってきた。無限に電気を生み出す魔導具が鬼の手に渡れば、もう誰も魔神を止めることができなくなってしまう。
微弱になった鬼の魔力を辿るよりも、国主の館に向かった方が早い。そう判断したルリたちは、真っ直ぐに館へと向かった。電線の切れた大部分の街からは電気が消え、雷宝玉を備えた館だけが薄暗く明かりを灯していた。
館の正面、扉を開け館内を見渡す。
……遅かった。
兵士たちの無惨な亡骸が横たわっていた。
魔力の残滓が残った廊下の先、点滅する照明。天井に魔法で穴を開けたルリは、急いで雷宝玉のあった部屋に向かう。
割れた窓から雪が入り込み、床が濡れている。破壊された壁や扉の破片に、黒い塊が見えた。デロデロの残骸だ。
国主はいくつこれを持っていたのだろう。警戒しながら進み、部屋のすぐ傍まで来た。
「ルリ、いるよ」
羽の放つ光に照らされたカノンの顔は、さっきよりも随分血色を取り戻している。
頷いて、杖を構えつつ中へ入った。散乱する機械の破片、戦った痕跡が随所に見られる。
部屋の奥でもぞもぞと動く影、その暗い瞳がルリをしかと見つめた。
「逃げてくだされ……」
血を流した大臣が床に伏せた状態で告げる。それが誰に告げられたものなのかも分からないまま、彼は意識を失う。
足元から伝わる不穏なざわめき。静電気で髪の毛が不愉快に動く。
がた、と部屋の奥で物音がした。
完全に電力を失ったように室内に、ぬらりと動く影。内包された魔力はさっきまでの比ではない。体を小さく丸めた鬼が、新たな力の輝きに恍惚の表情を見せた。
胸に宿る雷宝玉。国主を貫いた腕を引き抜き、鋭い角をこちらに向ける。
戦慄と雷の瞳孔。迸る火花が、雷鳴とともに襲い来た。