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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第39節 雪月影


「腹に穴を開けたぞ!」

 吹雪と雷の隙間に声を上げたトキウラは、興奮気味に勝どきを上げる。

 笛に口をつけたままのカノンは、それに反応を返さないまま魔力を注ぎ続けた。

「こんな見事な戦いぶりは初めてである! やはり大陸に渡ってきて正解だったのう」

 一人で満足そうに頷いたトキウラ。だが、次の瞬間、彼の頭に一筋の閃きが走り抜けた。すべてを絶つ力とは別の、もう一つの力。

「……来るぜ」

 告げた瞬間、颯爽とカノンを抱え上げた彼は、別の家の屋根に飛び移った。

 すると先ほどまで二人がいた場所に、太い稲光が叩きつけられる。地面を削り取った一撃は、天高い黒い雲の間から降ってきた。すぐに暗くなった二人の足元、トキウラはカノンを下ろすと口を開いた。

「拙者に任せておけば雷に打たれることはない。カノン殿、安心せられい。それにしても女にしては重い、背が高いからか?」

 笛を口にしたカノンの表情がぴくりと動く。

「二人の連携、見事なり。攻め手を緩めることなく交互に守りの魔法を使い、雷の一撃を捌き切る。なにより、それを可能にさせるカノン殿の魔法の技術も卓越しておるのう」

 暗い雲から降り注ぐ雪の結晶を見上げながら、トキウラは呟いた。

「魔道士殿。計画は順調そうだ」

 剣を握りしめ、走り出した彼女は長い髪の毛を揺らめかせて鋭い切っ先を鬼に向ける。

 体の半分を消失させた魔神は雷を自分の中に呼び寄せ始めた。魔力で構成する体を保つためには、別のエネルギーが必要となる。孰湖が水を欲したように、鬼の生命力は雷そのものだ。肉体の生成に注意が削がれている間に、カグヤが致命傷を叩き込む。

蛇の太刀(ジャン・ダラス)!」

 太古の時代に生息した蛇の魔物が、月を丸呑みしたという伝承が残っていた。月食が月の死を意味することから、蛇は不死の存在であり、無限を象徴する生物だ。その意に相応しい無数の斬撃が、鬼の芯を捉える。バゴッと折れ曲がった体が細かい悲鳴を上げて崩れ落ちた。魔神に核は存在しない。欺きの森で戦ったゲルハゴスにはそれがなかった。魔神の魔力が底を尽きるまで、体を破壊し尽くすのみ。

「やあああああああっ!」

 カグヤの体が身を翻し二撃目、三撃目の裂創を与えていく。体に通電するはずの電撃はカノンの結界によって完全に遮断されていた。

 最強の矛と盾を持ったカグヤの攻撃に、鬼はたじろぐことしかできない。

 天からの雷は一層激しさを増していく。カノンの体を抱えたトキウラは、不思議な感覚を使って無差別な攻撃を躱す。

 笛から口を離したカノンは叫んだ。

「これ、どうやって避けてるんですか!」

 カノンの問いかけにトキウラは視線を巡らせた。

「感だ! いつの間にか身に付いてたんだ! 喋ると舌を噛んでしまうぞ!」

 カノンの補助を受けつつ、魔道士とカグヤで安全に鬼を叩く。カノンの護衛にはトキウラにつけていた。万全の計画、万全の配置だ。予定外のことさえ起きなければ、このまま押し切れる。

 しかし、魔神の力がそんな単純なものだとは誰も思っていない。

「これはまずい! 避けきれない攻撃が来る!」

 トキウラの鋭敏な感覚が攻撃の規模を察知した。

 鬼の体から迸る光の渦。今まで無差別に続けていた稲妻の力を手繰り寄せ、邪魔するものをみな焼き尽くす魔法を体から拡散する。

 カノンはカグヤから結界を解き、トキウラと自分の周りに再展開する。

 その瞬間、埠頭国ハーフェンはかつてないほどの光りに包まれた。

 静けさが海を凪ぐ。

 止まった時の中に取り残されたような感覚に陥いった直後、雷鳴が全身を震えがらせた。

 カグヤと一緒に、鬼からなるべく遠くへ離れたが、空中に炸裂する電撃からは逃れられなかった。

「ぐぅッ!!」

「ああッ!!」

 僕らの体はすぐに電流の波に打ち付けられ、熱が内側を這いまわった。神経の一本一本が火を散らし、引き千切られるような痛みにもがく。内臓が焼かれていく。

 だがこれもまだ、予想の範疇だった。

 痛みは一瞬で消える。冷たさが体を覆い隠した。

 薄目に開けた空の上、青い羽の妖精を見つける。

「雷撃は妖精の羽(ペイルウィング)に学習させてある。必中効果でもなければ、電気を分解して相殺できるな」

 ルリは光の中の魔神を見つめた。いつの間に兜なんて作り出したのか、彼女は目元に薄いレンズのはまった頭用の装備を被っていた。光に目を焼かれない工夫だろうか。見据える先に巨大化した魔神の姿。

 黒い四肢は伸び切り、骨のような脚をお腹から剥き出しにしている。前足から後ろ足までの計八本の脚を揃えて自重を支え姿形を変えた鬼。頭から飛び出した二つの角は太く丸まり、まるでヤギのようにも見える。

 羽から振り落とされた氷の結晶が降る雪と混じり合う。ルリは歪な結晶杖を掲げ、呪文を唱えた。

「仰ぎ見た……雪夜の月よと伸ばした手……積もる温もり……海の君……」

 儚い雪を思わせる佳麗な魔力。埠頭国のすべてを満たしてしまうのではないかと思うほどの、途轍もない魔力。

 ルリの杖を中心に、黄金の雪が集まっていく。照り返す光は淡く、力強く、美しい。並び立つものさえ許さないほどの神々しい満月のような輝き。暗雲に汚されてなお、白い吐息を地上に吹きかける、孤独な夜の星。

「さっきはよくもやってくれたな。日の光に代わって仕置きだ。宵に煌めけ……雪月影(ゆきのつきかげ)……!」

 杖を向けたルリは、真球に近い魔力の月を鬼へと飛ばした。

 雷撃が鬼の体から放たれ、月に襲いかかる。穿つはずの雷は、触れた瞬間雪の結晶へと姿を変えた。光の残像が結晶となり、暗闇に彩りを与える。電撃の数が増せば増すほど、月から降り注ぐ結晶の輝きが夜を包みこんでいく。

 肩まで伸ばした水色の髪の毛。人差し指をくるくると回す妖精の姿が浮かび上がる。

 唸った鬼。だが、八本の足はすでに凍りつき、地面に縫い付けられていた。鬼がそれに気が付いた時、雪月影(ゆきのつきかげ)が激突する。

 逆さまに伸びた氷柱が空高く聳える。巨大な氷塊が街を飲み込み、鬼を隔絶された結晶の中へと閉じ込めた。


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