第33節 尖兵たちの計画
時は少しだけ遡る。
こんこん、と窓を叩く音がした。
メアムが蝶番のついた窓を開けると、凍えるような空気が強い風と一緒に入ってきた。
「わっ!」
そして風に乗った一通の手紙が、部屋の中に押し込まれる。床を滑った手紙は勢いよく反対側の壁まで滑っていき、趣のあるブーツにその端を踏みつけられた。
「……教団からだな」
バドが苦々しい口調で告げると、窓の外に視線を向けた。首輪をつけた伝書鳩が遠くに飛び去るのが見える。
窓を閉めて肩をさするメアムは、椅子に腰を下ろして言う。
「定時連絡には早いですわよ、まったく」
「まぁそう言うな。教団の方に何か動きがあったのかもしれない」
拾い上げた手紙の封を切り、バドは便箋を広げる。中身を読むと、顔を歪ませ舌打ちをした。
「大丈夫ですの?」
メアムは尋ねる。
「なんてことはない。エルフの耳に顔を殴られるなんて、貴重な体験じゃないか」
腫らした顔に治療痕。バドは微笑する。
「マゾ男」
「変な言葉を使うな。そんな趣味はない」
吐き出した息もそのままに、メアムは言う。
「……でも驚きましたわ。あれほど拒絶されるなんて」
「今まで俺たちがやってきたことを回顧すれば、当然のことだ」
「因果ホウオウってやつですわね」
「それを言うならオウホウだ。もう取りなしてもらうことはできそうにないな……あとは教団がどう動くかだったんだが……」
バドが言葉を切って手に持った手紙を見つめる。軽くメアムに奪い取られ、視線を彼女に向けた。
朗らかにメアムはくるりと回り、
「流石にこれ以上の無茶は言ってこないはずですわ」
そう言った。しかし、手紙に視線を落とした彼女は肩を上げる。
「……ええ?! ペンタギアノも動き出しているんですの?」
「手広くやり過ぎた結果だな。これこそ因果応報だ」
「これ、どうするんですの。私たち、もう御言葉の力は借りられないんですわよ」
「……どうするって、決まってる……両方だ」
言い放ったバドにメアムは言葉を失う。
「ペンタギアノは御言葉たちを相当恨んでるって話だ。そこをうまいこと利用するしかない」
黒い肌を覆い隠すように、丈の長い衣服を身に纏うバド。そして押し黙るメアムに告げる。
「最初のプランが潰れただけだ。次のプランは考えてある」
鍵付きの箱を丁寧に開けると、その中から魔力がこぼれ出る。淡い光に照らされたバドの瞳が、その中身を見つめていた。
「鬼は俺がどうにかする。その間にメアム、ペンタギアノは任せたぞ」
肩を竦めて手紙を放り投げた彼女は、恨めしげにバドを睨んだ。
「逆ですわよ……」
箱から持ち上げた小さなランタンから視線を外すバド。
「なんだ、エルフに殴られたいのか? マゾはそっちじゃないか」
「ち、違いますわ! 私が抑えている間に、あなたが鬼を誘い出すんですの!」
バドは言葉の行き違いを理解して笑った。ペンタギアノとは予想外だった。確かに、早くこちらを終わらせてしまわないと、大変なのはメアムの方だ。
「それ、取り出して大丈夫なんですの? 魔力探知に引っかかりでもしたら……」
「俺のスキルはものでも大丈夫だ。魔法使いが俺を見つけることはできない。あいつらはあいつらの道理で生きてるからな。それを利用させてもらう」
ランタンを箱に戻したバドは鍵をかけ直すと、続けざまに言った。
「そんなことよりメアム。”黒翼”が現れたって噂、聞いたか?」
「なんですの、それ?」
「なんだ知らないのか。船乗りが話していた。空を飛ぶ恐ろしく素早い鳥がいるそうだ。黒い姿をした、鳥よりも大きな翼らしい」
「魔物ですの?」
外套に袖を通しながらメアムは尋ねる。
バドは首を振って答えた。
「さあな。だが、黒翼が降り立った場所に妙な足跡が残ってるらしい」
自分の足を見つめたメアム。
「妙な足跡?」
鼻を鳴らすバドは、奇怪な噂話に顔をしかめる。
「二足でも四足でもない。太い車輪を引いて回ったような跡だそうだ。しかも、馬車みたいな四輪じゃなくて一輪。それが何本もその辺をうろついてる。まるで何かを調査しているみたいにな」
「……それが私たちと何か関係ありますの?」
不安げな眼差しを送るメアムに、バドは揺らがない視線を合わせる。
「”失敗した例の件”、分かるだろ? あの山村にその跡が残っていたらしい。そいつ……黒翼は……魔神を調査している可能性がある」
カグヤたちの船が出航する、少し前のことだった。




