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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第31節 散乱する手がかり


「船長! 対岸が見えてきました!」

 見張り台に乗った船員が大声を張り上げた。

「でかした! てめぇら良かったな、海での戦闘はなさそうだわい」

 バイオルが意気揚々と叫び声で返事をする。彼の操船のおかげだろうか、この航海で魔物と遭遇することはなかった。雷雲を避けて通ったことも功を奏し、大荒れの海を渡ることもなかった。伝説の航海士というのは何年たっても健在のようだ。

 バタバタと船員たちが行き交う。彼らの多くは、アコマー湾で取引する貿易船を扱う者たちだそうだ。国が選んだ者、バイオルが声をかけた者、それ以外にも多数の腕利きが集まった。伝説とまで呼ばれたバイオルと同じ船に乗れるなんて夢のようだと、どこかの誰かが誉れ高そうに呟いていた。彼の威風堂々と舵を切る姿は確かにかっこよかった。海の上に出るのは僕も初めてだったが、心躍る気持ちを抑えるのは難しい。昔ジジが船に乗った時の感動を語ったことがあったが、あの時の興奮と感動は、実際の体験の足元に及ばないことがよく分かった。

 木箱を運ぶ大柄な男性が通り過ぎる。気温がぐっと下がった船の上は、手先が悴むほどに寒さが厳しい。頭から布を巻き付けたその男は、袖のない貫頭衣を着た他の船乗りから声をかけられた。

「お前暑くないのか? 動き回ってりゃ体も暖まってくるだろ」

 首を振っただけの大柄な男。言葉を発さず、彼はさっさと自分の持ち場に戻っていった。

「変な奴だな、いてて」

 大きな荷物を下ろして腰をさする薄着の船乗り。

「手伝いますよ」

 僕は光の魔法で強化した体を使い、軽々と荷物を持ち上げる。そのまま目的地まで運んであげると、彼は感嘆の声を出した。

 浮足立つ船員の中で、僕はルリの視線が気になった。さきほどの大きな男を、じっと彼女は見つめている。

「船酔いでも起こしたのかもしれないな」

 頭を振るうルリ。

「大丈夫?」

 僕は彼女を見上げた。それに彼女はただ笑って答える。

「ああ、大したことはない……魔法で船酔いを治すのは難しいな」

 魔力を操作してみるが、どう式を組んだらいいのか分からない。傷口と違って、船酔いは治癒力を高めたところで改善することはなかった。毒でもなければ本人の体内を魔力でどうこうすることはできない。

「これで……どう?」

 カノンがルリに魔法をかけると、ふわりと水色の髪が(なび)いた。

「あ……あぁ……助かる」

 ルリの曖昧な返事を聞いて、チクリと胸が痛んだ。

 カノンは優しく笑うだけ。どんな表情をすればいいか分からなくて、僕は下を向く。カノンは、自分の姉が魔神となったことを知っているのだろうか。自分たちの続けている旅の終点が、姉を殺すことだと理解しているのだろうか。何もしなければ姉を失うことはない。ずっとずっと、幸せでいられる。僕は知ってしまった。カノンにとっての"優しい世界"が、広がっているはずなんだ。

「随分(ぬる)い船旅になったわい。御言葉、場所はもう分かったのか?」

 バイオルが葉巻を加えたまま僕らの方には歩み寄ってきた。久々の航海だからか、最初に会った時よりも機嫌が良さそうだ。

「それが……」

 カノンは表情を曇らせる。言いにくそうに言葉をつまらせると、溜め息を吐き出した。

「なんだ、最初の意気込みはどこへいったんだ」

 バイオルが苛立たしげに言う。ここまで来て鬼の場所が分かりませんというのも、彼らにとっては肩透かしもいいところだ。

 カノンの魔力探知は異常をきたしていた。魔力による探知が上手く働かず、いつものように魔神を特定することができなくなっていた。今思えば、川辺の街に巣食うゴブリン討伐の依頼を受けた時から、魔力探知があまり働いていないことになる。魔導具がそれを邪魔していると言ったカグヤの仮定が、鬼まで波及してくるなんてあの時の僕は想像もしてなかった。誰がどんな目的でそんなことをしているのか……。

 その時、変な違和感が薄い膜を突き破った。僕の頭にわずかな疑念を生む。絡み合っていた糸が、偶然解けていくような感覚だ。そうだ、魔導具のことが明らかになったのはあの運河の街が最初だった。だけど僕はずっと前から、魔導具のことを追いかけていたじゃないか。目まぐるしい日々の中で、そのことが記憶の片隅まで追いやられてしまっていた。

 ルールエで古代魔法の魔導書を売っていた露天商が、何故魔法使いを攫っていたのか。魔法使いの利用方法は数え上げてもそう多くない。奴隷として扱おうにも常に禁呪で力を押さえつける必要がある。本人を攫ってくるよりも、人質を使って利用した方が遥かに楽だ。捕まえておくコストが高い以上、攫った何者かは、魔法使いが持つ魔力やスキルそれ自体に可能性を見出していると言っていいだろう。

「ルリ、チェインさんから何か連絡はきてる?」

 僕の問いかけに、彼女は不思議そうに首を捻った。

 魔法使いの使い道にはもう一つ心当たりがあった。それが、魔導具だ。魔道具は誰にでも作り出せる代物じゃない。魔法を使えない者を魔法使いに変えられる革命的な道具だ。ハーフェンがたった一つの魔導具で技術革新を行っているのが、そのいい証拠。魔道具が原因となり争いが起こった事例も少なくない。そんな魔道具は通常工房という場所で造られるのだが、それも国に一つあればすごいことだ。工房を持つ国は大抵が大きな国の指針とされる。

 しかしこれを必要としない魔導具の作り方があった。それは、生命と引き換えに新たな魔道具を作り出す禁忌の方法だ。発明されたのはずいぶん前。人の所業とは思えない製造方法に、当時の魔術師界は大いに荒れただろう。モーガンスが魔法使いに熱心だったことを隠れ蓑に、何者かが違法な魔導具製造していたとしてもおかしくないじゃないかチェインのところへ赴いたのは、それが目的だった。彼の話によると、表向きは他国の貴族を装った不審な来国者が、出所不明な魔道具の取引を行っているらしい。それがロベリア教団だとすれば、全ての線が繋がっていく。

 「……!」

 甲板にいた三人にはすぐに分かった。カノンが顔を上げる。魔神の魔力が、彼女の笛がなくてもわかるほどに近接していた。

「いるな……」

 ルリもその気配を察知し、氷の杖を召喚する。

 船の前方、海岸沿いの陸地に人影が見えた。ギルドの報告では、人の姿であるという目撃証言も上がっていたと思う。

 遠くにいても分かる圧倒的な存在感、重厚な魔力。魔神もまた、こちらをじっと見据えていた。

「どうして今になって……」

 狼狽えるカノンをよそに、ルリは叫んだ。

「そんなことは今どうでもいい……いくぞ!」

「待ってルリ!」

 僕の制止も聞かず船から飛び降りたルリは、凍りついた海を駆け出した。

 

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