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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第30節 迫る雷雨と波立つ僕


「ふむ、エルフの耳よ。その魔神とやらは今どの辺にいる」

 バイオルはコンパスと海図を確認しながらカノンに尋ねた。

 帆に向かって風の魔法を送る船員が、忙しなく甲板を行き来する。姉はしばらく戻ってきてない。竜骨の笛に魔力を流すと、笛に込められた魔法式が作動する。音の響き流れを感じながら、歪な魔力を計測した。だが……おかしい。

「すいません、場所が分からなくなってしまいました……ハーフェンにいる時は、東ということは分かっていたのですが」

 海に出てから、どうも笛の調子がおかしい。魔神だけでなく、小さな魔物の位置さえも特定できなくなっていた。

 ちらりとカノンを見たバイオルは鼻を鳴らす。

「まぁいいわい。そっちは俺の専門外だ。とにかく、東に向かえば鬼と会えるんじゃろう?」

「ええ……そのはずです」

「東へ直進すれば陸地までは早いが……風が荒れておる。おまけに一雨来そうじゃわい……悪いことは言わん、俺なら迂回路を通る」

 長年の経験則……もとい、船乗りの勘だろう。

「僕は構わないよ。ここは海の上だし、どうせ近くを魔神が通ればいくら魔力が隠されていても分かるはず」

 僕の言葉とルリが頷くのを見て、バイオルは船員に声をかけた。

 ゆっくりとマストの向きが変わる。張り合う綱がギシギシと音を立てた。外輪が水をすくい上げ、揺れる船内に飛沫を撒く。やがて船体の方向を変えた船は、暗い雲を横目に海を走り抜ける。

「カグヤは大丈夫なのか」 

 ルリはカノンに尋ねた。

「……うん、もうすぐ戻ってくると思うけど……」

 嫌な空気だ。カノンたちの隠しごとは、ルリを完全に警戒させてしまっている。元々ルリは疑心暗鬼の気が強い。僕にさえ自分の御言葉を明かさないくらいなのだから、彼女から信用を得るのがどれだけ苦労を要するか分かったものではない。下らない話しはたくさんしてきたけど、彼女か自分の内面を語ろうとすることはあまりなかった。いつも表層的で捉えどころのない言動。

 ルリに牙を剥かれたらそれこそ恐怖だと思う。彼女は自身の行動に対する規範が機能的過ぎていた。結論が出ているのならその結論まで走ればいいじゃないか、と平気で言ってしまうような人だった。感情論の差し込む余地も与えない。冷たい人間性。

 さらに悲しいことは、そんな実行主義的な性格が、彼女に残された最後の人間らしい部分をちょっとだけ傷つけているところだ。僕はルリにこれ以上損な役割をさせたくなかった。だからリーダーなんて役を引き受けたんだ。彼女が自己犠牲に走らないよう、目を配ってないと。

「私を……呼んだかしら」

 船内から出てきたカグヤ。ルリが何かを言う前に、僕は声を上げた。

「カグヤ、船酔いしてるところ悪いんだけど、話がしたいんだ」

 紫色の瞳は一瞬目線を足元に向けたが、すぐに僕へ向き直った。

 ルリに強い言葉を使わせたくない。きっと彼女はみんなが思うよりずっと優しくて、傷付きやすいんだ。魔族が苦手だとこぼした彼女の顔が浮かぶ。

 僕はカグヤに向き直ると、場所を変えるよう伝えた。具合が悪くても、魔法でいくらでも酔いは覚まさせられる。海の上に、逃げ場などない。


 揺れる室内で二人きり。部屋に入るなり彼女は告げた。

「まずは……そうね、ロベリア教団のこと、黙っててごめんなさい。魔王の復活方法も話そうとは思ってたの。だけど、魔族の中でも意見が割れていたから、滅多なことは言えなかった」 

 腕を組んで淡々と話すカグヤ。

 そこに感情の機微はない。どこかの国には嘘を見抜く魔法使いがいたそうだが、そんな魔法があれば是非教えてほしかった。

「……魔神と魔力災害のことは、バイオルから聞いたかしら」

 浅く頷いて僕は言った。

「魔神は魔力災害から生まれるって、本当なの?」

 カグヤは置かれた椅子に座り、深呼吸した。強い揺れが起き、僕は壁に手をついて姿勢を保つ。

「あなたが旅を始めた理由、前に聞いたわよね」

 細い腕を伸ばし手の甲を見つめる彼女。指先までの動きが芝居がかったように映った。

「私たちは他の人とは違う。あなたはカーリアを介してそれを学んだ……自覚したのなら、星の下に心服するだけよ……同じなの。あなたと、私」

 織りなす星霜を閉じ込めた瞳と幼い顔立ちには似合わない優艶なる表情。やはり彼女は、人間とは違う。

「……魔力災害を引き起こすのは魔王の仕業よ。だから、責任を取らないといけない。私たちが犯した罪を償うためにね」

 責任……?


「私は魔力災害から生まれた魔神なの……だから、全ての魔神を殺して、最後に私も死ぬつもりよ」


 は?


 彼女はいま、なんと言ったんだ。

「ルリとあなたには余計なことを考えさせたくなかった。あなたたちは魔王の復活を止めるため、私は自分たちの尻拭いをするため、それぞれの目的のために戦ってきた……ただそれだけよ」

 僕は額に手を当てる。

 カグヤが魔神だって、そんな荒唐無稽な話があるか。

 言葉を紡げない僕に彼女は続けた。

「ルリが私たちを御言葉だと言っていたわね。多分私の中に眠った魔王の力と関係があるのかもしれない……だとすると、魔王も御言葉だった可能性が出てくるけど」

「ま、待って、そんなこと突然言われても……!」

「魔道士、あなたは戸惑ってる場合じゃないのよ」

 紫色の彼女の髪の毛が船に揺られる。

 彼女はエルフじゃなければ生物でもない。だから魔力もないのか?

「私が自我を持ってるのは元々の体の持ち主が特殊だったからかもしれないわ……でもそのおかげで、他の魔神にはできないことができるようになった。魔道士、よく聞いて。教団は私たちの力を使って魔王を復活させようとしている。それだけは絶対に阻止すべきなの。魔王の復活は、必ず世界を狂わせる」

 返事もできないまま、僕は彼女の言葉を頭の中で繰り返していた。元々の体の持ち主。

 そんな僕に、カグヤは静かな眼差しを向けるだけ。

 彼女は今まで魔神を殺すために生きてきた。そしてそれは、同時に自分を殺すためでもあった。僕の中にあるもう一つの心臓が、絶え間なく動き続けているようだった。

 とても不快な二重の鼓動。


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