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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第25節 消された過去と未来


「やっぱり、ノラウム、いると、助かる、わ」

 紅茶の入ったカップを持ち上げると、満足そうに頷くアーレイスの顔が目に入った。不死の呪いでもかけられているのか、見た目には感じられない年季の入った風格。やっぱり、いつから生きているのか聞くべきなのかもしれない。

「大したことじゃない。それより、霊峰に魔神がいたっていうのは本当か?」

 アルディア山脈の真ん中に腰を落ち着けたアーレイス艦隊は、ノラウムの作り上げた突貫工事の砦で休息をとっていた。アーレイスたちが祖龍教国の艦隊との小競り合いをしている間に、ノラウムの第四師団は中継地点の築城に着工していた。

 ペンタギアノの中で戦闘面で最も劣るといえば、第四師団になるだろう。ノラウム率いる師団は、攻撃性という側面を持ち合わせていなかった。攻撃に秀でる者もいれば防御に秀でる者もいる、そういった実力主義者たちを集めている他の師団と違い、第四師団はそこを重要視していなかった。彼が愛してやまないのは、穏便であり平和なのだ。

「あれは、古い、言い、伝え」

 彼女の言う古い言い伝えがいつのことなのか知れたものではない。長い長い話になると予想していたノラウムは身構えたが、彼女は持っていた資料をぽんと彼に渡すだけだった。

「長い、はなし、つかれ、るわ」

 睫毛を麗し気に瞬きさせ、彼女は浮遊する椅子の上で姿勢を楽にさせる。長時間、超高度の移動は彼女も堪えるものがあるのかもしれない。ゆっくりと地に足を付けることのできない彼女の姿を、ノラウムは労うように見つめ、視線を資料に戻す。

「ヘルメルが調査隊を出していた辺りか」

 御言葉を名乗るモーガンス殺しが消息を絶った欺きの森。そこには神獣の言い伝えがあった。うら若き乙女の体に獣の足、翼を持つ精霊。美しい湖に住み、人々に幸運と希望を与えたとされている。これならノラウムでも知っている。森で迷った人が湖を探すのは、そういった由縁があったりする。精霊の名を騙った孰湖という魔物が魔神の正体だったと報告書には記載されている。神獣が魔神だったとは。

「にわかには信じ難いな……魔神の場所についての調査は、滞っているのではなかったか?」

 ノラウムは眉間に皺を寄せながら告げる。魔王の力の片鱗である魔神たちの封印は、ペンタギアノにすら出回っていない情報だった。ロキの重鎮たちが隠し通せるようなことではない。こんなもの、アーレイスはどこから入手したのだろうか。

「探り、入れた、わけじゃ、ない。向こうが、持って、きたわ」

「向こう?」

 アーレイスはノラウムの顔をじっと見つめて言う。

「ロべ、リア」

 ノラウムは顔をさらに顰める。ロベリア教団。ぱっと頭に名前が浮かぶのに時間はそうかからなかった。名前だけは聞いたことがある。確か魔族が信仰している、魔王崇拝だ。古い時代から続く魔王絶対主義者たちが魔王国に蔓延っている。そしてその急先鋒といっていい集団が、ロベリア教団。だが、彼らが人間の領内で布教活動することはない。ジョルムにでも行かなければ、まず間違いなく迫害を受けるのは目に見えている。

 昔からそうだが、アーレイスは魔王国に対して揺るがない憎しみを抱いている。ペンタギアノの管轄はあくまで中央都市国家ロキや周辺国に対する抑止力であり、魔王軍との軍事的な交流は一切ない。いや、したくもない。それとなく理由を聞いたこともあったが、彼女がはっきりとそれに答えたことはなかった。そもそもあまり会議にも出席することがない。彼女は常に動き続け何かと戦っている、或いは、何かを探している。ペンタギアノの中では異常な魔王への執着と噂されているが、私には別の目的があるように映っていた。それは、彼女が現在最も古いペンタギアノであるということと何か関係があるのかもしれない。

「何故、ロベリア教団が魔神のことを我らに教えてくれるのだ?」

 アーレイスは呟く。

「わか、らない……だけど、魔神、の数、あと、三、体」

 魔神の撃破で魔王の復活を阻止できるとかいう眉唾な噂はあった。それをアーレイスが死に物狂いで追っているということも、ノラウムは知っている。ロベリア教団と関わり合いを持っているというのも、そういうことに繋がっているからなのだろう。私はアーレイスのことを、あまりにも知らなさすぎるのだ。

「貴方は、魔神を殺したいのか?」

 ノラウムの言葉に首を振るアーレイス。

 山脈にのしかかる割と距離の近い雲。冷気に押し流されて、薄く平べったく伸びる。

 彼女は静かに、しかし明確に述べた。

「すべての、魔神は、御言葉が、倒す。そう、言って、いたわ」

 思考回路が不調をきたしているかのような、意味不明な内容だ。魔王を信仰するロベリア教団が、御言葉による魔神の討伐を予期するなど。偽の情報でも掴まされたのではないかと心配にもなるが、アーレイスに限ってそんなことはないだろう。しかも、こんな馬鹿らしい嘘の情報もない。真意を知ろうとノラウムは、アーレイスの言葉を待った。

「騙、され、てる、のは、みこ、とば、よ」

「どういう意味だ……?」

 足りない情報と足りない言葉に翻弄され、ノラウムはただただ混乱するだけだった。偽りの情報に偽りの言葉。経歴も何もかもが黒く塗りつぶされたアーレイスの過去。彼女の存在自体が、洞窟の中に響く空虚な音のようだった。

「ロべ、リア、は、知って、いる。ほん、とうの、魔王、の、よみ、がえら、せかた」

「まて……」

 無表情の顔。澄んだ瞳。不安定な椅子と、それに乗る彼女の肢体。重量を感じさせない独特な長い髪の毛。ノラウムの喉の奥が震える。アーレイスと同じ場所に出撃を命じられたのは今回が初めてではない。しかし、教王国との戦争は初めてだ。彼女のことを何かしらでもいい、掴んでおきたかった。ヘルメルが言っていたように密偵の可能性も捨てきれない、いつ自分の背後が襲われるか、それすらも任務の一つだと思った。だが、彼女はモーガンスと同じだった。何らかの理由で、出自からありとあらゆるすべての情報が消されている。不明の女。ノラウムを救ったキューロ戦役でさえ、彼女の行動は何一つとして記録されていなかった。

「アーレイス、貴方は……何故そんなことを……何が目的なんだ」

 目を細めた彼女は、笑っているのか、悲しんでいるのか、ノラウムには分からなかった。

「私、は、ずっと、さがし、てる。あの、人の こと」

 

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