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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第23節 閉北の道1


 国境が封鎖された。その報せは、埠頭国を震撼させるには十分過ぎるほどの意味を持っていた。

 人間が住む最北の地であるジョルム地方は、戦の絶えない土地だった。人間と魔族との間に取り結ばれた協定の後でさえ、その戦火が途絶えることはなかった。貧した人々は互いの食料や住む土地を奪い合い、権力者たちは戦争の功をどう自分たちで分け合うか必死だった。農作物を育てる家人もおらず、土地は痩せ衰え作物は実らない。遊牧民は跋扈する魔物の脅威に晒され野盗と化し、次第に村も町も国も滅びていった。

 人間たちが再びその地に国を築き始めたのは、大勇者が現れてからだ。ジョルムの地は争いの絶えない一方で、傭兵団や力を持った冒険者に好まれる傾向にあった。魔王国との国境沿いは溢れかえる魔物の数が多く、仕事に困ることはない。おまけに過酷な北の環境は誰にも好まれない土地となり、脛に傷を持つ者やお尋ね者にとっては好都合だったのだ。治安の悪さは折り紙付き。悪さをすれば北地に送られる、この世の地獄は北地にある。そんな言葉遊びがアルディアで流行るほど、大陸中央部の共通認識でもあった。

 祖龍教国を目の敵にしていた巨人信仰教会が国を興したことも、彼らの気性と合っていたのかもしれない。巨人の強靭さは力による支配とよく結びついていた。

 話しは戻って、国書よりも早くギルドに通達された伝書には、ジョルムの国々への越境を禁止する旨が書かれていた。これはカグヤが二等級冒険者の特権を使って知ったわけではなく、冒険者各位に知らされる周知の事実である。ジョルムへ至るための街道は複数存在しているが、そのどれもが魔物の襲撃を理由に国が使用を認めなかった。北方諸国で何が起きているのかは想像に難くないが、ギルドは調査員を派遣し緊急の魔物討伐協力者を募り始めていた。

 現状、埠頭国にいる冒険者の中で最も位が高いのは、誰を差し置いてもカグヤたちだ。ギルドをはじめ、商会の多くは早期解決を願い彼女らの派遣を心待ちにしていた。貿易船を持つ商会であっても、冬季は港の凍結で陸からの販路を繋いでいくしか方法がなくなる。このため、多くの商会がジョルムの国境封鎖により利益の半分を失ってしまった。だが、その期待とは裏腹に、御言葉である僕らはこの埠頭国を離れられない理由があった。


「魔神とな!」

 驚嘆する声を上げたのは埠頭国のドルドン国主だ。港で貿易するすべての商会を傘下に入れた、時の王族の血筋を引く、由緒正しき王の継承者でもある。海賊によって形成された港群の後釜にすっぽりと収まった彼の先祖は、残された海運業に傾倒する才を持っていたようだ。国を経営する、と言った方が間違いは少ないかもしれない。そんなようなことをこの国主は説明してくれた。

 彼の背後にある大きな玉石に僕は目を奪われる。光り輝く水晶玉の形をした魔導具。あれが、言わずと知れた雷幻宝。無限の雷を生み出し続け、埠頭国のめざましい技術革新の一手を担っている。人を乗せた部屋を丸ごと持ち上げる力。ボタン一つでその操作を行えるのだとしたら、魔法の力に頼らず人間はありとあらゆる力を生み出すことができるようになるのではないか。平等な力は人を腐敗させる、そうルリは言っていた。

 ギルドの調査に乗り出したい僕らではあったが、カノンの感じた予兆を無視することもできない。鬼と呼ばれる魔神を放ってしまえば、その被害が拡大してしまうことは目に見えているのだ。進路を予測すれば、僕らが北上する間にこの国を通ることだって考えられる。そういえば、どうして魔神は御言葉である僕たちを補足することができたのだろうか。それも、竜骨の笛が成せる業なのか。

「鬼の噂は儂の耳にも届いておる。じゃが、ギルドは正式な依頼として出してはおらんようじゃの」

 商人としての立場と王としての立場が入り混じる国主は、すっきりとした装いで僕らの前に現れた。整えられた口ひげは屹立とした崖を思わせるように整然としていて、蝋で固めたような髪の毛はどんなに振っても形を崩すことはなさそうだ。

「はい……鬼に関しての追跡調査は行っております。しかし、いまだ、実際にはその魔物を特定することができておりません」

 昨日、僕らを案内したギルド員は、恐れ多いといった様子で言葉を口にする。国王の前で堂々と意見を述べるのはそれはそれは大層なことなのだ。大陸全土に幅を利かせているギルドであっても、国主に協力してもらう形で支部を設けている手前、あまり堂々とはできない。

 僕も以前までだったら貴族相手にはよく愛想笑いをしていたものだが、ルリに気味悪いと言われてからはその仕草を遠慮するようになった。僕の笑顔、そんなに非難されるほど醜いのだろうか。自分ではどうも評価の基準が分からない。鏡の前でやって見せた僕の作り笑顔は、顔の表面がチリチリと焼けるように痛くて、思うように直視できなかった。大人になった人が年相応の行いや服装に準じないことを"痛々しい"と言ったりするが、あれと同じ感じだろうか。

「魔物が特定できておらんということはどういうことじゃ」

 威厳ある物言いにギルド員が身を竦ませる。持ってきていた羊皮紙の束に目を落としながら、どうにか声を出す。

「ちょ、調査によると、大きな獣のような姿や、角を生やした人の姿など、目撃証言が飛び交っておりまして……それがどんな魔物なのか断定するまでには至っておりません……」

 ギルドも商会の船団が壊滅したとなれば調査には赴くはず。それでも成果を上げられていないとなると、その存在自体も怪しくなる。孰湖は欺きの森と呼ばれる特殊な環境に身を隠していたが、鬼はそうではない。魔力が駄々洩れになることは必至なはず。ということは……。

「もしかすると、魔導具のせいかもしれません」

 僕はおずおずと進言した。

 

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