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星の屑から  作者: えすてい
第4章 あの雷を追いかけて
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第21節 弱者の刀


 小銭の入った袋を振り回し、高く放り投げた。

「あ! てめぇ!! おい、ぶっ殺しちまえ!」

 髪の毛のない、袖のない、なんなら歯も全部揃ってない山賊の男が、手入れの行き届いてないボロボロの刃がついた斧を振り上げた。

 手斧。本来は木立などを切る時に活躍するであろう伐採用の道具。アコマーの内陸部は深い森林も多く、畑を広げるためには木々をなぎ倒し、魔物を退けながら開拓をしなければならない。領主に見つからないよう隠れた田畑を作るなら、なおのことその作業は困難を擁する。だがこの山賊の持つ手斧はどうもそんな様子がなかった。

 柔らかな樹木の皮を引き裂いてきた刃の欠け方ではない。もっとなんというか、硬い物や脂のついたものを叩き割った、そんな使い方に見える。人間か魔物。ま、どっちでもいいことなんだが。

 一振り、二振り。男の大振りな斧の刃先は、肌にかすりもしなかった。

「な、なんだこいつ気持ちわりぃ! おい、さっさと殺せ!」

 叫んだ野盗ともう一人、横から青銅の剣を振りかざす仲間の姿。

 見事な鋳型により鋳造された武器を携えている。重い両刃のついたその剣は、押し付けるようにして叩くことでその目的を果たす。頑丈で、しかも刃こぼれしにくいのもいい。しかしその構えではてんでだめだ。重さに体をとられ、武器の芯に力を加えられない。足さばきもまだまだだ。そのまま振り下ろしても、初撃が躱されたり受け流されたりすれば、次の行動が遅くなってしまう。

「はぁ……」

 溜め息をついた俺は、襲い掛かる二人の野盗を軽く足で払いのけ、大の大人たちが地面に頭を打ち付けるのを横目に見た。空から落ちてきた袋をキャッチすると、中で子気味の良い音が鳴る。

「こいつ……!」

「拙者急いでおると申したであろう? 気持ちのいい快晴の下で、何が悲しくて男と取っ組み合いをしなきゃならんのだ」

 嗜めるような言葉に堪えられなかったのか、沸点を超えたハゲ面の男が叫ぶ。

「舐めやがって!」

 前傾姿勢になりながら走り込んでくる盗賊の男たち。その執念深さをどこか別の場所で使えないものだろうか。盗みを働くと豪語したこいつらの身なりは、決していいとは言えない。そりゃそうだよな、裕福なら盗みなんか働く必要がねぇ。だが飢えで死ぬ勇気も、物乞いをやる必死さもない。結局こいつらは、善良でいることができなかった哀れな弱者だ。

 二人の背後に現れたもう一体の気配。俺は袖から手を伸ばし、鞘にしまい込んだ刀の鍔に指をかける。流れるような姿勢で、山賊二人組の間を素早く駆け抜けた。呆気にとられた彼らは、風のような速さで走る拙者の姿を目で追えず、音だけを心に深く刻むだろう。抜刀の瞬間は刹那。銀色の輝きが軌跡となって、刀の残像を追いかける。

 岩のような大きな猪。人間など刺し貫いてしまうような長い牙、針の連なる鋭い毛皮、興奮した荒い息を吹き出す凶暴な魔物だ。しかし、刃が触れた途端、その体は勢いを失う。自分たちが首を傾けたと錯覚するほどの巨体は、地面にゆっくりと倒れ込んだ。

「弱いなら弱いなりの戦い方ってもんがあろう。拙者は昔っからそうやって生きてきた。手前らが人から奪うことを正当化しとうてどうもならんのなら、拙者が生きていく道をその身に刻んでしんぜよう」

 思わず尻もち付いた盗賊の一人に、もう一人が叫ぶ。

「ひぃっ! おい! い、いくぞ!」

 情けない体を引き摺るように去っていく二人組。俺は刀を納めた鞘をひらひらと振り、倒れた猪の死骸を見る。島にいた奴よりかなり大きい。魔物のヌシかもしれないな。

 あ、と思ったがもう遅い。

「しまった! 村の場所を聞くのを忘れてしもうた。やっちまったなぁ……拙者方向音痴だからのう」

 がしがしと頭を掻き、とぼとぼ歩き始めた。己の中に渦巻く不穏。アシハラを出る前に確認した地図によると、ハーフェンと呼ばれる国が近くにあるそうだ。


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