第20節 手の鳴る方へ2
大きめのホールに四人が着席する。僕とカグヤの身長に合わせた高い背もたれの椅子は、すこしばかり装飾が凝りすぎていた。
「どうしてこんな広い食堂しかないんだ」
「仕方ないでしょ、元々商会同士の社交場でしか使わないんだから」
ルリの言葉に反応するカグヤは、両手をこすりパンくずを払うと、続けて話す。
「それで、続きが聞きたいわね」
改めて、僕は自分の中の論理を整理した。ロベリア教団が憎むべき御言葉である僕らに、彼らを差し向けたその真意。
「教団がバドたちを信用してなくて、裏切ることも想定済みだったとしたら、教団は僕らと鬼を戦わせたかったってことだ。教団にとって僕らの存在は厄介だろうから、各地に出現した強力な魔物へ僕らをけしかけた」
「バドたちは鬼を魔神だと勘違いさせられて、私たちの元へ送り込まされたということか」
ルリは青い瞳で中央のテーブルを見つめながら告げる。ハイド運河に現れたブレストももしかすると彼らの差し金かもしれない。教団の裏切りを誘発させるためにラガルートに二人を襲わせたのだろう。仲間だと思っていた魔物たちにそこまでされたら、バドたちもたまったものではない。
「でも私は納得いってないわ。本当に私たちを倒したいのなら、もっと怪しまれないような人選をすべきよ。今回はメアムっていう違和感があったから気付けたけど、なんか手が込みすぎてるっていうか、複雑すぎるような気がするのよね」
蓋を開けてみればなんてことはない、魔王に対する教団とメアムたちの意識の差なのかもしれない。だけどそこへ辿り着くための導線が単純ではなかった。もっと大事な要素が、もしかしたら隠されているんじゃないだろうか。そんなふうに思うのは、ちょっと考え過ぎだろうか。
メアムたちは教団に言われたから鬼を魔神だと思った。だから裏切りの手土産に魔神を倒すよう僕らに告げた。だけど、教団に対して不信感を抱いていた彼らが北地にしかいないはずの魔神の噂を鵜呑みにするだろうか。魔王領から来たのであれば、なおさら信じられるものでもないはずなのに。
重なり合う陰謀が複雑な思惑の波で揺れ動く。何かまだ、僕の知らないことがある。
カノンが椅子を押して立ち上がった。突拍子のない行動に、みんなの視線が集まる。カノンは胸元に視線を向け、下げていた竜骨の笛を両手で持ち上げた。
「どうかしたのか」
ルリが尋ねると、震える唇を動かしてカノンは言った。
「メアムさんたちは、別に騙されていたわけじゃないと思うんです」
僕の目に映るその姿は、今まで寝ぼけていたただのエルフではない。確信を心得た。そういう面持ちだ。
そしてカノンは再び口を開ける。
「魔神の存在を、感じます……」
僕も急いで立ち上がり、魔力による感知範囲を広げる。部屋の外まで見えない光を押し広げ、その存在の把握に努めた。
「すいません、まだそれほど接近してきてはいないようです……ですが、ものすごく遠い場所にいるというわけでもありません」
目を閉じたカノンが小さく告げ、笛からわずかに響く魔力の音色に集中する。
「ゆっくりとですが、私たちの方へ向かって来ているのが分かります……方角は……東……」
ハーフェンの東方、アコマー湾。僕はすかさず確認した。
「カグヤ、鬼の被害にあった商会の港って」
「ええ、アコマー湾を挟んだずっと東側よ。もしかしたら鬼は……」
冷えた紅茶のカップの中身が、くすんだ色に思えた。




