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星の屑から  作者: えすてい
第4章 あの雷を追いかけて
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第20節 手の鳴る方へ1


 昨夜を明けて、潮の香りが吹き付ける部屋の中、カグヤとカノンは朝焼けを眺めていた。アルディアでは拝めない水平線から登る日の光。いや、実際は湾の出っ張りが日の出を邪魔するので、綺麗な朝日を見るにはもう少し東へ向かわなければならなかった。朱に染まった空。私は昨日から何度目かも分からない溜め息を、沈んだ虚空へと吐き出した。

「本当に、余計なことをしてくれるわね……」

 ロベリア教団のやっていることはただの虐殺だった。崇高な思想も敬虔な信仰心もない。魔王復活のためと銘打っただけのただの快楽殺人に近い。魔王国に住む人々が全員魔王復活を望んでいるわけではないことを、私たちはよく知っている。魔力災害で故郷を失い、滅びゆく種族であると知られている者たちにさえ、教団は悪虐の限りを尽くしてきたのだ。

 生き残ったエルフたちに手を貸すフリをしながら、人を人とも思わない残忍なやり口で彼らを利用していった。それに気が付いた頃には、もう何もかもが手遅れで私はそんな同胞たちを何人も見てきた。ロベリア教団によって心まで戦争の道具にされたエルフたち。もう後戻りなんてできないところまで、私たちの種は滅びつつある。本来であれば私だってエルフの再興には手を貸してあげたかった。だが、教団はローザイの根の深い部分まで侵食している。彼らは本気で、魔王の復活を目指しているのだ。

 いつの間にかうつらうつら頭を上下させているカノンに目を向ける。『久しぶりに海と日の出が見たい』とか呑気なことを言うから起こしてあげたのに、彼女は二度寝の入り口を行ったり来たりしていた。相変わらず朝に弱い。しっかり者でいようとする半面、中身はまだ子どものままなのだ。この子には苦労をかけてばかりだ。魔力がなくなった私が冒険者を志した時も、戦えないくせにどこまでもついてくると言い張った。もっとわがまま言ってもいいのに、我慢ばかり覚えて、不憫な子。

 膝元に頭を乗せたカノンは、既に夢の中にいた。

「お姉ちゃん……無駄遣いはだめ……」

 細い髪の毛を優しくなでる。私は鼻で笑った。

「夢の中くらい、許しなさい」

 魔王の復活に必要なものは、魔神の力と多くの死魂。そして、清廉な受肉体。

 濡らしたように艶めくカノンの髪の毛を梳きながら、カグヤは明るくなっていく空から目を背けた。


「カノンはまだお休み中?」

 灰がかった髪の少年は尋ねた。うねったその髪の毛を、「寝癖?」と聞いたことがある。彼は丁寧に否定し、雨の日は殊更手がつけられないと話した。

「久々にいいベッドだったから、もう少し休ませてあげて」

 私は広いダイニングに座る二人へ言った。

「昨日に比べて、随分優しいな」

 ルリのその挑発的な言葉に、私はむっとする。昨夜のこと、自分なりには反省したつもりだ。我を忘れて怒鳴ったり、バドを殴ったりしたことは決して褒められるようなことではない。

 だが、こちらの事情も酌量されて然るべきだとも思う。この二人に危険が及ぶ可能性だってあったし、だからこそわざわざ人気のないこの場所を選んだのだ。二人は教団に対して免疫がなさすぎる。裁きを下す立場にないことは重々承知していたけど、今まで尻尾を見せなかった彼らの一端が目の前に降ってきたのだから、多少動きが荒くなっても仕方のないことだった。

「ルリ」

 光の魔道士が、氷の御言葉を制した。二人の間に言いしれない溝ができてしまわないか、私はそれだけが不安だった。

「別にいいわよ。元はといえば何の説明もしてなかった私が悪いわけなんだし。腹を立てて当然だわ」

 言い置く私に、ルリは大きな目を向ける。

「……そういえば、鬼と呼ばれる魔神ってメアムたちは言ってたけど、魔王国領外にもいるってことなの?」

 少年は昨日から抱いていたであろう疑問を口に出す。

 東の島国から渡ってきた強力な魔物が、各地を荒らしているという噂。それはギルドを通じて耳に入ってきていた。とある大きな貿易船団を襲い、港まで追いかけて商館ごと滅ぼしたらしい。

 ルリが言う。

「私たちが戦った神域の鬼(ブレスト)。そしてあの大帝国だったソフラムまでもが魔物の大群に滅ぼされたと聞く。魔導具による強化の線も気になるが、やはり大陸中の魔物が活性化の一途を辿っているとみて間違いないだろう」

 賛同するように、私は頷いた。

「魔神に匹敵する魔物が各地にいてもおかしくはない。彼らが魔神と称しているのは、そういう類のものではないのか?」

 彼女の疑問は疑問のまま、それを確かめる術はない。だが推論を出さなくては、行動のしようもなかった。

 少年が冷静な口調で私へ問う。

「カグヤはどう見ているの? 教団は没落貴族に援助していると言ってたよね。没落した人たちが求めるものって、二度目の栄華と名誉じゃないかと思うんだ。だけど、バドとメアムがそれを欲しているようにはみえなかった。彼らには財団に残る続ける理由が他にあるんじゃないかな」

 あどけないと思っていた少年の顔は、侮れないほど優れた洞察力を持つ。声色一つ、表情一つで、彼は私の本心まで覗き見してしまうかもしれない。

 ルリも彼と同様、重ねるように尋ねてきた。

「ロベリア教団は魔王の復活に合わせて戦争を企てていた。それは長い年月をかけて狂うことなく段階的に行われているもののはずだ。それを魔王国ローザイは、どういう扱いをしているんだ?」

「ローザイは表向きに国教化していない。多分だけど、過激すぎる教義に難色を示したんでしょうね……それでも、奴らは止まらなかったようだけど」

 私は俯いて声を抑えた。なんだか、同族の恥を自分の失態として晒しているような気分だ。

「多数の没落貴族たちを従える力は強大であると考えてもいい……そんな彼らがバドやメアムのような求心力の効かない人たちを重要な任務につけるかな。僕だったら、使い捨てでもない限り、無闇に情報を与えたりはしないと思う」

 唐突に背後の扉が開き、私は振り返った。

 そこにいたのは起き抜けのカノン。恥ずかしそうに扉の前で下を向いていた。身長が高いカノンが肘をぴったりと体にくっつけ、申し訳なさそうにしているのはどこかあべこべな感じがした。

 今まであった固い空気が場違いのように一変し、安堵していいものか失笑していいものか逡巡している内に、微妙な間ができあがってしまった。カノンの羽織る薄い生地の寝間着が、日の光を吸収して淡い黄色を照り返す。

「……昼食でも摂るか」

 ルリの声に、カノンは顔を下げて呟いた。

「す、すいません……寝過ぎました……」

 

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