第19節 ロベリア教団2
いつからその教団があるのか、それは誰にも分からない。開祖と呼ばれた人物の詳細も、教団の規模や人数さえも、構成員には何一つ知らされていなかった。バドやメアムは教団による援助を受けて、下された命令をこなすだけだった。
「ロベリア教団が魔王の復活を願う集団であることは理解できた。しかし、具体的に二人は何をさせられていたんだ? 魔王復活の時は近い。彼らが金銭を与えてまでしなければならないことなんて、私たちのような存在を足止めすることくらいじゃないか」
ルリは不思議な目をしながら告げる。
彼女の言う通り、ロベリア教団は何もしなくても魔王の復活を遂げることができるだろう。昨今の魔力災害の多さ、魔神復活の兆しがそのいい例だ。
「教団の連中はそう思っていない。魔王の復活に必要なものは魔神の力、大量の死魂、そして、降霊するための肉体だ」
カグヤは大きく舌打ちをした。彼女らしくない、ささくれだった態度。
「知ってたの……?」
僕はカグヤに尋ねる。魔族であり、中でもロベリア教団を敵視している彼女なら、何かしら知っていることもあっただろうに。どうして、隠していたのか。
堪らず答えたのはカノンだった。
「私たちが黙っていたのには理由があるの……それが信頼性に乏しかったから……」
息を軽く吸い込んで、カノンは続ける。
「ロベリア教団の言うことを鵜呑みにすることは、大変危険なことなの。そして二つ目……」
カノンは姉のカグヤに目配せするも、カグヤは彼女を見ずに告げる。
「あなたたちにロベリア教団の話はしたくなかったのよ。遅かれ早かれこうなることは分かっていたけど……まったく、人間はコイツらの脅威をまったく知らないんだから」
僕とルリは視線を合わせる。
「……さっきも言った通り、教団は求めているのですわ……」
カラカラの喉を動かしようやく喋り始めたメアム。ぎゅっと服を掴んだ彼女から、滲み出た後悔の念。
「教団は例え魔族だろうと、魔王復活のためなら平気で命を奪うんですの! 何百人、何千人と、ロベリア教団は魔王復活に非協力的な街や貴族を焼き払いましたわ。大義名分である、大量の死魂として」
僕はメアムに尋ねる。
「とりあえず、魔王の復活に必要なものがあることは置いといて、そんな君たちがどうして御言葉である僕らに、魔神の討伐を依頼するの? それは、魔王の復活と何か関係があるの?」
メアムは遠慮がちに目を伏せた。躊躇うように唇を震わせていたが、やがて話し出す。
「私たちは魔神の討伐を……」
「メアム」
バドがそこに割って入り、跪く。
「すまない、怪しませるつもりはなかった。だが結果的に俺たちの口からこれを言わなかったことは後悔している。今から言うことを信じてもらえるかどうか分からない。だが、言わせてくれ。俺たちは教団のやり方に疑問を感じていたんだ」
僕たちは沈黙し、彼の続きの言葉を促した。
「……元々魔神の討伐を阻止するために俺たちは遣わされた。魔神との戦闘の中で、お前さんらの命を奪う。そういう手筈だったんだ」
カグヤの鋭い視線に耐えながら告げるバド。彼はすぐに顔を上げる。
「俺たちは自分のすべきことを考えた。このまま教団の言いなりになって御言葉を殺し、世界に再び魔王を復活させていいのかどうか……」
教団に恩のある彼らは易易と教団との約束を反故にはできない理由があるのだろう。教団はそれを狙っていたのかもしれない。そもそも彼らが没落した理由は魔王国にあるのだから、これは一種の国家的な洗脳に近いのではないだろうか。
「今更改心したって遅いのよ。教団がどれだけ罪のない人々を殺してきたか、知らないとは言わせないわ」
カグヤの言葉はいまだに冷たい。普段の口調ではあるものの、ユーモアが溢れる快活な様子はなかった。臓腑にのしかかられるような重厚な威圧。彼らの境遇など、微塵も容赦するつもりはない。
「あぁ、分かっている……直接手を下さずとも、俺たちが手引をして殺された魔族も多い……後悔しているんだ、こうなったのは自分たちのせいだと。確実に俺たちは魔王の復活に寄与してしまった……だが皮肉にも、そうすることで認められた俺たちは、御言葉への暗殺の命が下った」
波の音が聞こえてきそうなほど静まり返った室内。掻き消えそうなほど小さな声でメアムが口を開けた。
「私たちの罪が消えるわけではありません。ですが、やり直せるのなら、どんなことだって手を尽くしたいと思っておりますわ。私たちは、教団を抜けて貴方がたにつきます……!」
ゆっくりと、だが着実に近付いていた不穏な足音。僕がロベリア教団の本当の恐ろしさを知るのは、もう少し後になってからだった。




