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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第19節 ロベリア教団1


 魔族というのは魔王国領内に住む人種の総称だ。その多くは亜人族と呼ばれ、体の一部が魔物の特徴を受け継ぐ。人間と比べ二倍から三倍ほどの長い寿命、部分的な身体的特徴、五感の先鋭化や魔法の適正など、その個性は多岐に渡る。

 体は小さいながらも頑強で、手先が器用なドワーフ族。色白で長い耳を持ち、繊細な魔法を得意とするエルフ族。肉体を持たない生命体、自然物に限らず人工物にも魂を宿らせる精霊族。竜の血を引き、眷属として人に身を堕とした竜人族。古代文明を築きあげ、竜と戦った歴史を持つ巨人族。

 枚挙にいとまがないほど魔族の種類は多い。これほど魔族が多いのには、広大な北部の面積もさることながら、人間では生存が厳しい地域での活動可能域を持つ所以もある。互いの領域を侵すことなく生活し、それぞれの文化を醸成する期間が長かった。故に魔族は多様な進化を遂げ、それを失うことなく後世に継ぐことができた。魔族というのが一枚岩でないことが、なんとなく伺い知れる。

 人間の領内で出会ったカグヤとメアムが簡単に打ち解けられたのは、単に彼女たちが社交的な性格を持って余していたわけではなく、種族間の争いをできるだけなくし平和的な交流を築くことが遺伝子レベルで刻みつけられていたからかもしれない。

 僕はバドが話を始めるまで、頭の中で(そぞ)ろに彼らの目的を考えていた。彼らは魔神の役割を知っている。魔神を殺せば魔王も復活することができない。

「言い訳するつもりはない。俺たちは……」

「バド……」

 メアムが呟いたのを聞きながら、それでもバドは告げる。

「俺たちは、"ロベリア教団"だ」

 その瞬間、僕の目の前で何かが通り過ぎた。

 黒い外套のような大きな包み。派手に吹き飛んで、部屋の壁に叩きつけられた。

「お姉ちゃん!」

 叫び声を上げたのはカノンだった。

 僕は一瞬遅れて床に崩れ落ちるバドの姿を認める。カグヤが似合わないほど不快感を顔に出し、見たこともないくらいの声で威圧する。

「カノン! 邪魔しないでっ! "コイツら"は、殺さなきゃならないッ!!」

 何が起きたか分からなかった僕の体は、縫い付けられたかのように動かなくなった。いや、動けなかった。彼女の剣幕にも、咄嗟の出来事にも、メアムの怯えた表情でさえ、頭の中の処理には時間差があった。

「まて、話を聞いてやれ」

 氷塵が空中を飛び交ったのはそのすぐ後だ。指ぬきグローブから覗いた長い指を広げ、ルリはバドの周りを氷の壁で覆った。

 ドンッ!

 カノンの張った結界を強く叩くカグヤは、開ききった瞳孔を剥き出しにして言い放つ。

「ふざけるんじゃないわよ! こんな奴らのせいで、どれだけの人が……この気触(かぶ)れ人ども……!」

 今度は乾いた音が響いた。軽い、だけど、皮膚と皮膚が激しくぶつかる痛々しい音。

 ルリがカグヤの頬をぶった。

 僕らのお腹の底をすっと冷やす。ルリの冷たい、厳粛な態度。

「らしくないな。感情を乱されてみっともない。それでも長命種か?」

 弾かれた頭を戻したカグヤは、ルリを睨みつけ言う。

「短い人生じゃ測れない大事なこともあるのよ。たった十年ぽっちじゃ、そんなことも理解できないかしら?」

 二匹の毒蛇に両側から挟まれたような逼迫した状況。カグヤが何に怒り、どうしてバドたちに腹を立てているのか。

 僕は青ざめた顔をしたメアムに近寄って尋ねる。

「ねえ、君たちの言う"ロベリア"教団って何なんですか……?」

 僕の言葉が通じていないのか、メアムは口を開いたまま声を発しなかった。重い溜め息を吐き出したカグヤは、近くにあったソファにどかっと腰を沈めた。

「俺が、説明をする……」

 顔の半分を手で抑えながら、バドは片膝をついて立ち上がる。翼を折り畳んだままの彼は、弱々しい瞳で告げた。

「ロベリア教団とは、魔王の復活を目指した魔王一神教の教徒たちのことだ」 

 目を張るルリ。表情こそ動いていないものの、そこには動揺があった。

「……俺たちは、元は魔王国ローザイの貴族だった。家名は名高く、領内にそこそこの地位を築いていた。だが、王権の力が強いローザイは貴族に経済的な圧力を常にかけ続けていた。地主と言っても、困窮する名家も少なくなかったはずだ」

 アルディアの貴族権益とは若干の違いがある。僕らのよく知る地主や権力者、騎士、ここでは貴族を指すが、彼らは国王から名誉を与えられる代わりに土地と民を借りる。その権力は自治領内においては非常に強力で、王族がとやかく口出しをすることは滅多にない。強い力を持った貴族の謀反をきっかけに、滅びてしまった国も両手では数え切れないほどある。それくらいアルディアにおける王政というのは貴族本位な部分があった。

 一方、魔王国は王家の力が絶大な主権となっているようだ。聞いている限り、王都であるローザイに貴族たちは多額の上納金を積まされ、財務のあれこれで手一杯だったという。

「反発は多かったが、それでも魔王に従う王公族どもに比べればその力は皆無に等しい。抵抗する余裕もなく、俺はその中の没落した貴族の末裔だ」

 以前カグヤは"亜人族"という呼び方は蔑称だと言っていた。魔族の中にはそうした体の特徴や血筋で序列を定めていたのかもしれない。バドの先祖は運悪く、その轍を踏むことができなかったようだ。

「魔王不在の中、魔神たちが現れて民は酷く混乱した。中には人間の国に亡命する者までいたそうだが、彼らが無事に国を渡れたという話は聞いたことがない。殺されたか、或いは彼らの子孫が今でも奴隷として人間の国にいることだろう」

 聞いていたカグヤは足を組み、不機嫌そうに野次を飛ばす。

「魔王国の歴史なんてどうだっていいのよ」

 目を伏せたバドは言う。

「すまない、話が逸れたな。そんな没落した貴族たちに支援をしていたのが、ロベリア教団なんだ」

 

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