第13節 氷解と超克
クィーラの白い頬が赤く上気している。彼女は泣き腫らした顔をわずかに恥ずかしがった。
僕は事の経緯を伝えられると同時に、彼女から謝罪を受けた。
「取り乱してしまい、すみません……」
僕はうまく笑顔を繕いながら返す。
「い、いいんですよ、そんなこと!」
年上の女の人が泣いているところを初めて見た。どう慰めたものかと困惑してしまう。これは本で読んだことがない、知識不足だった。
教会でのジジ牧師が、僕が不安な時にどうしてくれたかを思い出し、頭を撫でた。気まずい空気に心臓が持ちそうになかった。失礼に値していたらこちらも謝罪しよう。
僕は咄嗟の思いつきが虎の尾を踏まないことを祈った。知らなかったで済まされるだろうか。まさか、クィーラが子爵のご令嬢だったなんて。
クィーラ=クルフ、彼女の本名。
領民の間で噂になっていたクィーラは、あちこちで冒険者の真似事をしては兄に説諭を受けていた。彼女の貴族らしからぬ言動と行動力は、クルフ家の自由主義な子育てによるものだ。
"貴族たるもの"という基本観念のない、"己の信ずる己であれ"とでも家訓があるのだろうか。
ギルドに入れなかったのはあの超大男の兄、ガノア=クルフによる意向らしい。
ガノアはクルフ子爵の嫡男にして、ルールエ支部のギルドマスターを務めている。
親の七光りもあったろうが、実力主義のギルドでその長を任されるほどだ。クィーラの魔法使いとしての実力もそうだが、兄もまた相当の手腕が窺えた。
クルフ子爵の子育て術も大したものだが今はルールエの様子が気がかりだった。
爆破事件に、派閥争い、襲われた領主の娘。
これは単なる領民同士の諍いではない。
ちらと気を失った黒いローブの男を見据える。杖を折り、縄で拘束し動けなくした。事が済んだら憲兵に身柄を預けよう。
居直り、僕はクィーラに尋ねた。
「クィーラ様は馬車でルールエから子爵邸へ戻られていた。その途中で襲われたのですね」
クィーラは微笑んで告げる。
「ええ、そうですが。………クィーラ、でいいですよ?」
僕はその言葉に思わず耳を疑った。
「は!? いや、でも――――」
貴族と接したことのない僕でも分かる。敬称を省略など恐れ多い行為だ。
「命を助けていただいた恩人ですから。失礼ではありませんよ。気兼ねしないでください」
クィーラの青い瞳が僕を見つめる。
語気は強くないのに、圧倒的な存在感があった。
いくら彼女の頼みと言われても、平民が度を超えた非礼を振る舞うのはよくない。
それに僕は目立つようなことが得意ではなかった。
困ったような顔をしながら、ちらりと顔色を伺う。
クィーラの大きな瞳が、僕を刺す。有無を言わせない笑顔と優しげな動作に戸惑う。
「えー……っと……」
さあ、どうぞ。と言わんばかりの力強い眼差し。
目を逸らして頭を回転させた。
幾多ある選択肢の中から最適解を求める。
無情にもその答えはすぐに出すことができた。諦めだ。
………僕は押しに弱かった。
「……………クィーラ……えと……、とりあえず、体を休める為に一度子爵邸へ行きましょう」
名前を呼ばれたのが満足気だったクィーラだが、僕の提案には賛成しなかった。
「いいえ、私はルールエに向かいます。街の皆さんが心配なのです!」
さっきまで真っ青だった肌の色が血色を取り戻し、確固たる決意を胸に宿していた。
僕は慌てて告げる。
「で、でも、危険ですよ! 傷を治しただけで魔力が戻ったわけではないですし!」
だがクィーラも引かない。
「私は領民の皆さんが傷付くのを黙ってみていられません! もう、後悔したくないんです!」
「で、ですが―――」
クィーラの人柄が、心根が、僕を迷わせる。ここは素直に折れて欲しかった。
だが彼女は想像以上に聡い。
僕が遠回しに避けている問題を見抜く。不満からではなく、僕の意図を汲んで問いかける。
「私を行かせたくない理由が、なにかあるのでしょうか?」
遅かれ早かれ彼女は真相に気がつくだろう。
でもそれは全て終わった後でもいいじゃないか。
なにも僕の目の前じゃなくてもいいじゃないか。
木が倒されぽっかりと森に空いた穴に、煌々とした月の光が差し込んだ。
月明かりが彼女を照らし出す。
金色の髪は光を反射して銀に近く、白金のようだった。
整った顔立ちと青い瞳が、真剣な眼差しを向ける。
心奪われるような美しさの中に、確かな強さを感じた。
ひょっとしたら、彼女なら。
いいや、その強さが、ルールエを想う慈愛が、彼女を深く傷付けるんだ。
すぐに答えない僕を見て肯定と捉えたのか、クィーラは続けて問いかける。
「貴方は何がルールエで起きているか、知っているのですね……」
彼女の青い瞳が僕を掴んで離さない。
いっそ責めてくれる方が楽だったのに、彼女は他責という言葉を知らないらしい。
それもそうだ。彼女はボロ雑巾のような僕とぶつかっても、僕の心配だけをしていたのだから。
覚悟を決めて、僕は話し始める。
「―――はい。真実かどうかは分かりませんが、あくまで僕の推測で、今回の"事件"を紐解きます」
クィーラは静かに頷き、そして最初の質問をする。
「"事件"というのは、爆破事件のことでしょうか?」
僕はかぶりを振って答えた。
「いえ、爆破事件やルールエの混乱、薬物問題や人攫いなどの犯罪行為と―――」
クィーラをもう一度見る。
僕は彼女の心をもう一度殺す。
「―――クィーラを強襲した一連の"事件"のことです」
クィーラは顎に手を当てて思考する。
僕の言葉をもとに推論を再構成していく。
「全てが繋がっている……そう言いたのですね。
…………それは、どうしてでしょうか?」
クィーラの瞳が動く。
好奇心の矛先をぶつけるようにこちらを窺っている。
僕はそんな彼女に告げた。
「まず、クィーラを襲った連中ですが、計画性を持った上で戦闘を仕掛けています」
僕は黒ローブの男を見た。クィーラの魔法を受け止めるほどの化け物。存在を隠し、巧みに逃げ道へ誘導できる狡猾な男。
「クィーラが馬車を使い、憲兵団から離れた孤立を狙う。これは戦略性以外の何物でもありません」
クィーラは頷き口を開いた。
「つまり、ルールエに潜み私を知る何者かがルールエの混乱に乗じて……いえ―――」
切った言葉を訂正して繋ぐ。
「―――ルールエの混乱を引き起こして、私を襲ったということですね」
僕は首肯し、続ける。
「タイミングがあまりにも良すぎます。同じ計画だと、僕は思います」
クィーラは引き続き疑問を投げかける。
「ではその犯人とは誰なのでしょうか? ルールエの混乱を引き起こしたのは、爆破事件です」
僕が喋る前にクィーラは目を伏せながら自答した。
「考えたくはありませんが商会グループの方たちが更なる経済の奨励を図り、自警団を穿ったのでしょうか」
僕は即座に否定してみせた。
「いえ、爆破事件の犯人は商会グループではないと思います。商会の火薬がなくなっていた、という話しでしたよね」
クィーラは不思議そうな目をする。
僕は続けた。
「爆破事件があったのにも関わらず、そんな報告をするのは火薬の出処はこちらです、と自白しているようなものです」
隠したかった事実を意図的に誰かが漏らしたんだ。
さらに僕は続ける。
「それと、ギルドから自警団への輸送品は、通常なら大通りを使うはずです」
ギルドと自警団本部は大通り沿いに位置している。
「僕も目撃しましたが、荷馬車は広場から通じる裏路地を通っていました」
通行人を引きそうになるほど狭い道での輸送。
クィーラが驚きの声をあげる。
「積荷を見たのですか?!」
僕は手のひらをクィーラに向けて振った。
「いえ、中身までは………ただ、あの時間帯に行列ができるほどの荷馬車は他になかったはずです」
十中八九、自警団に運ばれた火薬だ。
引き続き僕は話す。
「必ず目撃者が出ることはわかっていたはず。それなのに荷馬車を分散しようともしなかった」
そこでクィーラも気が付いた。
「目立つ行動ができたのは、その後に正確な捜査が行われなくなることを知っていたから、ですね」
僕は再び首肯する。
「もし捜査が行われたとしてもリスクが大き過ぎます。明らかに商会グループの犯行ではありません」
クィーラは息を吐き出して肩を下ろす。
そして僕に新たな疑問を呈した。
「そうですか。犯人は商会グループではない、それは理解できました。
では、その混乱を引き起こした真犯人と、薬物売買や人攫いはどう関係しているのですか?」
もっともな疑問だ。
僕は広場で起きたことを詳しくクィーラに話した。
「広場でとある露天商が魔導書を売っていました………」
すべてを聞き終えたクィーラは当然のように尋ねる。
「どうして憲兵に人攫いがあったか、と尋ねたのですか?」
「露天商が人攫いか、あるいはその仲間だったからです」
クィーラが物言わず、説明を求める眼差しを向ける。
僕は用意していた考えを並べた。
「露天商が売っている本ですが、あれは本物の古代の魔導書でした」
「え? ですが偽物だと仰ったのですよね?」
僕は本の様子を思い出す。装丁が古く、所々破れかかっていた魔導書。しかし中の魔力は衰えておらず、純粋で力まかせの古い魔力特有の性質が宿っていた。
「面倒事に巻き込まれたくなかったので………」
クィーラは不思議な顔をしながらこう思った。
………ところで、古代魔導書というのは、外見だけで判別できるのでしょうか。やっぱりこの子、少し変わってる………。
そんなクィーラの心情を知らず、僕は続けた。
「この魔導書が、どうしてこんな場所で売られているのか考えたんです」
貴重な魔導書を質屋や図書館に売るでもなく、露店を開いてまで通行人に提供する意味はあるだろうか。魔術師協会なら必ず高値で取引してくれるはずだ。
クィーラがそれに反論する。
「その露天商には、魔導書の価値が分からなかったのではないでしょうか?」
「いえ、そもそもあの露店は魔導書以外の物を売るつもりがなかったんです」
他に並んでいたものは手作りのアクセサリーだ。何の変哲もない店ならまだしも、古代魔導書には添えない。値打ちものでもない魔導書であんな売り方はしないし、なによりあの露天商は本の中身に自信があった。
「明らかに、魔導書に価値があると分かっている売り方です」
クィーラは呟いた。
「その露天商の方は魔導書を売りたかった。ですが目的は販売ではなく、その先にある…………」
彼女は思いついた考えを打ち明ける。
「古代の魔導書を価値あるものだと判別できる方、それを探していた………?」
僕は頷く。
その通りだ。あの露天商は古代の魔導書を使い、魔法使いとしての実力を測っていたんだ。
憲兵の話では、広場で中毒者の騒ぎが起こった時、その混乱に紛れて人攫いが目撃されていたそうだ。
クィーラは真相に近づいたのが嬉しいのか、目の輝きが一層大きくなる。
「その露天商の方が魔導書を売ったのを確認し人攫いを実行に移した、ということですね」
そうだ。これで薬物と人攫いも繋がった。
クィーラの襲撃同様に、中毒者が騒動を起こし始めてから人攫いを行うには、あまりにもタイミングが図りづらい。
「クィーラの見つけた秘密の通路も、人攫いが通る道として使われていたんだと思います」
クィーラが発見した隠し通路。噴水と広場を繋ぐ路地の一本に橋が架かっている。秘密の通路は広場の目と鼻の先だった。
「あの通路はそんな目的で作られたものなのですね」
通路には別の道が通じていたそうだが、その先は恐らく病院だろう。中毒者の患者がいなくなることが頻発していたらしい。
「通路の先に囚われていた母子ですが、自警団の家族ではありませんでしたか?」
クィーラは目を見開く。
「どうしてそれを?!」
母親と娘をギルドに引き渡した際、クィーラは彼女たちの身の上を少し聞いていた。自警団幹部である夫が行方不明になって数日後、不審な男たちによってあの通路に連れ込まれた。
彼女たちは、夫は人質となっている、と訴えていたがその当人は爆破事件で死体となって発見されたらしい。
なんとも惨たらしい結末だ。僕は、顔の見えない真犯人を憎んだ。
人の命をなんだと思っているのだろうか。
「その夫である自警団幹部が、家族を人質にされて火薬の納品を手引きしたと考えられます」
彼はおそらく、全貌を聞かされてはいなかった。言われた通り魔導具に細工を施し火薬を素通りさせる。彼が直接火薬に手を加えたかどうか定かではないが、役目を終えた彼は自警団本部ごと処分された。
そして、クィーラがいなければ、その妻子も慰み者になっていたことだろう。
クィーラは嫌悪感を顔に示す。
無理もない。こんな狂気じみた事ができるなんて、やはり相手は狂人を生み出せるほどの規格外な者たちだ。
だが、分からないこともある。
優秀な魔術師を何に利用したかだ。
狂人を生み出すための実験に使ったとしては、あの化け物には魔力の残滓は見当たらなかった。つまり、狂人は中毒者たちを集めた実験の成果であり、魔法使いの選別は他にあるのだと僕は考えた。
結論、この"事件"は領民が引き起こした内紛ではなく、何者かが派閥を扇動して起こした企てであった。
真犯人の目的とは一体なんなのか。
ここで僕は話を終える。
全てを聞き終えた彼女は、静かに怒っていた。
湧き上がる感情をどう制御していいか分からず拳を握り、震えて堪える。
彼女は僕に似ていると思った。単なる自立を望んでいるんじゃない。助けてもらった恩を他人を助けることで返す。それが力を授かった僕や彼女の使命なんだ。
その使命をクィーラはよく理解している。
だからこそ、その板挟みにあっていた。
ああ、彼女は分かってしまった。
同じ子爵の子息で、兄ではなく自分が狙われた理由を。
クィーラは伏せた瞼の奥、揺れる瞳を隠して告げた。
「私が…………最後のパズルのピースだった。そういうわけですね………」
間違いない。僕が下した結論の続きはこうだ。
真犯人の狙いはルールエの混乱に乗じたルールエの割譲、もしくは自治権の掌握。
クルフ子爵にその要求をのませる唯一のカギ。
それが息女のクィーラだった。
真犯人は入念にクィーラの戦闘能力を調べ、薬品による補強でその戦力差を埋めた。
嫡男であるガノアは、ギルドに所属し隙が少ない。実力もクィーラを上回っている。
つまり狂人の力がクィーラを上回った瞬間、領民を巻き込んだルールエの混乱は確定したんだ。
クィーラは俯いたまま小さな声で呟いた。
「私が……弱いせい……?」
僕は喉が震えてこれ以上の言葉が出せなかった。
彼女は再び絶望の中に埋もれていく。非力な自分が混乱を招いた元凶であったかのように。
そうじゃないですよ、と言ってあげたかった。
悪いのはこれを引き起こした者だ。そう言ってあげたかった。
だけど彼女は、それでも彼女は。
全てを自分の責任に置き換えて背負おうとするだろう。
その小さな背中に負わなくてもいい重荷を積み上げる。
彼女の強さが、優しさが、逆に心を締め付けた。
いくら努力しても、いくら強い魔法を身につけても、恐ろしい力を持った敵に一方的な力の差を見せつけられる。手も足も出ず、涙を流しながら生を懇願する。小さく、哀れな自分自身。
私は何者にもなれない、何の役にも立てない。それどころか、私の存在は人々を危険に晒す。
私の弱さが、罪の無い人を殺していく。
弱い、弱い、弱い、弱い弱い弱いよわいよわいよわい。
私は、なんの為に、生きているの…………?
クィーラの心は自身への猜疑心で押しつぶされていく。
喉の奥がひりついた。
本当は子爵邸で身の安全を確保すべきだ。そうしなければまたどこで狙われるか分からない。
だけどそれでは、クィーラの心までは救いきれない。
僕の言葉で救えるかどうか分からなかった。
だけど、言わなければいけない気がした。
悔しさと不甲斐なさに自責の念をまとわせ、ルールエと共に泥水に沈む彼女を助けなければ。
僕は名前を呼ぶ。
「クィーラ」
彼女は俯いたまま、動こうとしない。
「ルールエを救いにいこう」
泥の中の彼女に手を差し出す。
僕は声を大きく出して呼びかけた。
「弱いから、なんなんだよ………!」
彼女がぴくりと反応する。
「君は、強かったから人助けをしてきたのか」
彼女は弱々しく呟く。
「……ちがう」
沈む彼女の手をとる。まだ、諦めちゃだめだ。
「魔法が使えなければ、女の子を慰めなかったのか」
通路が怖いと泣いていた小さな女の子。彼女はその子に安心して欲しかった。
「……ちがう……でも、私は――――」
泥沼から伸びる自己嫌悪の腕が、這い出る彼女を掴んで引きずり戻そうとする。
「―――なにもできなかった!! 結局、お父様やみんなの足手まといでしかなかった!!」
再び、彼女は泥の底に沈んでいく。汚らしい泡が、内側から彼女を蝕む。
「私は所詮道具だった! どう足掻いても、誰かの思惑に利用される!!」
悲痛な叫びは、彼女の中で何度も反響した声だ。
「私のせいで、みんなが不幸になる! どれだけ頑張っても、私が弱いばっかりに!!」
今までやってきたことは滑稽な過ちだった。気丈に振舞ってきた意思は、道化のように無意味だった。何者にもなれない私は、いったい、なんのために。
僕はざらついた彼女の心を知って口を噤んだ。
どれだけ強くあろうとしたのか、その胸中を想う。彼女はこんな感情を隠して、押し込んで、ここまで歩んできたというのか。
垂れ流された陰鬱な感情の波が押し寄せる。その中で彼女は溺れて小さくなってしまっていた。
自分がどう在ればいいのか分からなくて、怖くて、不安で一杯だった。一人で抱え込んで、限界だった。
だから、誰かが支えてあげなきゃいけない。
散りばめられた彼女の欠片。
僕はそれを小さな手で拾い集める。
「それがどうしたって言うんだ!」
自分を育ててくれた人への感謝と、その恩を次の誰かに与える優しさ。
弱さなんか、関係あるか。
クィーラは目に涙を溜めて、僕を見る。
「君が持っているのは強い魔法じゃない! 強い心だ!
最後まで諦めない、自分を信じる力だ!」
優しい欠片を繋ぎ合わせる。彼女の輪郭は、本当は脆い。
だけど、強くあろうと必死だったんだ。
「でも、私はもう自分さえ信じられない………!」
零れた涙の軌跡が頬を伝い、月光を反射する。
「私は、もう、なんのために生きているのか…………」
俯いた彼女の影の中、涙の雫が落ちる。
僕は彼女の欠片にそっと触れた。
「それでも、君は生きたいと思ったんでしょ?」
傷付いて、ボロボロになった。
それでも、生きることを諦めなかった。
彼女の瞳が、再び僕を映す。
「みんなを救う………僕は……僕はそのために生きてきた。
…………君もそうなんでしょう?」
僕と彼女は似ている。
クィーラは想いを吐き出した。
「私は………みんなを、助けたい……でも………」
自分に与えられた力を理解し、その力で恩返しをする。
震える唇が、僅かに動く。
「こんな私に…………救えるの…………?」
クィーラが人々に手を差し伸べたように、僕も明るく彼女の心を照らす。
「………助けたいという想い、それが大事なんだ」
彼女の瞳が揺れ動いた。
心の底に流れていた、大事な気持ち。
本当はずっとずっと、信じていた、大切な想い。
進み続ける、それが私なんだ。
行かなくちゃ。諦めてなんか、いられない。
砕けた心がひとつになる。
彼女は自らが作り上げた泥沼から抜け出した。
何度も木から落ちて、それでも登りたかった。
服が汚れても、両手が痛くても、諦めたくなかった。
あの日の言葉が、私の中でもう一度響く。
「君に、できないことなんかないよ」
僕の言葉に、彼女の瞳が青く光った。




