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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第16節 暗礁


 人のいない教会の大聖堂で一人、男は祈りを捧げていた。

 心許ない蝋燭の明かりだけを頼りに、指を組んで両手を額に合わせる。

「ウニべ様……」

 呟いた男は中央を縦断する赤い絨毯の上に膝を折り、目を閉じたまま現世の憂いを嘆く。教典に祝詞はない。ただ祈ること、想うこと、それだけで天上より、我らが神からの祝福が与えられる。それは僥倖などではなく、定められた法則性の一部に過ぎない。神という軸にぶら下がったこの世界が、愚鈍な生命を乗せて永遠と回り続けているだけだ。

 大きな音を立てて扉が開かれる。松明の灯りが暗い室内の闇を押しのけるように影を払った。鎧に身を包んだ兵士、杖を掲げる魔法使い、幾数十人が蹴り破った扉から続々と聖堂内に詰め寄る。魔法陣が輝き、足音が屋内を揺らす。蝋燭の炎が風で吹き消える。

 息を呑む彼らは顔を顰める。目の前には胸部を刺し貫かれ、地面に縫い付けられるようにして絶命した男。影の中でも見えるほんのりと赤い刃が、松明の灯りを照り返す。

 祈りを捧げていた男は後ろを振り返ろうともせず告げる。

「祈りの邪魔をするなんて、少しばかり教養が足りませんねぇ」

 夜の空気が兵士たちの肌をピリピリと戦慄させた。数で勝っているはずの彼らは、異様な雰囲気に飲まれ、祈りを捧げ膝をつく彼の姿をじっと見つめていた。

 叩き割られたステンドガラスの先、広がっていく夜の闇。本来そこにあるはずだった魔道士の御尊顔は、粉々に砕け散っていた。

「だまれ魔族! もう助けは来ないぞ、観念しろ!」

 松明を握る兵士が猛り、男の背中に声をぶつけた。響き渡る声が大聖堂のいたるところから聞こえてくる。

 目を閉じていた男の瞳が、薄く開かれた。その一瞬の後、松明が床に落下し火の粉が散る。もうもうと燃え滾る炎が床と接触し木製の軽い音がした。

 誰の目にも追えなかった。魔法陣の光でさえ、彼を闇の中から暴くことはできない。

「う、うわあああああ!」

 切られた左腕を抑えて蹲る兵士に、どよめきで人垣が揺れる。

 咄嗟に彼らは前方を睨みつけた。いつの間にか立ち上がっていた男の相貌が淡く色付く。右の額から伸びる大きな角に、魔力が(みなぎ)った。

「私への冒涜は神への冒涜を意味します……さぁ、詫びながら死んでいってください」

 薄紅色の刀身が薄暗い聖堂の中で、花弁のように舞い散る。叫び声が上がる暇もなく、兵士たちの体の一部が天井まで飛んだ。


「フェルゴールさんが直々に来られることもないんすよ」

 血濡れの床を避けて通りながらキャランサは言う。

 壊れた扉を見るや否や、溜め息をこぼしながら入ってきた彼に、フェルゴールと呼ばれた男は返事をした。

「今や我々も秘密結社としての風体が保てないほど、勢力が増しつつあります。すでにギルドの調査員からも嗅ぎまわられているようですからねぇ」

 キャランサは串刺しの男の顔をみつつ、フェルゴールの声に耳を傾けた。刀を手に持ったまま彼は続ける。

「私も組織の人間としての矜持を保ちたい。そういう人間にこそ、人はついてくるというものですよ」

 骨を絶つ音がしたと同時に、死体の腕がもぎ取られる。

 キャランサは言った。

「誰もフェルゴールさんの信仰心を疑ったりしませんって」

 つまらなそうな顔を覗かせたフェルゴールの前髪が揺れる。

「私はいつだって、ウニべ様への忠義を自身に問いかけているのです……貴方は、違うとでも言うのですか?」

 キャランサはその鋭い目つきに身を引いて、困ったように答えた。

「も、もちろんですよ……そ、それはそうと、そいつ……吐いたんすか?」

 指さした男はもう人としての原型を保っていなかった。上半身だけになった体には腕がついておらず、頭だけが恐怖に歪んだ表情を作る。夥しい量の血が床に血溜まりを生み出し、真っ赤な絨毯がそれを吸っていた。つんとする匂いが鼻腔に留まって、吸っても吐いてもあまり意味を為さない。

「これも外れでしたね。"首謀者"とやらはどうも自分の居場所を彼らには教えていないようです。……狡猾、実に不愉快ですねぇ」

 吐き捨てた言葉に苛立ちを含ませ、フェルゴールは血液を振り払って刀を鞘に納める。

「フェルゴールさん、本当にこいつらを扇動しているのが光の魔法使いだと思うんすか……?」

 キャランサの問いに、フェルゴールは答える。

「ええ、もちろん。これだけのウジ虫が湧いてきているのですから、相当強い光なのでしょうねぇ」

 床に転がる死体を眺めながら、彼は続ける。

「ウニべ様に仇なす輩は全員死罪です。主要な拠点ももうそれほど残っていませんから、じきに姿を見せるでしょう」

 靴音を鳴らしながら聖堂を後にするフェルゴールを、キャランサは追いかける。

「光の首謀者……やっぱり、新しい御言葉ですかね」

 フェルゴールの長い髪の毛が、夜の暗さを吸って左右に振れる。

「さぁ、そこまでは分かりません。ですがそうだった場合、我々の管轄からは離れるでしょうねぇ。そこから先は、セレネ様の領分です」

「三英雄のセレネ閣下ですか? この間、御言葉を一人処刑したっていう」

「ええ……さすがは魔王の座に君臨しておいでの方です。御言葉は見つけ次第殺すようお達しが来ていますが、あの方も自ら御言葉を、探しておいでです」

 キャランサはその言葉に首を竦めて驚く。

「え? っていうことは、俺らまずいことしてるんじゃ……」

 大聖堂から出た二人は荒廃した町の風景を見下ろした。家屋は押し潰されて瓦礫が積み上がり、道端には数百の死体が転がっている。

「安心してください。彼らはウニべ様のために働いてもらった後、しっかり死んでもらいますから……」

 黒煙が立ち昇るの見上げて、フェルゴールは目を細めた。

 

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