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星の屑から  作者: えすてい
第4章 あの雷を追いかけて
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第15節 積もっていく困惑


 ちらちらと空から細雪が降る。目元についた薄い粒が、体温で水滴に変わる。

「雪……」

 カノンが分厚い雲を見上げながら言った。

 灰がかった色味が、どこまでも空を覆っていく。

 ゴブリンたちを退けた私たちは、ギルドの救援を待って街に留まり数日を過ごした。離散した魔物はもう戻ってこず、しばらくは街の住人と冒険者たちの治療に専念できた。私の氷を受けた者も、後遺症なく復帰できたことは幸いだった。

 後から来たギルド員にその場を任せ、私たちは動き始めた蒸気船に乗りハイド運河を下っていく。

「あの魔導具はどこからきたのでしょうか」

 カノンは降る雪を片手で受け止めながら呟いた。

 魔物自らが魔導具を作り出したとでもいうのだろうか。いや、あれは人にだって容易に作り出せるものではない。考えられうるは……。

「魔物に魔導具を提供した者がいるな」

 ルリは呟いた。

 ゴブリンたちの秘めた力を引き出したのか、はたまた魔導具自体に強力な力が備わっていたのか、今はそのどちらとも言えない。等級が低い魔物であったとしても、魔導具を使えばその力は強大化してしまう。魔物があまりにも力をつけ過ぎていることを、もっと早く認識すべきだった。

 カグヤが欠けて、結界の解除に焦った私は愚かだったのだ。あの戦い方では、いずれ誰かが負傷しかねない。カノンを一人にしてしまったというのも手痛いミスだ。メアムとバドがいたからいいものの、ラガルートまで出てくるなんて予想外だった。もっと戦いというものがどういうことか、知らなければならない。私は唇をきつく引き結ぶ。

 かつて、大勇者は北の大地で魔王を打ち破り、その命を葬り去った。平和が訪れると期待されていたその偉業は、後の世まで伝わっている。しかし、魔王は魂を切り離し次代に転生することで、その命を永らえさせることに成功した。大勇者一行は長きに渡る戦いで多くの犠牲を払い、悲惨な末路を辿る。魔王との戦いの中で生き残った者は大賢者ただ一人だけであった。大賢者は再び来る魔王の脅威に備えるため、魔法学院を設立したと言われている。御言葉を恨んでいたモーガンスがその長になるというのは、どうも皮肉なものだが。

 隠し部屋に置かれた石板のことを思い出すルリ。そこに書かれた文字が頭を掠めた。大賢者ラクーンの未来予知は、数百年の時を経た今でさえも見通してしまう。

『汝、その火を(いたずら)に使うこと(なか)れ。龍鱗のみが、その命の尊さを知る』 

 私の内側にある熱を、彼は知っていたのだ。

 降りしきる雪の向こう側に、海が見えてきた。

「見て、あれが埠頭国ハーフェン」

 カノンが船の手すりにもたれかかり告げる。降雪で景色ははっきりしなかったが、それが穏やかな水面だとはなんとなく分かった。そこに浮かぶいくつもの帆船、沿岸部に並ぶ街並み。囲う湾には、埋め尽くすほどの港が乱立していた。

 いつだったか、その成り立ちを聞いたことがある。海賊の根城として有名だったアコマー湾には、各地から国々の財宝を持ち寄った盗人猛々しい海賊の街が形成されたそうだ。海賊の首領がそこを収め、今でいう王家のような権力を持ち合わせていた。魔王が討たれた後、しばらくして国は廃れた。それもそのはず、何世紀にも渡り伝統も文化も持たない盗賊崩れが、国を維持できるとは思えない。海賊に攫われた優秀な人材だけがそこに残り、街の発展に大きく寄与したと文献には書かれていた。

 海賊の根城を住処とした交易の街。商いをするものというのは、どうも倫理観にかけているような気がする。屠殺場を潰して家畜小屋を自分たちで建てさせるような行為だ。海に近いとはいえ、海賊の息のかかったこの土地を交易商たちに再利用させようだなんて、普通の考えでは思いつくまい。

「ルリ……?」

 私はかけられた言葉で意識を現実に戻した。手すりから手を離していたカノンが、視線を向ける。

「すまない、考え事をしていた。よく周りが見えなくなるんだ」

 カノンはクスリと笑って、

「また変なことを?」

 そう私を茶化した。

「変なことではない。湧き出る好奇心だ」

「やっぱり、変なことじゃない」

「物は言いようだな。皆にとっては変なことであっても、私にとっては重要なことかもしれないだろう?」

「変なことだっていうのは、認めるの?」

「だから……」

 そこで私はこの理屈エルフが笑っていることに気が付いた。長い寿命なだけあって、こちらが一方的に弄ばれているような気がして腑に落ちない。

 息を吐いて会話を切る。これ以上言っても面白くない。私は魔道士君のようなからかい甲斐のある会話が、堪らなく愛おしいのだ。

「前からずっと気になっていたんだが……」

 別の話題に変えたというのにカノンは表情を崩さず相槌を打つ。

「……エルフというのは、皆そういうものなのか?」

 私の視線から察したのか、目を細めるカノン。尖った舳先の先端に、薄く雪が積もり始めていた。困ったようにも嘲笑っているようにも見える表情に、私は戸惑った。

 一瞬の間をおいてから、編んだ髪の毛を動かさずにカノンは告げた。

「私も、悩みどころではあるんですよね……」

 寒さにやられたからだろうか、尖った耳の先が少しだけ震えたような気がする。


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