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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第14節 本の虫1


 直射日光を浴びすぎると肌が黒くなる。それは火傷と同じ症状だというのに、どうして。

 高く昇った日から嫌というほど見つめられ、僕ら孤児院の子どもたちは教会の庭にある雑草毟りを命じられていた。額から流れ出る汗を拭い、土のついた根を忌々しく見つめる。

 見ない間に植物というのは求めてもいない異様な成長を遂げてしまう。僕は手を汚しながら懸命に根を張った植物たちをぶちぶちと引き裂いていく。さらに、魔法を使って小さな炎を生み出し、引き抜いた箇所を熱で炙った。

「おい見ろ! あいつまた魔法を使ってるぞ!」

 孤児院の中で一番背の高い男の子が僕を指差して叫ぶ。

「魔法は使っちゃだめって言われてるのに! ジジ、見てあれ!」

 絵に描いたような告げ口を言う取り巻きたちが騒ぎ始めた。いや、声だから絵には描けないか。違う、典型的な物言いという意味だったか。

 後で調べよう、なんて思っていると、大きな背丈の老人が僕に歩み寄ってきた。影が視界に入るまでもなく、

「……分かった、魔法は使わない。それでいいでしょ?」

 僕は背後に立つジジ牧師にそう告げた。

 こんな暑い日にもかかわらず丈の長いローブに身を包んだ彼は、僕を見下ろしながら言う。

「終わったら、私のところへ来なさい」

 またこれだ。

 返事も返さないまま僕は地面に鬱蒼と生える草を掴んだ。囁くみんなの声が、強い日差しに染みついていくみたいだった。目線を上げるのが煩わしくて、僕は表情を殺して作業を黙々と続けた。


『おせっきょう?』

 僕の目の前に突き出された石の板。そこに書かれた文字を読む。それを手に持ったまま僕を見つめている女の子、カーリア。

『別に、話をしただけだよ』

 彼女の書いた白い文字の下に、そう加えた。

 両手で掴み直してカーリアはその文字を目で追う。すると荒い布で石板の表面を擦り、文字を消した。白い石を持って、再びそこに何かを書き入れ始める。

『なんのはなし?』

 彼女は凄むように僕の前に板を突きだす。そこまで近くじゃなくても読めるよ、と目で訴えたけど、彼女に伝わったかどうかは怪しい。

 カーリアは小首を傾げて微笑んでいた。石の板を受け取った僕はそんな彼女の顔から、目を移す。

『魔法の話』

 僕の書いた文字を読むと、彼女は口元をほころばせる。

『どんな? どんな?』

「どんな……かぁ……」

 僕は悩んだ。

 彼女は目を輝かせて僕の方をじっと見ていた。この孤児院で魔法を使える子どもは僕だけだ。ジジは魔法を教えることができたが、それを僕らに教示することをあまり好ましく思っていなかった。普通の農村に生まれてきた子だったならば、魔法の才能があればそこそこの教育に力を入れることだろう。

 しかし僕らは孤児院で生活をしている身だ。魔法なんてものを子どもに教えている教会があれば、白い目で見られてもおかしくはない。何故なら魔法は使い方次第で、人を簡単に殺してしまうこともできるのだから。そんなものを幼い子どもたちに教えているというのは、(いささ)か危険思想だと思われかねなかった。だからこそ、僕が魔法を使ったことでジジは批難されたし、この孤児院の子どもたちも例外なく魔法が使えるものだと疑われてしまった。驕ってはいけない、と言われたものの、使えてしまうものはしょうがないじゃないか。

『魔法は危ないよってこと』

 僕は書き足す。

『ねえ、うそでしょ』

 すかさずカーリアはそう書いた。

 バレたか。

『さっき、なんで火をだしたの?』

 カーリアが再度尋ねる。

 僕は彼女から筆記用の石をもらい、答える。

『植物の根に種子が付いている場合があって、根っこを抜いたとしても、また生えてくる可能性があるからだよ』

 僕は手に付いた粉を払った。

 彼女が小さく書いて渡してくる。

『むずかしい』

 僕は笑ったが、カーリアはふくれっ面を作っていた。


 夕方の食事を終えた僕は就寝までの間に本を借りようと廊下を歩いていた。魔法の使い方は教えてくれないのに、本を読むことは禁じないなんてジジは変だ。

 古い魔導書だったが、あの本を読めば魔法の概要はあらかた網羅できる。どうして誰も読もうとしないのか不思議だったが、必ずしもそれを有効活用できるかどうかはその人次第だなとも思った。あれがあれば、大人になった時に必ず役に立つはずなのに。

 魔法を使えた方が仕事の幅も、給金だって増える。本を読まないのはもったいない。カーリアにだってそれが分かっているんだ。

 通りすがる僕は、食堂にまだ残っている子どもたちの声を偶々拾った。

「あいつまた、本なんて読んで気味悪いよな」

「どうせ俺らは孤児だから文字なんて読めても仕方ねーのに」

「やめてあげなよ、それしかできないんだから、可哀そうでしょ?」

 僕より年上の数人が、寄ってたかって僕の陰口か。みっともない。笑う彼らの声に耳を傾けたのが間違いだった。

 立ち去ろうとした時、

「ほんと、あのカーリア、耳も聞こえないくせに贅沢なんだよ」

 足を止めてしまった僕。

 自分のことでもないのに何かが心を汚す。

 小さな痛みと、耳鳴りを感じた。



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