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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第13節 光りの弱さ


「やっぱり、こっちも魔導具ね」

 そう言うと、カグヤは粘液に濡れる球体をこちらに見せる。眼球とそっくりな見た目は赤黒く充血していた。僕らとの戦闘で既に魔力を使い果たしたのか、その機能は完全に停止してしまっている。

 魔導具の分析に関して言えば、僕はあまり明るくなかった。その種類は多岐に渡り、製造方法も秘匿される。文献や書籍にならないのが一般的だった。町外れの教会にそんなものが置いてあるはずもなく、知識に触れられる機会は平民には多くなかった。

「カグヤは魔導具の構造が分かるの?」

 僕は率直に訪ねる。

 薄紫の瞳は伏せられ、首を振るう。

「いえ、私もそんなに詳しいわけじゃないの。長く生きてる分、なんとなくの指向は見えるけど」

 片目だけを開けてカグヤは肩を竦める。

 半壊した街。都市部に繋がる大通りは、略奪に合い建物の損傷が目立つ。古く慎ましやかな商館の中で、僕らは明かりを灯して夜を過ごしていた。見張りとして僕とカグヤが起きて火の番をする。寝息を立てるみんなの邪魔をしないよう、囁いた。

「魔物たちが魔導具を使いだしたというのは、本当なのかな」

「……恐らくはそういうことでしょうね。でなきゃ私が大ゴブリンに遅れをとるはずないわ」

 僕は彼女の言葉に顎を引く。あの一瞬で、僕らのパーティは瓦解してしまった。

 カグヤはその様子を見て口を開けた。

「あ、いや、別に負け惜しみじゃなくて! 違う、負けたわけじゃないけど!」

 声の大きさからか寝返りをうったルリを振り返り、カグヤは慌てて口を噤んだ。僕は調子外れな彼女を見つめて、指を組んだ両手を握りしめた。

 あの瞬間、僕も同時に前に出るべきだった。カグヤの腕を疑っているわけではないが、彼女自身の危険を顧みない行為に甘えてしまっているような気がしていた。カグヤに何かあってからでは手遅れなのだ。

 旅を描く冒険譚では、勇ましく果敢に魔物との戦闘が描かれることが多い剣士職。彼らは等しく身を挺して仲間を守り、傷を負いながらも前衛としての役割を担う。肉弾戦を嬉々として受け入れ、仲間のために骨を折ることが常であった。魔法が使えなかったり体力に強い自信があったりと、都合のいい属性ばかりが彼らには割り当てられている。

 だがそれは真っ当な勇ましさだと言えるだろうか。戦士の多くは生身に傷を負った者が大半で、実際にギルドの冒険者たちも例外ではない。一部を欠損した者や心に傷を負った者など、目に見えていないだけで他の仲間を庇い命を落とした者もいたはずだ。

「……なによ」

 きまずそうに発した彼女の言葉が、燃え滾る炎の中に吸い込まれていった。ここまで来た彼女の着る鎧は、傷のついていない箇所がないように思える。それだけ怪我のリスクを背負い、僕らの前に立ってきた証だ。名誉の負傷だとカグヤは笑うかもしれないが、それに無心で笑い返すことなど、僕にはできない。

「……なんでも、ない」

 訝しむカグヤは腕組みをして僕を睨む。

「はっきりしないわね」

 焚き火が割れる音がした。隙間風に吹かれ炎が揺れる。

 もうすっかり冬だ。毛布の中に体を埋める。ルリの魔法がなくても白い息が上がった。

「私、聞きたいことがあるわ」

 カグヤは自分の剣を確認しながら言う。刃こぼれ一つない緋色を反射する剣。

 ギルドの救助が来るまで生き残った冒険者や町人を保護し、僕らは旅路を一時休止していた。専用の渡り鳥を使い、魔法印を持たせて飛ばしたが、救援が来るのは早くても数日後だろう。その間に逃げたゴブリンたちが戻ってくるかもしれない。その時のために僕らがいる。

「……聞きたいこと?」

「魔道士、私はあなたのこと、まだあんまり知らないの」

 焚き火の中を覗いていた僕は、そう呼ばれたことで目線を上げる。魔道士。どうしてみんな、その名前で呼ぶのか。

「僕のこと……?」

 カグヤは軽く頷いて前かがみになり、僕へ視線を送った。

「そう。あなた、随分子どもっぽくないというか、達観しているというか……まあ要するに、変ってことね」

 興味が沸いた子どものように問いかける彼女。人のことは言えないが、なんともちぐはぐな見た目だ。

「変……か……。昔から、よく言われてきたよ……」

 ルールエの郊外。教会のある町。街道もない草原の中、日が昇って、沈んで、それを繰り返すだけの景色。部屋に籠って積み上がる本を読み耽った。それさえあれば、何もいらなかったんだ。

「教えてくれる? 魔道士のこと。私が語ったように、あなたにも旅を始めた理由があるはずよ」

 カグヤは鼻の頭を赤くしながら告げる。

 ブレストを破った後、街を占拠していたゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように撤退していった。結界が消え、大通りを抑えたカグヤたちは、生き残った冒険者や町人たちを救うために動いた。魔物は日々凶悪になりつつある。国を滅ぼした事例も、風の噂で聞くようになった。平和を失い、傷だらけとなった生存者たち。復活の兆しは強くなる一方だった。

 組んだ指を、僕はもう一度力強く握りしめる。

 彼女は、カーリアと同じだ。

 それなのに……僕はいまだに……。


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