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星の屑から  作者: えすてい
第4章 あの雷を追いかけて
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第12節 現れた疾雷1


 氷の中に閉ざされた空間。僕とルリは互いに目配せしながら魔法を唱える。

 ルリが気付かず氷漬けにしてしまった人は、おそらくこの街にやってきた冒険者の一人に違いない。剝ぎ取られて装備こそ身に着けていなかったが、いくらかの魔法の痕跡が体に染みついていた。ただの市民が魔法をかけられる機会はそうそうない。

 僕は氷の外にうろつく魔物の影を視界に入れる。ゴブリンの集団が町を襲ったのは数週間前。ギルドは兼ねてよりの方法で冒険者をこの街に送り込んだ。大ゴブリンや呪術ゴブリンを率いるゴブリンの群れは、街を蹂躙した後もここを占拠してしまったようだ。通りがかる商人や冒険者を襲い、大群に係る一時的な食欲や色欲を補っていたのだろう。農耕や牧畜を放棄した彼らの思考回路は、専ら略奪と殺戮にしか働くことはなかった。大きな街だったこともあり、それなりの人間と備蓄を好き放題してきたゴブリンたち。そろそろ移動を考えてもよさそうな頃合いだったが、この集団は杓子定規に測れない特異性があった。

 当初、ギルドが見積もっていたゴブリン集団に対する討伐難度は五級。これは冒険者たちが個では対処できない困難な依頼だということ明示していた。協力や連携のとれるパーティの構築が必須で、魔法職や聖職が控える重層的な役割が求められる。ハイド運河はこの地方の主要な幹線であり生命線。多額の報奨金がかけられ、数多くの冒険者が集められたことが想像できる。

 男の表情筋がぴくりと動いた。

 ルリはそれに気付くと、強く声をかける。

「おい、しっかりしろ」

 彼女の言葉に呼応するかのように、冒険者の男はゆっくりと目を開けた。

「気が付きましたか?」

 僕は次いで尋ねる。

 氷の膜に覆われた僕らの頭上から、淡い光が差し込む。びくともしない氷に辟易したのか、ゴブリンたちの攻撃は止んでいた。大ゴブリンたちの無惨な死骸と破壊された街並み、そして冒険者たちだと思われる死体の数々。

 はっと我に返った冒険者の男は、痛みに悶えながら顔を歪めた。胸を抑えて大きく深呼吸する彼の様子を、ルリが寂しげな目で見つめている。

 僕らがこの依頼を受注した時、その難度は当初よりも数段跳ね上がっていた。それもそのはずだ。ゴブリンたちの統率は今までギルドが認めてきたものを遥かに超えていたのだから。

「……みんなは……?」

 彷徨うような視線と小さなうわ言。彼が死体の山を一目見て、眉根を寄せた。ゴブリンの集団を屠るには数を揃える必要がある。だからこうして彼らは徒党を組んで街へと向かった。だが想定は裏切られ、狡猾なゴブリンたちの新たな罠として彼らは再利用された。

 おかしな点は他にもあった。魔法の気配が感じられないほどの精密な魔力制御。そんなものがゴブリンの手中にあるとはとても考えられなかった。

 治癒の魔法を男にかけて、僕とルリは作戦を練ることにした。焦って飛び出してはさっきの二の舞いだ。カグヤたちなら大丈夫。そう信じるしか他はない。

「ルリはどう思う? ここのゴブリンたち」

 彼女は純度の高いガラス器を弾いたように、凛とした声で答える。

「どんな魔法でも多少の魔力の残滓は見つかるだろう……それさえも見えないとなると、あとはスキルか」

 僕も概ね同意見だ。魔力や魔法を介さず魔法使いと渡り合う術。それはスキル以外にはない。コブリンが魔力を探知できない魔法を唱えることができるようになったとしたら、とんでもない脅威となりえる。彼らの凶暴性は折り紙付きだ。そんな奴らに隠密性を持たせてはならない。何としてでも、根源を絶ち、絶対に討伐すべきだ。

 逸る気持ちを抑えながら、僕は治癒に専念する。氷で凍てつく心臓の治療は、細心の注意が必要だった。

 だが、僕らの推論は突き崩されてしまう。

 冒険者の男は小さく言った。

「あいつらの脅威は、スキルじゃない」

 掠れる彼の声に僕らは耳をそばだてた。

「ゴブリンのスキル持ちは特異個体だけ……奴らは必ず、特徴となる装束や、目立つ印を付けたがる」

 彼らに文明を築くという高度な知能はない。本能による縄張り意識や帰属意識を持ちあわせるだけだ。仲間内でより強い個体を見出した時のみ、彼らはその差異に意味を見出し始める。強いものに従うことは自らの利益だと知っているからこそ、それらを特別扱いし崇拝の対象とは見なす。

 しかし、今回に限ってそんなゴブリンは見当たらなかった。いればすぐに見分けがつくはずだ。屈強な体や魔力の高低は個体差の範囲内。僕らの疑っている能力持ちの存在は、この街にはいないことになる。

 では一体、この不可思議な事象は何なのか。僕らは彼の言葉を待った。

「魔物の野郎ども……誰に施しを受けたのかはしらねえが……魔導具の使い方を覚えやがった」

 僕とルリは同時に顔を上げる。

 そして弾かれたように、防護魔法を展開した。氷壁を穿つ衝撃が氷の空間に穴を開け、破片が僕の真横を散っていく。砕かれた氷が粉塵となり空を舞い、光の差し込む形が露わとなって、斜めに道筋を作った。

 ルリの魔法を破壊するほどの高質量が、影を縫うように聳え立つ。


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