第11節 魔族の意地3
カノンの防護魔法は万能ではない。攻撃と同時に、その効果は極端に薄くなる。避けるための防御として使うならまだしも、相打ち覚悟の攻撃では防御効果は半減してしまいかねない。
素早い動きのメアムを焼き尽くすため、ラガルートは広域の火炎をぶつけてくる。メアムに攻撃の意思があれば、彼女の体はただでは済まない。
「メアムさん!」
口の端を持ち上げたメアム。
カノンの声を聞きながら、自信満々にそっとつぶやく。
「逃げられませんわよ。私たちはもう、ふたりきりですもの」
身を引いて喉元から火を吐き出そうとしたラガルートは、翼を広げようと翼膜を張る。
しかし、ラガルートの巨体がピタリと止まった。背中を覆う両翼も、思うように動かせていない。
カノンは驚きの声を上げる。
「何が……」
「あれはメアムのスキルだ」
気が付くと、そこには焼け焦げた体を投げ出した満身創痍のバドの姿があった。魔力を感じない彼の隠匿術にも驚きながら、カノンは耳を傾ける。
「メアムのスキル、"ふたりきり"は絶対に敵を逃がさない」
困惑するラガルートは正面から来るメアムに向き直り、喉の奥に溜め込んだ炎の塊を一気に吐き出す。閃光がカノンたちの目を焼き、空を染める。轟音とともに地面が弾けとんだ。赤々と融解した岩が蒸発し、空気をねじ曲げて蜃気楼を生む。抉り取られた禍々しい破壊痕が、亜竜の異常性を示唆していた。
ラガルートは焼けた喉の奥から血反吐を吐く。威力も凄まじいが、代償も遥かに大きいようだ。
刹那、空気を裂く音が聞こえた。紫色の血液に汚れた顎の下。鋭い光が乱舞するように散り散りになった。爆炎を潜り抜けたメアムが、手にした短刀を鮮やかな手捌きで操る。内側から火傷した喉を、今度は外側から切り刻み、生々しい傷跡がめくれ上がり零れ落ちていく。
怯み、首を仰け反らせるラガルートだったが、またしても体の動きが鈍くなる。メアムとの距離を取ろうと懸命に体を動かすも、ラガルートの背中にある見えない壁がそれを遮った。
バドはせせら笑いながら続ける。
「メアムが決めた距離から、互いは離れることができなくなるのさ」
ふわりと体を浮かせるメアム。両足を折り畳み、体を丸め込む。空中に存在するはずのない足場。メアムはスキルでそれを作り出す。自分と相手の中間地点を中心とする球体を作り出し、お互いの行動をその中だけに制限する。相手はそれを知覚することができないし、球体の範囲もメアム次第で調整可能だった。制限された空間の端を利用し、力いっぱい両足で境界線を踏み込んだ。圧縮された筋繊維が勢いよく伸ばされる。両手で握りしめた刃。動きの鈍いラガルートの喉元に向けて、メアムは飛び込んだ。
健脚の勢いがものの見事に鱗を貫き、咽喉を引き裂く。傷口から夥しい量の血液が溢れ、亜竜はついに地に伏せる。呻く竜の鳴き声は、人間の声量を遥かに下回るほど小さくなった。地面に押し付けられた黄土色の巨体。
その隣で、むくりと起き上がる血塗られた猫の耳。流す尻尾。細い瞳孔が、横たわる亜竜を見下ろした。
体を痙攣させていた魔物は、やがてはたと動かなくなった。