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星の屑から  作者: えすてい
第1章 自由と代償

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第12節 光と狂人

 

「よかった、間に合った」

 全速力で発信元の魔力を辿りここまで来た。助けを求めたのはこの女性か。見たことがある。

 たしかクィーラという名前で、初めてギルドに訪れた時、出会った人だ。

 肩や脇腹から多量に出血しており、唇も白い。見るからに危険な状態だ。

 僕は周囲を見回す。

 あたり一面の木々が真ん中で綺麗に斬られていた。傷付いた敵と血の跡が痛々しいほどに続いている。血まみれになりながらも戦い続けたようだ。

「どう……して……」

 消え入りそうな声を絞り出して、クィーラは口を開く。

 僕はできるだけ柔らかい声で返事をした。

「助けに来ました、もう大丈夫ですよ」

 彼女は力一杯、最後の悲鳴を上げる。

「だめ……にげて――」

 そのまま意識を手放してしまった彼女。

 出血が酷い、早く治療しなければ。

 僕は魔力探知の範囲を広げ索敵を行った。光の粒が舞い、僕の周りを照らす。

 敵は二体。だが一人は瀕死だ。裂けた木の裏で倒れている。もう一体は、目の前の人型をした何か。どす黒く変色し、筋肉が異常に発達した生物。

 なんだあれは。

 強化魔法の類いではない。恐らく薬物による過剰な筋力増強だ。膨れ上がった肉質が浮き出た血管を押し出す。もとは人間だったのか、面影は皆無に等しい。

「すぐに、終わらせるので」

 意識を失ったクィーラに告げて、怪物を前に右手をかざす。

 掌に魔力が集まり、淡い光を帯びる。光は徐々に強くなり、森を包み込んだ。

 化け物は強い光を警戒したのか、腕を顔の前に持ってくる。腕に受けた傷から、浅く血が滲んでいた。

 僕の影はさらに縮み、光の中に溶けだす。余波を受けた枝葉がざわざわと揺れ始める。漏れ出る光は、木々や葉を抜け、夜空に差し込む。

 警戒を続けていた巨大な化け物だったが、痺れを切らし大地を蹴って走り出した。猛スピードでこちらに向かってくる。

 小さな僕たちを叩き潰すため、大きな腕を振り上げた。

 振るわれたその腕は、大木のような太さだ。

 こんなものを彼女は相手にしていたのか。

 森の至るところで引きちぎられた木々が転がっていた。この化け物から必死に逃げて、彼女はここまで生き延びたのだろう。追い立て、虐げ、嬲り、せせら笑う。

 この道程には、下劣で極悪な感情がまき散らされていた。か細い希望を求め、必死にもがき戦った人間を、残酷なまでに冒涜し愚弄する。憂懼、戦慄、悚然、暗澹。すべての黒い感情が彼女の内側から溢れ出た。流れた血液と感情は止めどなく、生命と心を溶かし尽くす。声にならない悲鳴を上げ続け、最後の最後まで彼女は戦い続けた。

 僕はそんな彼女に振りかざされた暴力を、無慈悲な巨悪を、絶対に許しはしない。

 集まった掌の光が眩いばかりに輝きだし、刹那、世界から色が消える。

 振り上げた拳が振り下ろされた瞬間、化け物が驚いたような気がした。

「―――無色の光(ロゼスリヒト)

 色の消えた森が遅れて音を立て始める。衝撃波に打ち付けられ、森全体が揺れた。

 光は掌から飛び出し無限に輝く。森林の一部が蒸発し、大きな穴を作る。

 放たれた光に触れた化け物は影すら残らなかった。色の戻った世界から、跡形もなく消え去っていた。

 辺りには光の残滓がフワフワと浮かび上がり、星と溶けるように夜空へと消えていく。

 この森で彼女を怖がらせる者は、もういない。

 僕はすぐさま彼女に駆け寄った。

 風の通り道となった森の空洞に静かな魔力が漂う。

 急いでクィーラに治癒の魔法を唱え、傷口を塞いだ。増血はやったことないが、あれこれ考えている暇はない。理論は頭に入っている。

 蒼白のクィーラは冷たい石像の様だった。

 複数の医療魔法を用い、命を紡ぐ。経験の少ない救急治療に、全神経を注いだ。

 森は再び、淡い光に包まれていった。




 ■■◇■■




 誰かが私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 お兄様? でもとても幼い声に聞こえる。

 誰でしょうか、私を必死に呼ぶのは。


 ゆっくりと瞼を開けると、そこには煌めく夜空のような瞳が覗き込んでいた。

「良かった! クィーラさん、具合はどうですか? 痛いところはありませんか?

  ―――聞こえてます?」

 虚ろな頭をはっきりさせるため額に手をあてる。

 ………私、どうして――――。

 そして全て思い出した。

 そうだ! あの狂人は!?

 がばっと勢いよく起き上がると同時に、覗き込んでいた彼の頭と衝突してしまった。

「いたたた………」

 クィーラはすかさず僕の肩に触れ、謝罪をする。

「す、すみません!」

「いえ、大丈夫ですよ。元気そうで……良かったです」

 彼は苦笑しながら鼻を抑えている。

 どうやら思い切り頭突きをかましてしまったようだ。

 申し訳ないことをしてしまった。

 いや、そんなことより。

「あの狂人は!?」

 少年は私の瞳を覗き込むと、返事をする。

「狂人……大きな化け物のことですか? あれはやっつけましたよ。ここはもう安全です」

 わたしはその言葉に絶句する。

 信じられません……彼が?

 だけど、それが嘘なら私はこうして生きていませんし――。

「あれ? 傷が―――?」

 クィーラは体をあちこち触る。

 痛みは消えて何事も無かったかのような状態だ。

「出血が酷く危なかったですが、全て治しました」

 少年の目が私を映す。

 彼は何を言っているのだろう、治した?

「もう一度尋ねますが、ぶつけた頭以外に痛いところはありませんか?」

 笑って答える彼を見て、全身の力が抜けてしまう。

 魔力も生命力も尽き、死の淵で私は戦った。痛みと恐怖で凍った頭を必死に動かし、懸命に、足掻いて、戦った。生きる為に。

 恐ろしさの過ぎ去った心の隙間に、ひたすらな安堵がなだれ込んでくるようだった。

 まだ私は生きていられるの……?

 自分の問いかけが、胸に木霊した。

 あの時思い描いた絵空事を、叶えることができる。

 誰かと共に歩み、支えあい、笑いあう。

 安心すると、気が付いたら泣き出していた。

 怖かった。

 本当に、孤独に死んでしまうかと思った。私の夢は叶わないんだと思った。

 怖くて悲しくて悔しくて、自分の至らなさや不甲斐なさが憎くて仕方なかった。

 どうして私は、と自分を責めた。

 だけど、生きている。それが堪らなく嬉しい。嬉しくて、また涙が出る。

 少年が強張った手で、優しく頭を撫でてくれた。

「大丈夫、大丈夫ですよ。よく一人で生き抜きました」

 彼に縋って私は泣き続けた。

 生きているというその事実が、ただ嬉しかった。

 私、諦めなかったよ。


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