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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第11節 魔族の意地2


「バド! キリがないですわ!」

 脇差しよりも短いナイフを振りかぶり、襲いくるゴブリンの頸動脈を掻き切ったメアム。鮮血が吹き上がり、地面を赤く染める。体をバネのように使い飛び退いた彼女は、通りすがりにもう一匹のゴブリンの首を切り落とす。

 黒い体を強張らせてバドは声を上げた。

「耐えろ! ヒトの子らが陽動を買ってでた! こっちはエルフの耳を援護するぞ!」

 羽に取り付けられた金属の刃を、彼は大きく広げて振り回した。鋭い音でねじ切られるようにして、回りを囲む複数のゴブリンの体が二つに裂かれる。

「もう少し時間を下さい!」

 カノンは両手で魔法結界に触れて叫ぶ。波紋を押し広げ、彼女の魔力が結界を伝う。中の様子がぼんやりと見えた。どうやら姉は魔物との戦闘を既に終わらせたようだ。カノンは集中して魔法の解析を続ける。問題はメアムとバドがどれだけ持ちこたえられるかだ。戦場は均衡を保っていたが、ゴブリンの数が底を見せない。解除が間に合わなかった場合、二人と自分の身を守りながら戦い続けることは不可能だった。

 カノンの心配を予見していたかのように、突如、足元から振動が伝わった。振り返って戦況を見渡す。メアムとバドが背中を守る中、彼らの視線の先を追う。巨大な顎から覗く牙が艶めき、黄土色の鱗模様が体全体を覆い尽くす。手足は太く、人間など軽く押し潰してしまうほどの流麗な体つきを、しっかりと支えていた。首に繋がる鎖を引く大ゴブリンたち。彼らは希に、凶悪な魔物を使役することがあった。家畜としてではなく、戦略の一部、武器として。

 黄色い目玉がカノンたちを捉える。腹をすかせ血肉に飢えた暴食の魔物。見た目は翼竜に似ているが、翼は退化し空を飛ぶことはできない。鎖が外され枷が解ける。踏み出した大地が割れて、空中に跳び上がった。翼竜とは別の進化を遂げた亜竜の一種。"地面を這い裂く者(ラガルート)"

 跳躍と同時に鋭い爪をバドに向けて叩き下ろす。破砕する大地と、空をも揺るがす轟音。もうもうと立ち込める土煙。巻き添えを恐れゴブリンたちは各所に散らばる。叩き潰した肉の手応えを感じなかったラガルートは、頭上を見上げ空の獲物を瞳に収めた。

 羽に取り付けていた刃を咄嗟に外し、すんでのところで回避したバド。軽やかな翼を広げ渋面を作る。

「亜竜種だと……聞いてないぞ、こんなもの」

 口内をあけたラガルートは、強靭な牙の隙間から白い煙を吐き出す。火の粉が舞い、バドの両目に緋色の炎が映る。発火と同時に打ち出される紅蓮の熱魔法。魔力による赤熱がバドに向かって煌々と瞬いた。

 焦がれる皮膚の表面が、ちりちりと痛みを返してくる。

「バド!」

 メアムが叫ぶ。駆け寄るために走り出した彼女を、ラガルートの大きな目玉が居竦ませる。睨み付けられて足を止めたメアムは、間一髪で直撃を免れたバドに視線を向けた。

 翼を折り畳み、灼けた一部を庇うように地面に降り立つ。痛みに膝をついてバドは声を漏らす。

「魔法も使えるのか……」

 震撼する鱗が素早く動く。細い瞳孔に意志が宿り、再び空気を揺らした。落とした獲物を仕留めようと、ラガルートは四肢を伸ばし襲いかかった。轟く叫び。舗装された石畳の破片が飛び散り、荒廃した街に痛々しい爪痕を残す。メアムも駆け出すが、どう足掻いても間に合わない。

 彼女が瞬きを忘れるほどの速度で足を動かした時だった。背後で軽快な音が鳴る。笛の旋律。魔物の咆哮に毅然と相対する凛とした響き。音は街の隅々まで行き渡り、体の芯にじんわりと染み込んでいくようだ。

 ラガルートの鋭爪がバドに命中する直前、軌道が逸れる。彼の回りに漂う半透明の魔方陣。解析の手を離し、笛を触媒に魔法を唱えたカノン。風の魔法に遮られたラガルートの一撃は、その強固さを証明するかの如く、繰り返し打ち付けられる。しかし、カノンの魔法が壊されることはなかった。

 大きな顎を開き、魔方陣に食らい付くラガルート。

「カノン様! 私にも魔法をお願いしますわ!」

 メアムは振り返りカノンに叫んだ。

 祈りの姿勢をとったままカノンは言い淀む。

「ですが、二人同時は……」

「バドは大丈夫ですわ! さあ、早く!」

 説明もないままメアムは走り出す。カグヤに劣らない素早い身のこなし。考える暇もなく、カノンはバドを覆う魔法を解いた。分厚い殻のような空気が溢れ、荒い風が吹く。

 重い足取りで後退するバドに、容赦ない大きな牙が待ちに待った血濡れを喜ぶように迫った。そして再び、がちりとラガルートの顎が止まる。

 大顎の正面、バドが肝を冷やしながら失笑した。ラガルートはまたしても見えない壁に阻まれ、それ以上先に進むことができないでいた。カノンは笛を吹き直しながら目を張る。

 亜竜といえど竜の一種だ。その攻撃を食い止めるには相応の魔力がいる。メアムに魔法を唱えながら、カノンは二人に視線を巡らせた。

 短刀を逆手持ちに変えて、装具の隙間から出る長い尻尾を波打たせる。

 高い跳躍。

 悠にラガルートの体長を越えたメアムは、体重を乗せて短刀の切っ先を肩の付け根に突き刺した。紫色の体液が流れる。呻き声を上げた亜竜が目を剥く。

 一撃の後、ラガルートの背中を蹴り、再び跳んだメアム。軽やかに回転する猫耳と尻尾。空中で身を翻しながら、今度は着地と同時に後ろ足の甲を刺し貫く。亜竜の流す飛沫が孤を描き、大胆ながらも繊細なメアムの動きに尾を引いた。

「すごい……」

 見事な空戦を披露した一連の動き。カノンは驚かされてぽつりと呟いた。

 長い手足と鍛えぬかれた身体が織り成す、悠々自適な軽業の数々。硬い鱗の隙間をつき、柔らかな皮肉を裂いていく。振り回す尾や翼膜を避けながら、傷を増やし続ける。

 猫目族は他の魔族や人間と違い、体についた筋繊維の質が桁違いだった。臀部から太ももにかけての筋肉が大きく発達し、加速と跳躍に本領を預けている。体全体をしなやかに使うため、軽く、そして丈夫な筋肉を備え持った種族。

 パーティを想定した討伐難度四級の亜竜を、単独かつ細やかな武具のみで圧倒していく彼女は、一騎打ちの性能だけみれば姉にも敵う素養があるかもしれない。

 カノンは魔法を唱えながら笛を握りしめた。敵が強大であればあるほど軽い体は好機を生む。ラガルートはメアムにとってこれ以上ない格好の的だった。

 波打つ鱗を逆立たせて、ラガルートが口を開く。魔法の発動とともに、灼熱の炎が広範囲を焼き払った。カノンの魔法に守られたメアムは、熱を振り払うように煙幕から抜け出し駆ける。熱風が大地を焦がし、離れていたカノンの頬に熱を伝えた。

 踏み込んだ次の一撃で、致命傷を与えてみせる。鬼気迫るメアムの殺気が、ラガルートの本能に生命の火事場を想起させた。向かっていくメアムと、喉を膨らませるラガルート。

 カノンは心の中で叫んだ。

 まずい。


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