第11節 魔族の意地1
体が重い。剣戟が相手に響かない。
「はあぁぁぁッ!」
勢いよく剣を振り抜くが、分厚い鉄板がそれを阻む。武器が激しくぶつかり合い、甲高い音を立てた。纏わりつくような気だるい感覚。辺りを覆う密閉された空間。張り付いてくる異様な空気の渦を、私の肌が敏感に察知した。魔力がなくとも、身に振りかかった魔法の気配は私にもそれとなく感じとることができる。弱体化の結界を張られてしまった。それもちょっとやそっとじゃ壊れない高位のもの。カノンでも破るのに時間がかかるだろう。なんとなく、そんな気がした。
対峙した体の大きな魔物の影が聳える。鉄の壁を両腕に持つ大きなゴブリン。私の一撃をいともたやすく防ぎ止め、悠然とこちらを見下ろす。単体だけ見れば、大ゴブリンなんか討伐難度七級でもいいくらいだ。粗削りで乱暴な得物を振り回す姿が一般的だが、今日の相手はひと味、いや、ふた味も違う。
迫りくる鉄の壁が頭上から落ちてくる。見上げた私は、すかさず剣をかざした。体を押し潰す重圧。剣から伝わる衝撃。足元の地面がその余波を受けて亀裂を生む。大ゴブリンの雄叫びがさらなる力を呼び寄せる。受け止めた剣の上から、体重を越える重さがのしかかる。
弱々しい視線。垂れ下がった鎖のその先。傷つき蹲った女性がこちらを見ている。囮として使われた自分への懺悔と、救援が押し潰されていく絶望。私は握った手に力を込める。
こんな窮地、なんともない。なに、勝手に諦めてんのよ。
瞳の色を変えながら、全身に力を巡らせた。鮮やかな藤色が空気を染め上げる。私たちを分断して各個撃破するつもりだろうけど、所詮ゴブリンたちの浅知恵に過ぎない。双肩には既に計り知れないほどの重さがのしかかっていた。幼い体では、到底支えられない大ゴブリンの巨重。私は目線だけを動かして振り返る。
半透明の結界から見えた、外の情報。魔道士とルリの姿はない。解析を進めるカノンと魔族の二人組。押し寄せるゴブリンの群れを対処することで、手一杯の様子だった。
私は地面につきそうになる膝をすっくと伸ばす。曲げていた肘をゆっくりと持ち上げた。抑えていたはずの力に押し負け始め、大ゴブリンの表情が変化する。浮き上がる両腕の鉄盾。釈然としない力の変革。まるで抗えない、沸き上がる旋風。
紫の閃光が尾を引き、漂う無数の煌めきに大地が遅れて揺らめいた。衝撃で両腕が弾かれた大ゴブリンは、そのまま後方に巨体を押し倒される。背中から転倒し地響きを立て、腰に巻いていた装備が地面を削った。
剣を持ち直し、私は構えを作る。右半身を前に出し切っ先を敵の足元に向けた。我流魔人剣、蛇の太刀。ひ弱なゴブリンの瞳が私を見上げる。無駄な抵抗をしたせいで、恐怖を浴びることになった。哀れな魔物だ。
骨の砕ける音とともに、大地が爆ぜる。金属の大盾は切り刻まれ形を失う。すりつぶされて変形した肉塊。滴る液体と、破壊された装備品たち。
薄紫を帯びた剣を軽く振る。遅れて聞こえてきた無様な崩潰の音。私はすっと息を吐いて剣に触れた。
背後で死骸となった大ゴブリンが血を撒く。前回の魔神と戦った時に気が付いた魔物たちの異変。刻々と魔王の復活が近付き、その勢いを増長させている。私は振り返ると、盾の残骸を蹴散らした。彼らの成長速度には目を張るものがある。今日勝てた相手に、明日勝てるか分からない。
だがその規模はあまりにも加速し過ぎている。私は砕け散った破片の中から、とあるものを探した。魔力の分からない私にとって、これほど煩わしい作業はない。ほどなくすると、似つかわしくない宝石のようなものが見つかった。割れた水晶玉の如く、くすんだ透明度。
蛇の太刀は目標を正確に打ち砕き、残った外殻を悉く叩き壊す。硬い皮膚に覆われた魔物や、弱点を内包する魔物に効果的な型だ。狙い通り、仕掛けは盾の中に存在していた。
拾い上げて怪しく光る物体を見つめる。
……やっぱりこれは……。
紫色の瞳に苦々しく映し出すと、カグヤその魔導具の欠片をひしと握りつぶした。




