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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第10節 偲ぶ過去の記憶

 

 星空が弾けたように見えた。

 そのことだけが、今でもはっきりと思い出せる。

 

 木刀で腹を強烈に突かれ、体をくの字に曲げながら外に叩き出された。胃の中の物が全部出そうになるのを堪え、激痛の広がる腹部をおさえる。

 初夏。日差しの高くなる毎日に、胸を高鳴らせた少年期は終わった。釣鐘型の大きな花弁が茎をしならせ、項垂(うなだ)れたような格好で風に揺れる。広い軒先の下、肩で息する父親の姿。眉間に寄った皺が深く刻まれていた。自分もいつかあんな風になるのだろうか。現実逃避のように浮かんだ自身の考えは、父親の放った言葉に掻き消える。

「恥を知れ、愚か者。貴様は破門と言い渡したはずだ。今さら戻ってきて、恥の上塗りでもする気か?」

 澄んだ青空とは対照的な陰険な雰囲気。絶ってしまったものは二度と戻らないのだろうか。歯を食いしばって立ち上がる。痛みに耐えながら告げた。

「久々に会ったと思ったらこれか……冗談じゃない。父上、前と何も変わらないんだな……」

 乾いた喉から出た悪態。情けないと感じながらも、言い返さずにはいられなかった。

 父はそんな私に一喝する。

「貴様がそんな腑抜けに育つとは……情けない。ご先祖様に面目が立たん」

 高い日の光に照らし出される頭が、不吉な感覚を巡らせていた。この親父のことがずっと気に食わなかった。だからこの家を出て、一人で生きてきた。

 海に囲まれ大陸から隔絶されたこの島国を、人々はアシハラと呼んだ。資源の乏しかった辺境のこの国は、慎ましくも自分たちだけの文明を作り上げ、太陽神を奉り独自の文化を育んだ。政府は外国との交流を禁じていたが、闇市から横流しされる海外製の品物を見かけることは多々あった。海の向こうにはどんな世界が広がっているのか、誰かの自慢話を聞きながら、小さい頃は期待に胸を膨らませた。いつかこの島国を出て、広い世界を見てみたい、と。

 あぁ、まただ、この感じ。

 父親の顔を見つめながら思う。この感覚は私だけのものなのだろうか。愚弄する言葉の数々を受けながら、不思議な感覚に支配され何もできなかった。哀れな身内に対する浅薄な勇敢さを証明するために、せっかくこの家を訪れたというのに。

 父親は島を治める皇帝の元護衛役で、引退後は刀の流派を教え広めるため道場を建てた。幼い日から刀を習っていた私も、流派存続のために父から厳しい修行を強いられた。血反吐を吐かされるような殺伐とした日々。冷酷な父から放たれる無数の罵詈雑言。腕を折られ足を折られ、それでもいつか報われる日がくると信じて鍛錬を積んだ。だが、父は拙い後継ついに認めることはなかった。力無き者に割く時間はない、そう告げられ呆気なく破門を言い渡される。もっとも、成長の見られない己に嫌気が差していたのは、自分も同じだった。

 家を出て放浪の身となり、あちこちを転々としては途方に暮れるあてのない旅をした。自由を約束された人生に解き放たれた喜びと、無秩序に生きることへの虚しさが同時に押し寄せ、芯の伴わない不格好な大人へと成長を遂げた。

 刀の腕もそれほど熟達はしなかった。根無し草の傭兵に身を置きながら、死体剥ぎばかりしていた自分には、どんな武器も似つかわしくないように思えた。だがある時、その力は突然現れた。背筋がぐっと掴まれるような、逼迫した感覚が脳内を駆け巡る。最初は何かの病気だと思い込んでいたが、戦いに身を投じていく中で、不思議とこの感覚の意味することが分かるようになってきた。

「……話を聞け……その内ここで悪いことが起こる。尋常じゃない……本当だ。だから、どこかに避難した方がいい」

 告げる口が自分のものじゃないような気がしてくる。当たり前だ。こんなことを言うのは初めてなのだから。自分でも笑ってしまうほどに根拠のない空想。そう吐き捨てられているような軽蔑の眼差し。

 手についた砂利が滑り落ちる。端を発したこの帰還が、久々に家の重圧を思い出させた。そうか、もう帰る場所なんてないんだ。

「己の技すらものにできぬ貴様に、とんだ戯言を吐かれたものだ。二度と姿を見せるな」

 翻った父はそう言い放ち、奥へと消えた。傷む腹を抑えて瞳を伏せる。わざわざ食らったのは、無駄骨だった。この家に戻ってきたことでさえ、意味のあるものだとは到底思えなかった。

 膝を伸ばし唾を吐く。物陰から使用人たちがヒソヒソとこちらを見ては、軽薄な噂話を広めていた。私は懐の刀を抜き、彼らを睨みつける。ひっ、と声を上げた彼らに向けて刀を振るう。当然、距離のある使用人たちに刃が当たることはない。だが、振り終わった後の彼らの表情は、まるで雲でも見ていたかのような呆けた顔となっていた。私は彼らの横をすり抜けて言う。

「ご苦労さま」

 どこかの客人と誤解したのか、深く頭を下げた使用人たちは、それが誰だったか思い出せなくなっていた。

 宿った力もう一つ。芯の伴わない者には、手に余る力だった。

 

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