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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第9節 風来坊

 

 咄嗟に腰のポーチに手を突っ込み、手探りで見つけ出した。片手で収まるほどの小さな結晶。白濁とした何かが、中に閉じ込められている。腕を振り上げて地面に叩きつけると、音ともに亀裂が生じた。結晶から勢いよく白煙が立ち込め、辺りを満たしていく。自分の姿も見えなくなるほどの煙を浴びて、両目を薄く閉じる。

「げほっげほっ!」

 思わず咳き込んだが、腕で口元を覆い隠し音を()し殺す。息継ぎもそのままに、すぐさま駆け出してその場を離れる。足を止めている暇はなかった。

 ずしん、と地響きが背後から迫る。カラカラに乾いた煙が洞窟の中に充満していく。堀当てた鉱石が袋の中で揺さぶられ、背中を強く叩いた。足場の悪い岩の床が揺れ動き、重心がずれて体勢を崩す。瞬間、震えるような空気の圧力がすぐ後ろを通り過ぎた。

「ひぃっ!」

 洞窟内が振動し鍾乳洞にできた石柱が落ちてくる。反響した音が頭に響き、焦りをさらに生む。背後からの攻撃を避けられたが、その安堵に浸る間もなく立ち上がった。岩にぶつけた膝がわんわんと痛みを訴える。それでも夢中で煙の中を走り抜けた。右腕に嵌め込んだコンパスの出口を指し示す印が薄く光る。砕けた岩石の奥、岩壁を削りながら侵入者を襲う洞窟の守護者。

「やば……」

 巨大なハサミを振り上げて、容赦のない一撃をもう一度俺の背中に向けて叩き落とす。破砕した岩が飛び散り煙が霧散する。(もや)がかった視界が鮮明になり煙水晶の効果が消える。突き刺さったハサミを持ち上げ、小さな目玉を動かし残骸を探す。しかし、守護者は柔らかく潰れた肉体を捉えることはできなかった。

 キラキラと光る宝石の入った袋が、散り散りになって地面に埋もれていた。足音が響く。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 せっかくかき集めた指折りの鉱物を手放し、男は出口目指して逃げ出していた。止まっていた洞窟の揺れも再び動き出した。あいつが来る。

 外へ通じる道の先に光が見えた。ポーチの中の魔導具を手触りで確認し、腕を振って水溜まりを踏みつける。振り切れるはずもない恐怖から、絡めとられそうな足を強引に動かす。洞窟の外に出ると、馬を止めて待っていた相棒。こちらを一目見て状況を察したのか、すぐに顔を顰める。

「逃げるぞ! 馬は置いていけ!!」

 叫んだと同時に右手で魔導具を取り出す。起動させようとした瞬間、光が瞬いて体中を水が覆った。背後からきた衝撃に指先の力が弛んでしまう。

「うわっ!」

 手にしていた魔導具が水で吹き飛ばされる。再び地面に押し倒され、水の流れに体をさらわれた。鳥の精霊を召喚して空中から逃げる算段だったが、頼りの魔導具は既に手に届くところにない。探している時間はなかった。奴はすぐそこまで来ている。相棒に助け起こされ、急いで留め縄を切る。手綱を握りしめて飛び乗ると、馬の腹を踵で蹴った。

 洞窟から出てきたのは青白く巨大な甲殻類の魔物。大きな二つのハサミと、背中を覆う硬い皮膚。内側から短く伸びた黒っぽい目が、世話しない動きで獲物を探す。

「いくよ!!」

 相棒の声と同時に走り出した馬。体重を預け、二人は岩礁目立つ砂浜に出る。直後、複数ある節足がこちらを向いた。差し出されたハサミに魔力が溜まる。凄まじい音とともに解き放たれた魔法。打ち出された水は、泡を連ねて一直線に飛んだ。馬を横に逸らせ重い大地を踏み込ませる。尻尾のすぐ後ろを水の飛沫が掠めとった。

 巨体に似合わない迅速な動きだ。魔物の目玉が取り逃がした獲物を即座に追いかける。歯軋りに似た不快な鳴き声をあげ、岩を脚で蹴り飛ばしながら距離を縮める。障害物はない。追跡を振りきる万策も尽きた。次、魔法による射撃を放たれれば終わる。

 荒い馬上で大きく揺れる頭を使い、相棒が助かる術をすべて洗い出す。水平線が霞む。もう手遅れだと分かっていた。それでもここに来たことを後悔してしまう。冒険者として長年やってきた勘が告げていた。今度こそ助からない。報酬に目が眩んでこんな場所に来るべきじゃなかった。魔物の依頼が増えていることは明白だったじゃないか。後悔に後ろ髪惹かれる走馬灯の中に、今やるべきことがありありと浮かんできた。

 ……できることなら、こいつだけでも逃がさないと。諦めと少しの勇気が結びつき、即決を頭が下す。魔物だって馬鹿じゃない。逃げられた獲物の見た目や匂いを記憶している。腹が立っているなら、その恨みをぶつけさせてやろうじゃないか。目を魔物に向け、自分だけに注意を引き付けようと馬の手綱を引き絞った時だった。

 隣をいく相棒の馬も同刻に減速し始める。砂が舞い、馬が嘶く。互いの目が合うと、思わず叫んだ。

「馬鹿! 止まるな! 逃げろ!」

「あ、あんたこそ逃げなさいよ!」

 どうしようもなく、彼女は最期まで相棒だった。だからこそ、こんなところまでこいつと来られたんだ。妙なところで意気投合した喜びも束の間、二人の前に凶悪な魔物が迫った。

 人体を優に越えるハサミを広げ、視界のほとんどを埋める。潮風と生臭い匂いが、鼻につく。覚悟を決めた人間というのは、どうしようもなく諦めもいいようだ。真っ二つにされる自分たちが想像できないまま、ただただ己の運命を受け入れるのみだった。

 風の通る音が過る。荒れ狂う嵐のような苛烈さはなく、草原を撫でる、ゆったりとした風。黒い長髪を一纏めにした後ろ姿。異国色漂う奇抜な服装。

 いつの間にいたのだろうか。魔物と二人の間に、その男が立っていた。楽に構えたその姿勢。言葉にならない威圧感が、立ち姿に潜む。

「見事でござった! 互いの助けたいという気持ち、拙者もしかと見届けた!」

 後ろを振り向かずにその声は続ける。

「胸を張れ……あ、いや……誇るべき仲間……違うな……まぁいい、とにかく、見事であった!」

 軽い調子の声の主は、再び二人の視界から消える。目の前の景色を黒く塗りつぶすハサミ。あっという間に覆われた影に、二人は目を瞑って冥界の門を想像する。大地が震え、もう一度風が吹いた。

 少しの静寂、大きな衝撃はそれきりだった。いつまでも来ない死の宣告に耐え兼ね、目を開く。そこには、白い砂浜に倒れ込む魔物の姿があった。甲殻を下にひっくり返った魔物は、口から吹きこぼれた泡を滴らせる。

 刺し傷は一つ。硬い殻の隙間に差し込まれ、青白い体液が流れ出ていた。深い傷には思えず、相棒と顔を見合わせる。

 何がどうなっているんだ。突然息絶えた魔物に驚愕し、二人は馬に乗ったまま動けずにいた。風に揺られるあの長い黒髪。

 そして、人ならざる力。



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