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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第8節 器用に、執拗に、堅実に、1

 

「すごいな………」

 目をしばたたかせたルリは呟く。眼前に横たえる巨大な川。下流へ向かって真っすぐに伸びた堤防が、視界の先でぐねりと歪んで曲線を描く。整備された幅の広い河川。多くの停泊する船。伝うように発展した大きな街が見えてきた。

「蒸気船なんて久しぶり

 カノンが腕で伸びしながら告げる。ルリは好奇心に目を光らせ尋ねた。

「こっちではこれが普通なのか?」

 運河の反対側、向こう岸にも街並みが見える。乗ってきた船よりも大きな蒸気船が川の上に佇んでいた。アコマー湾に繋がる人工の河川。ハイド運河は大陸における重要な交易路だ。

 東西に広く流れる川を改築し、幾分か昔に交通機関として船渡しが始まった。川は人や物の運搬にとても役立つ。海のない内陸部でも船の技術が培われるのはそのためだ。長い時間をかけて主要な交易路となった運河は、この地域一帯を結ぶ架け橋となっていた。

「ハイド運河は特別なんですよ。川幅が広いので大きな船が通ることができます。蒸気船が活躍するのはこの川と海だけですね」

 カノンの言葉にルリは頷いて見せる。アルディアにはこのような運河はまだないだろう。霊峰を隔てた先は大きく文化が異なると聞いていたが、まさかこんな発展を遂げているとは思わなかった。

 僕は運河沿いに立てられた看板が目に入る。そういえば、と思い出したように気兼ねなく尋ねた。

「彼は本当にエルフィンに来たの?」

 カノンが"彼"という曖昧な僕の問いかけを、看板に向けた視線から察する。エルフィンとは、エルフたちが住んでいた都のことだ。一瞬躊躇ったかのように言葉を飲み込むカノン。長い紫髪を振り回すようにカグヤが割って入る。

「来たわよ……よーく覚えてるわ」

 うんざりしながら告げる彼女の様子は、たっぷりと含みをもたせた物言いだった。

 ゆっくりと岸に船体をつけ停止する。上流から下ってきた僕らは下船して陸に足をつけた。この運河につけられた名前の由来、それはその建設に最も寄与した人物からとられたものだ。ハイド運河は長く広く様々な地域を横断する。一介の街や国が、一朝一夕で完成させることはできない。地域に根差した支店を持ち、信頼の厚い機関。そして資本力や実現力を待ち得る存在。それらの条件を独占し(ほしいまま)にしているのは、今も昔も冒険者ギルドだけだろう。

 中でもいち早くこの運河建設を提案したのが、"ハイドラ"と呼ばれた冒険者だった。今日、世界各地で活躍している冒険者の頂点、ギルド初の一等級冒険者。記録にはそう残されている。彼は大陸のありとあらゆる場所を巡っており、大陸の大まかな地図も彼の著書を参考に作られていた。彼の冒険への好奇心は計り知れず、その対象はエルフィンも例外ではなかった。

「ただの好色男よ。みんな彼を毛嫌いしていたわ。エルフはヒト族に比べて美形が多いだとかなんとか……はあ、ヒト族はあの男の話、みんな好きね」

 目を細めた彼女はじっと僕の顔を見る。

「すごく……破天荒な方でした……」

 カノンにとっても、あまりいい思い出ではなかったようだ。あのハイドラが好色とは、二人がそう言うのだから、嘘ではないだろう。僕の思い描いていた人物像と少し違う。だがそれも仕方のないことかもしれない。冒険者ハイドラは百年も前の人物で誰もが知る歴史の偉人だ。ヒト族に出会えばこの話は避けて通れない。彼と同じ時代に生きていること自体、人間からからすれば奇跡のようなことだった。

 バドがその会話に水を差す。

「歓談中悪いんだが、早速お出ましのようだ」

 彼の翼が大きく左右に展開していく。羽ばたくと同時に強い風を地面に吹き付ける。運河に停泊中の船は岸に繋がれたまま動かない。僕らが乗ってきた船以外に、航行する船はなかった。

 石畳が整備され建物も立派で頑丈そうな、相当裕福な暮らしぶりが連想される運河沿いの街。そんな大きな街に、今は人の気配がまったくしない。殺気を帯びた息遣いが至るところから僕らを見る。ギルドから受けた依頼は三等級の魔物の討伐。三等級というのは、小国の軍事力に匹敵する脅威だ。

 僕らの真っ直ぐ先に、一人の女性が倒れているのが見えた。服が引き裂かれ、痣まみれ。暴行を受けた婦女子。その隣には緑色の肌に筋骨隆々な体、人間の数倍はある大きな魔物が鎖を握って立っていた。人を家畜のように繋ぎ、首に巻き付いた鎖を引いて、女性を無理やり引き摺って見せた。

 醜悪な顔、毛髪のない頭部、独特な装束。ゴブリンと呼ばれる魔物。魔物の中でも一際知能が高く、道具を使い独自の言語による意思疎通方法を図る。人間との差異は、その狂暴性にあった。種族を違えば見境なく襲い、命を、食糧を、尊厳を奪う。

「助け……て……」

 女性が手を伸ばし助けを請う。さっきまでの空気が一変して凍りつく。真っ先に飛び出したのはカグヤだった。剣を既に抜刀し、高速でゴブリンに近付いた。

 ニヤリと笑った緑色の顔は、瞳孔が小さく薄気味悪い。手にした鎖を離し、背負っていた鉄の板を持ち出すと、両腕に嵌め込み前腕を押し出した。ぶつかり合った鉄板がカグヤの剣の動きを留める。

「……っ!」

 鉄の壁となったゴブリンの盾。剣を握り直したカグヤは後ろに飛び退いた。

「みんな気を付けて! こいつら、変よ!」

 叫んだカグヤの表情が青白く変色する。僕らが魔法を唱えるよりも早く、半球状の大きな魔力がカグヤとゴブリンを包み込んだ。離れた僕らとカグヤとの間に、結界が張られてしまう。薄気味悪い笑い声が周囲から迫った。


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