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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第7節 怪異と鋼の翼

 

 監視所の上空、大きな影が横切った。

 

 鳴り響く地鳴りとともに、王都に大穴が出現する。

 

 森林が赤く燃え、中から発光体が揺れ動いた。

 

 以下、被害地域から発見された破損手記を解読。

 なお、著者の身元と死亡は確認済み。



 ■■◇■■



 レイ=オズモンド オルガン監視所の衛兵。


 最初は雲だと思った。しかしあれは違うものだった。あんな風に留まる雲は見たことがない。どうやって浮いているのか、そもそもあれは何なのか。皆困惑していた。

 

 翌日、兵の中に謎の高熱を出す者が現れる。物資不足の私たちに薬はない。原因不明な衛兵たちの体の不調。私はあの雲の存在が気掛かりだった。すっぽりと監視所を包み込んで動かない。大きく、奇妙な雲。

 

 さらに翌日、私も体の具合が悪くなってきた。頭痛と吐き気に続き、幻聴まで聞こえてくる。他の者も同様の症状が認められた。井戸水を患者に配りながら張り付いた雲を見つめる。雲はただ、私たちを見下ろすだけだった。

 

 翌日、調査を続けていた魔法使いが言う。監視所一帯にわずかな魔力の流れがあるようだ。これを好機だと捉えた私たちは、満を持して雲に刺激を与えることにした。この不調があの雲の魔力によるものであれば、解決のための糸口が掴めるかもしれない。高く飛ばした矢では届かなかったので、魔法を用いて天高く攻撃を加える。命中した箇所が揺らいで見えた。しかし、それ以上の変化はなかった。雲は少しだけ空を侵食し、大きくなったように見える。国に遣いを送り、指示を待つことにした。

 

 翌日、じんわりと流れる汗が不快感を増す。発熱が強まると、意識が朦朧としてくる。初めての死者が出た。病に侵された衛兵が、今朝には冷たくなっていたそうだ。暗いどんよりとしたこの砦に、もう健康な者はいなかった。また、聞こえてきた。耳鳴りのような囁きが。頭が痛い。明日には国からの連絡が来るだろう。

 

 翌日、今日は三人死んだ。ケイト、お前と飲む酒が一番うまかった。喉が乾いた私が井戸に辿り着いた時、私の親友は倒れていた。すでに脈はない。暗い雲を睨みつけて私は意を決する。あれをどうにかしなくては私たちは死ぬ。騎士長に迎撃の準備を促し、震える体を引きずって矢を構えた。私たちの反撃は虚しく、何の意味も為さなかった。

 

 翌日、死者はさらに増える。原因不明の病気だと怯え逃亡する者も数人出た。士気は低下し、墓を作る気力もない。嘔吐を繰り返しては水を飲む。何故か喉が渇く。私はあの謎の雲を知るべく情報をかき集めた。魔術師は寝床でしきりに呟く。こんな魔法は聞いたことがない。あれは、新種の魔物ではないのか。


 翌日、国から遣いが来た。不愉快な幻聴と重なりながら国の伝令を聞く。監視所の有様を見て、その遣いは撤退を命じた。私はその判断に心の底から安心する。今日は深く眠ることができそうだ。既に監視所の人数は半分を切っていた。

 すぐに私たちは監視所を後にする。この悪夢は一体何だったというのか。発見されていない奇病、敵国からの攻撃、魔物の襲撃。考え挙げればキリがなかった。とにかく、今はこの幻聴を何とかしたい。呼んでいるんだ。私のことを。いや私だけではない。水が欲しい。


 翌日、私たちは監視所に戻ってきた。分からない。何故戻ってきたのか。気が付けば夜のうちに監視所の全員が、夢遊病のようにこの場所へと帰ってきていたのだ。いや、最初から遣いなど来ていなかったのかもしれない。分からない。現実と幻覚の区別がつかない。頭痛が酷く、思考する余裕などなかった。

 埋められなかった親友が立ち上がってこちらを見ている。

 ああ、これは夢だ。

 でなければ、死者が動くなんてことはありえない。

 苦しい、喉が、渇いた―――。




 ■■◇■■




 コルティ=フラン ソフラム帝国 公爵夫人。



 地震が起きた後、市街地の中央に大きな穴が開いた。直接お祖父様が見に来られ、その穴はすぐに塞がれる。正しくは塞がれたんじゃなくて、門が建設されて出入りの制限を設けただけ。地震の亀裂でできた穴なら塞ぐだけでいいのに、何故あんなものを作ったりしたんだろう。

 好奇心がそそられた私は祖父の秘密を暴くため、封鎖された現場を見に行った。亀裂の入った周辺は許可のない立ち入りが禁止されていた。お気に入りだった菓子店も跡形なくなっている。お祖父様の命によって作られた、厳重な石の壁が聳え立つ。

 これはもう只の被災地ではない。中にある何かを、意図的に隠しているのだ。表向きは公爵家としての調査だったが、国王であるお祖父様には話を通していない。無断侵入がバレると不味いが、こんなものを隠している方がよっぽどだろう。あのおとぼけのお祖父様の隙に付け入り、玉座を奪うこともできるかもしれない。

 重い鉄扉を押し開けて私は中に入った。冷えた空気が張りつめ、しんと静まり返る。暗がりに目が慣れてくると、大穴はすぐ目の前に広がっていた。魔力が上手く操れない。恐らく禁呪の結界が張られている。触れてはいけない、ということなのだろうか。固い地面に手をついた私は空洞の先を見つめた。どこまで繋がっているかわからない大穴は、大きな屋敷を一飲みしてしまいそうなほど巨大だ。

 人が落ちて…まったら大変なのは理解できた。しかし厳重が過ぎる、素直にそう感じた。魔法が使えないな…調査は続行できない。私は苦々しくも引き返すことにした。魔法で自動的に書記してくれる魔導具も、こ…なときには役に立つ。だが禁呪の効果で…だいに動かなくなってきてい…。なるべく早くここから出よう。

 ……なに、今の音。気のせい、じゃない……大穴から音が響…てくる。不…い不味い不味い、穴から、何かが来てる……! 開けて開…て開けて。え、まってよ。なんで。さっきまで護衛の騎…が護っていた鉄の扉…、硬く閉じ…れ鍵までかけられている。門が開かない……? お祖父様、そ…にいるの? …うして!? 叫ぶ声…交じって無数……足音が聞こえてくる。開け…ください! お願いします…ら!! ……王位簒奪? 私そ…なこと考えて……!

 ひいぃ…ぃッ!! 大きな虫!

 いや! ……や! こな………。

 魔法…つ…えない…こっち来な…で!!

 おねが…おねがい! いた………ゃあ…あっ!!

 やだ……めて………が…………あぇ…………ろぉ…………。



 

 ■■◇■■




 ディーノ=マルタ ソノ村 村長。



 見たことのない魔物が溢れだしていた。森は焼かれ村と家族は引き裂かれてしまう。もう我らに生きる希望はない。この手記を読んだ者に未来を託す。

 森が赤々と焼き尽くされた時、彼らは現れた。二つの脚と手をもつ炎の魔物。燃え盛る頭部に目鼻口はなく、煌々と我らを見つめる意思のない瞳。大きさは人と変わらないが、個体差もない。全て均一の形と動作。透明な生命の色。

 真っ直ぐに村へ来た彼らの数は凡そ百。家畜や家屋には興味を持たず、ただ人を襲う。人間を焼き払うことを目的としているようだった。何故私が残らなかったのだろうか。村に必要なのは高齢の長ではない。未来ある若人たちのはずだった。私は選択を誤ってしまった。脚を焼かれ目を焼かれ家族と散り散りになり、そうまでして生き残った私にできる唯一の報い。これを誰かに読んでもらう。それが




 ■■◇■■




「以上が該当区域に残された手記(データ)の内容です」

 炭になった家屋の欠片が足元に転がる。焦げた後が大地に点々と足跡を連ねていた。

 ノイズ混じりの声から返答があった。鋼の装甲に身を纏った人物は、無機質な瞳を動かさず応える。

「いえ、あれは自動書記なので、発見したのは巣穴ではなく夫人の自宅です」

 通信が再び入り鋼の装甲は黙り込んだ。やや間をあけて言い返す。

「まさか。どこも周辺地域は滅んでいます。ソフラムは王都ごと、すでに存在していません」

 機械的な音が途切れる。風にのった灰が散っていく。焼け野原となったこの一帯には、元々ソノと呼ばれる美しい森があった。崩れ落ちる炭化した植物を見るに、事が起きたのは数週間前といったところだろうか。

 誠意をもって返事をする。

「……承知いたしました。必ずやご期待に添えます」

 大地に踏み込んだ鋼のふくらはぎが開く。そこから熱が放射され、一気に体を上空まで押し上げた。折り畳まれた両脚部と腕部。側面から翼が生え揃い、推進力を得た鋼の装甲は一瞬で加速していく。空気抵抗を減らした流線型の形が、沈み行く日の光を爛々と反射した。


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