第6節 接触2
近付く二人は、体の引き締まった女性と背の高い男性。
「お困りのようですわね、エルフの耳さん」
最初に語りかけてきたのはショートカットの女性。腰に差した短剣と、胸元のあいた衣服。ここまでは人間と対した違いはない。だが彼女には僕の持っていない特徴があった。頭に生やした大きな獣の耳、臀部から伸びる尻尾。そして縦長の瞳孔をした瞳。
彼女は尻尾をくねらせながら、まっすぐに僕らを見つめる。長い耳をピクリと動かし、カグヤは振り返る。カウンターを降りて逆に尋ねた。
「………珍しいわね、猫目族に出会えるなんて。まあ、私たちが言うのも変だけど。あなたたち、どこから?」
救われた受付嬢が、背もたれに深く体重を預けてぐったりとする。
猫の目を持つ彼女は、不敵に笑いながら答えた。
「ヒルデシアから来ましたわ。……さすがはエルフ。猫目族なんて呼ばれ方、久しぶりですわ」
「あれ? もう猫目族って呼ばないのかしら? 私たちがいた頃は、亜人って蔑称だったから……」
考えながらカノンと目配せするカグヤ、それを聞いて腕を組んだ猫目の女性は告げる。
「古い人たちは多少気にされますが、私たちくらいで気にかける方はいませんわ」
「そうだったのね。魔族もちょっとは変わったってことかしら。……それにしてもヒルデシアか、懐かしい名前ね。洞窟の大蛇退治で行ったっきりよ」
「あら、ご存じで? あそこは今、ちょっとした観光地になっていますわ」
なんだか楽しそうなローカル話を繰り広げる二人。僕とルリは肩透かしを食らったように立ち尽くす。人混みから出てきた彼女は、魔族だった。猫の特徴をした猫目族。魔族の中にも分類がたくさんある。その内の一つ。
「申し遅れましたが、私、メアムと申しますわ。そしてもう一人……」
後ろでずっと同じように立っていた男。メアムと目を合わせると、軽く会釈して告げる。
「バドだ。メアム、懐かしい話はあとでいい。すまないな、人間の子どもらよ」
バドと名乗った男は背中の羽を軽く動かす。黒い彼の皮膚と同じ、黒翼。魔王国領に限らず北の大地には、魔族と呼称される種族が住んでいた。魔族の中で最も数の多い人種が"亜人族"。彼らは身体の一部に魔物の特徴を宿している。彼らがどうしてそんな身体的特徴を持っているのか、因果関係は解明されておらず、全身が無機物でできた亜人族もいるのだとか。魔族の存在が目立つのには理由があった。それは、魔王の存在が最も大きいと言えるだろう。
魔王国との戦争は世界に大きな爪痕を残し、今に至っても各国は魔物の恐怖に怯えている。国によっては魔族の立ち入りを禁止し、見つけ次第処刑も辞さないという国もあるほどだ。
中央都市国家ロキやリベクスト王国が属するアルディア地方ではその傾向が強い。故にカグヤたちは活動の幅をあまり広くしていなかった。魔族というだけで疎まれる地域が存在するのは、何だか複雑な気持ちがした。
北のジョルム地方では民間の交流が活発で、魔族と人間が交易をしていると噂に聞く。この辺りでも魔族に関しての規制は特にないらしい。彼らが堂々としているのがそのいい例だ。
こほん、と咳払いしたメアムは告げる。
「それで、依頼を受けられなくて困っているようですが、私たちがパーティに入ってもよろしくてよ」
さっきちらりと見た分厚い注意書には、条件を満たせない冒険者たちへの特例措置も書いてあった。六人以上のパーティになると、参加する条件が強く緩和される仕組みがあった。これはご都合主義にも思えるが、正当な理由がある。ギルドとしては、難易度の高い依頼は中々処理ができず、収益も入ってこない。未消化の依頼は早めに攻略してもらいたいが、冒険者にも死んでほしくない。その折衷案として出されたのが、なんとも馬鹿らしいがこの特例措置だ。難度の高い依頼には大人数で挑め。単純で明快な低級冒険者の救済ともいえるだろうか。
兎に角、メアムたちがパーティに加わるなら、三級の依頼は受注可能だ。僕らは彼女たちを受け入れることにした。短期間でも別のチームと手を組むことはギルドではよくあることだ。それに相手は魔族。魔王国の情報を教えてくれるかもしれない。
カグヤと受付係が話をまとめている間、僕はメアムとバドの体を失礼のない程度に見ていた。未知との遭遇だ。感心していた僕。だが不意に袖を引かれた。ルリがいつにもまして、不安げな顔を見せている。僕は不思議に思って彼女に近付く。最近、彼女のわずかな表情の差を見極めることができて、ちょっと嬉しかったりする。ルリは偽りの腕を作ったままだった。
僕は告げる。
「ルリ、どうしたの? それはもう―――」
平静を装った彼女が僕の顔を一瞬だけ見た。その瞳は、警戒一色だ。口を閉じた僕に、マントの下から本物の腕を見せる。ぽっ、と光ったかと思うと、文字が浮かび上がった。まさか、メアムたちは僕らに何か隠している? 彼らは僕らの旅に仇なす存在だとでもいうのだろうか。魔族を送り込むとは人間の国では考えられない。ヤミレスでも教王国でもないなら何なんだ。彼らが魔族だということは、ひょっとして魔王国からの刺客……?!
光った文字を読む。そこには。
『私は、魔族が、苦手だ』
……は?
僕は思わずルリの顔を見る。じっと見つめる切実な表情。冗談には見えない。亜人族の耳はいいかもしれない。僕はこっそり文字で返事する。
『怖いってこと?』
不安に覆われた彼女の青い瞳が揺れた。浅く顎を引いてルリが頷くと、僕の中の何かが砕ける。必要に駆られて膝をつき頭を抱えた。何ごとかと思えば、そんなことか。
……いやでも、他の人種を避けることは本能的な種の保存に繋がっているのかもしれない。自然淘汰の中で同じような姿形でも、競合する他種族を滅ぼす生物だっているだろう。彼女はそれを、濃く感じやすい、ということなのかも。
……だがまぁ。それはそれとして。僕は声を潜めてルリに尋ねた。
「もしかして、カグヤたちも?」
極小さな動きだったが、彼女は唇を微かに震わせた。ルリが言い淀んだ、その事実に僕は震撼する。人差し指と親指を曲げて小さくその程度を示すと、彼女は静かに告げた。
「……ほんの、ちょっぴり」
僕が反応に困り言葉を探していると、突然首を突っ込んできたカグヤが尋ねる。
「呼んだかしら?」
僕は驚き飛び退く。跳ねる心臓。
……やっぱり魔族は、耳がいい。