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星の屑から  作者: えすてい
第1章 自由と代償

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第11節 窮地と死力

 

 散々森の中を追い回された後、左肩を矢で貫かれ、衝撃で倒れこむ。

「ぐあ……ッ!」

 拍手と同時に暗い木の陰から姿を現したローブの男。その後ろから狂人がゆっくりとついてくる。

「最後までよく、命を投げ出さずに逃げ続けました! ああ、なんて素晴らしいんだ!!」

 激痛と恐怖で体中がガクガク震え、呼吸もうまくできない。

「ッは―――ッは――――」

 情けなかった。

 ローブ男の笑い声が耳にこびりつく。

 弱い自分を克服するため、自立するため、小さな時から魔法を学び、人の役に立ちたいと願った。貴族の令嬢としての生き方よりも、兄のような自由な生き方に憧れて鍛錬に励んだ。

 でも、私の祈りは虚しく叶わなかった。

「うっ――――ううっ――――」

 実力も伴わず、お転婆な生活を続けた私。敵の前でボロボロ泣きじゃくる惨めな存在。

 私は、何のためにこんなことを――――。




 ■■◇■■




「ほら、こっちだ」

 兄に連れられて、いつだったか森に来たことがある

 幼い私は暗くて不気味な森の中、虫や獣が恐ろしくて泣いてばかりだった。兄に手を引かれながら私はべそをかき、木の根や石に躓かないよう懸命に歩いた。

 浅い小川を渡り、大きな滝を仰ぎ見て、深い渓谷を覗き込んだ。

 その壮大で優美な景色に圧倒され始めると、初めは怖かった森が段々綺麗に輝いて見え始めた。背の高い木から零れ落ちる日の光や、澄んだ空気。植物の香り、低く轟く水の音。

 全てが新鮮で、これが冒険なんだとドキドキした。

「登るかい?」

 兄が枝に足をかけながら振り返って問う。

「うん」

 普段ならなんでもない木に登ることさえ、私はどうしようもないほど魅力的に思えた。

「じゃあほら、掴まって」

 手を差し伸べた兄を見ずに、その登り方を真似て私は幹に触れる。

「……じぶんでやってみる」

 木の幹や枝はひんやりしていて気持ちがいい。所々についた苔が湿り気を帯びている。滑り落ちないように懸命に足をかけていくが、上手くいかず、なんども下に落ちてしまう。

 柔らかい手のひらに木くずや硬い跡が残る。短い足では思うような所に足を置けない。服についた葉っぱや土を払い、涙目になりながらも何度も挑戦した。

 結局、私は登れなかった。傷付いた衣服と手のひらに残った擦り傷。それが苦々しくも、私の得た物だった。

 そんな私を見下ろしながら、兄は私に手を差し伸べると、ぐいと木の上に引っ張り上げた。背中にしがみつき、どんどん登っていく。兄に揺られながら、私は目を閉じた。

 ついに高いところまで私たちは辿り着く。

 太い枝に座らされ、後ろから兄が肩を支える。恐る恐る私は閉じた瞼を上げた。

 高所から見る景色に私は目の色を変える。さっきまで居た場所の全体像がより鮮明になっていく。雄大な自然に包まれて鳥の声が近くで聞こえ、頭上の木漏れ日が星空のように眩しく瞬いていた。

 見下ろした木の根元。もがいていたあの場所は、とても遠くに見える。

「嬉しくないのか。いい眺めだ」

 涙を流す私に、兄は問いかけた。

 それに必死で私は答える。

「私、なんにもできなくて…………」

 兄におんぶにだっこされようやくここまでこれた。独りでは到底成し遂げられないことだ。周りは美しい景色だったが、私にはそれを享受する資格がないように思えた。

 兄は笑って告げる。

「そうか……でも、ここまでこれたじゃないか」

 なんでもないような言い方で兄は告げる。

 それが嫌で、私は言い返した。

「お兄様の手を借りないと、何もできないの……」

 不出来な自分を嫌いになりそうだった。

 私はずっと誰かの手を借りて生きていくの?

「そんなことはないよ、できないことなんかない。

 クィーラが登りたいと思ったから、登れたんだ」

 私を励ます声が緑の中に響いていく。兄の言葉と肩を掴む手が暖かかった。

 そうして兄は続ける。

「俺の手は関係ないよ」

 私たちの周りに神秘的な光が集まってきた。

 兄は殊更楽しそうに言う。

「ほら、高い木の上に集まる光る胞子だ。綺麗だろ? うんと高い木に登らないとこれ、見られないんだ」

 最後にもう一度、兄は告げる。

「クィーラが登りたいと思った。それが大事なんだ」

 幼い私は漂う光の中、神秘的な光景に見とれていた。木の上から見える景色を、ずっと眺めていたかった。

 諦めなければ、やがて理想は現実となる。




 ■■◇■■




 記憶の中の兄は、確かそう言っていた。

 できないことなんかない。

 ………そうか、そうでしたね。

 あの日、自分の力だけで生きていきたい。私はそう思ったんだ。どんなにつらい目にあっても、傷付いても、気持ちが挫けそうでも。やり遂げたいという想いさえあれば、信じて続けてさえいれば。

 できないことなんて、何もない。

 私はまだ、戦える。まだ、生きていたいから。生きて、強くなった私を、見ていて欲しいから。

 そしてお兄様のように、誰かに、手を差し伸べてあげられる程、強く―――。

「――――ああッ!」

 全力を込め、クィーラは右手で上体を起こす。

 木に縋りながら左足で何とか立ち上がり、幹に手をかけ寄りかかる。

 触れた幹は相変わらずひんやりと気持ちがいい。

 震えは止まり、呼吸もできている。

 出血が多く、頭がくらくらしていた。意識が微睡みに引っ張られそうになる。

 だが、寝ている場合ではない。

 私は、私には………やらなければいけないことがあるんだ!

 揺れる視界、ローブ男が嬉しそうに何かを言っているがぼんやりとしていて聞き取れない。

 必ずここから、生きのびないと。

 私は杖を構えると、錫杖の音で僅かな意識を保つ。

 もう限界はとうに超えていた。失血中の体はそこまで遠くへは行けない。ここで二人を撃退して、街道まで出る。そこでなら通りすがる人もいるはずだ。

 魔法が効かない狂人と、姿を消すローブ男。彼らの恐ろしさは私の世界を変えた。何が『こうみえて強い』だ。心の中で乾いた笑いが出る。

 生き残ると決めたからには、何が何でも負けるわけにはいかない。

 私は全てをぶつける覚悟を腹に決める。

 錫杖が音を鳴らし、二つの魔法を同時に展開した。

 ひりつく私の脳に、稲妻が走り出す。

 一つは棘の魔法の詠唱。

「射抜け、串刺(シュピーセ)!」

 クィーラの横に無数の針が並ぶ。

 前方の狂人に向けて、一斉にそれらが射出された。

 木や地面に横なぎの雨のような棘が突き刺さり、ところかまわず穴を穿つ。面での攻撃を避けるため、ローブ男は木々の後ろに隠れた。

 狂人は腕で顔を覆いながら、少しずつ近づいてくる。針は肉体を貫かず弾かれた後地面に落ちていく。

 こっちは展開したもう一つの魔法で対処する。

「償え、罰風(ヴィストラーフ)!」

 水平の薙ぎ払い。強力な風の魔法が、一帯の木々諸共を真っ二つに切断していく。先程出した魔法とは比にならないほど、広範囲。

 失う魔力の量に肺腑が崩れ落ちそうになるが、クィーラは歯を食いしばる。

 衝撃波とともに木や石が吹き飛ばされ、轟音が鳴り響く。地面が揺れ、踏ん張っていないと立っていられない。

 切断された木々の上半分は風に飛ばされ綺麗になくなった。クィーラの胸部より高い木は、全て切り落とされた。

 見晴らしの良くなった森の真ん中、怪物は未だに健在だった。

 鋼のような腕で風の魔法をしっかりと受け止め、尚も膝をつくことなく視線をこちらに向ける。

 防いだ両腕が薄く裂かれ、濁った血をだす。怒号をまき散らした狂人に、クィーラは歯噛みした。

 これを防ぐか………でも―――!

 狂人は怒り腕を振り上げ、鋭い魔力の刃を強引に叩き折ろうとした。

 しかし、私は刃に別の力を加える。魔力を操り、静止した魔法を無理やり動かす。

 推進力を失い消えるだけかと思われた刃が、突如として腕を傷付けた狂人の元を離れる。

 後退し始めた刃の動きに狂人の腕が一瞬止まった。

 緩慢だった動きは加速され、形を変容させる。刃は垂直に伸び始め、地面と空を繋ぐ線となった。高速で翻ると、速度を増して主人に向かう。

 迫り来る自分の魔法で自刃するつもりはない。

 これが私が選んだ、最期の足掻きだ。

 クィーラは横へ飛び、紙一重でこれを避ける。

 背中を預けていた木が縦に裂かれ、木片が飛び散った。花が開くように、左右に大木が分かれちぎれる。

 自傷するかと思われたその攻撃は、悲鳴と血飛沫を同時に上げさせた。

「――――がぁッ!?」

 魔法は木々を貫通し森の中へ消えていく。後ろに潜んでいた者を巻き込んで。

 クィーラは地面に伏せながら、悲鳴の聞こえた方を見る。そこには、左肩から先を失い、地面に倒れこむローブ男の姿があった。

 根元のあたりから裂け目が広がり、ミシミシと音を立てて木が左右に折れる。

 クィーラは揺れる視界に翻弄されつつ目を擦る。

 ローブ男の気配は常に消えたままだったが、それは攻撃が届いていない証左でもあった。広範囲切断の魔法を躱せたとしたら、男が隠れているのはクィーラの後ろか狂人の後ろだ。

 確率は二分の一だったが、わざわざ足を狙ったり森で追いかけっこを愉しむような輩だ。全てを出し尽くし呆然とした私の後ろで、嘲笑しながら出てきたかったのだろう。

 だが私はそこに賭けた。

 受けたことのない衝撃でローブ男は自失し、かすれた声を上げ続けていた。

 計画は上手くいった。私の読みどおりだった。

 ……だが、こちらも既に詰んでいた。

 考えられうる中で最大の威力の魔法を使い、全ての魔力を使い果たした。

 あの攻撃で倒せないのなら、もう手札がない。

 広範囲の風の魔法だけでも、意識が飛ぶような魔力量だ。怒る狂人を退けることは、もうできそうにない。

 今度こそ、あの大きな体躯を使って私の体はぺしゃんこにされるだろう。それとも、強靭な腕力で体をねじ切られるだろうか。

 ――――だけど。だけど、もう。どっちでもよかった。

 意識が―――保てない――――。

 クィーラは目を伏せて地面に体を預ける。朦朧とする夢見心地の中、様々なことを夢想した。

 あぁ、終わってしまった。私は、結局何者にもなれなかった。

 貴族としても中途半端な存在で、冒険者としても力の及ばない未熟者。

 ………お兄様は正しかったんだ。

 こんな実力しかない私に、思い上がった理想を抱かせたくなかったのだろう。それでも、認めて欲しかった。勉強もして、努力もした、私にとって尊い成果だったから。

 私はただ、旅をしてみたかっただけなんだ。

 世界を巡る壮大な旅を。

 行ったことのない場所へ、気の置けない仲間たちと。共に戦って、共にご飯を食べて、共に語り合って。喧嘩なんかもしたりしながら、時には別れもあるかもしれない。

 潮の匂いのする海や、吹雪の絶えない雪山、溶岩溢れる火山、いろんな場所を冒険したかった。

 子どもの頃、読み聞かせてもらった冒険者のお話。

 私は大勇者様のお話が好きだった。様々な苦難を仲間と乗り越え、宿敵の魔王を倒す。

 あんな冒険を、してみたかった。私も、あんな風になりたかった。

 あぁ寒い。死ぬってこんな感覚なのか。

 思ったよりも、痛くなくて良かったかもしれない。

 クィーラの脳裏に、ふと思い浮かんだ。

 ……いいなぁ、あの子。あの歳で自由に冒険者登録ができるなんて。

 ギルドで出会った少年の記憶が、クィーラの頭の中に鮮やかに思い起こされた。

 身なりは少し心配だったけど、これから立派な冒険者になるのかなぁ。希望に満ち溢れ、敵なんかいない、そんな凛々しい顔をしていた。聡く、信念を持った、強い瞳。

 うん、瞳がすごく綺麗だった。

 そう、まるで、こんな夜空みたいに――――。

 空が、近いような………えっ?


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