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星の屑から  作者: えすてい
第4章 あの雷を追いかけて
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第5節 飄零の女王1

 

 蒸気が吹き上がりピストンを押し出す。回転する車軸が勢いをつけて速度を上げた。大きく開いた焚口戸(たきぐちど)の中に石炭を詰めると、灼熱の突風が吹きすさび、機関室を満していく。煤にまみれた火夫たちは黒い汗を流しながら、懸命に山積みになった燃える石を運び入れた。強い揺れに堪え、放熱に身を焼き、歯車の一部となった彼らは繰り返し作業を続けた。

 どす黒い煙を空に撒きながら進む蒸気船。その船団の数は、凡そ五十隻にものぼる。人々は空を見上げると、埋め尽くされていく青空に声を漏らした。

「アーレイス様の飛空挺だ!」

「ついに始まるのか……!」

「おかあさん、すごいねぇ、あれ……」

 ペンタギアノ第二師団長、アーレイス率いる航空艦隊が、漂う雲の下をするりと抜ける。大陸西側、ケアノス海での任務を終えた彼女は、霊峰に向けて軍隊を動かし始めた。目標は祖竜教国、全速前進で舵を切る。

 紅茶を嗜んでいたアーレイスは、高い上空から聳える山々を見下ろす。

「初戦、とても、大切。緊張、してきた、わね?」

 単語の一つ一つを丁寧に区切りながら、長い髪の毛をうねらせてアーレイスは尋ねた。短い髪を刈り上げたノラウムは、隣の椅子に腰掛け同じように窓の下を眺めていた。

 大地に落とされた船の影。彼はアーレイスに答えた。

「貴方が緊張だなんて、縁遠い話だ」

 笑顔を崩さないまま小首を傾げる彼女は、私の言葉の意味を理解しているのかよく分からなかった。

 少しばかり揺れる船内、居心地悪そうにノラウムは彼女に訊く。

「アーレイス、貴方はいつからこれに乗っているんだ?」

 二人が乗船している空飛ぶ戦艦。巨大な図体が飛翔する様は、中々迫力がある。魔法と蒸気圧、そしてアーレイスのスキルによって巨大な船の集団は悠々と山脈を越えていく。ぽかんとしたまま彼女は指折り何か数え始める。会話のテンポが噛み合わないくらいの間が空いた。その後彼女は告げる。

「今日を、入れて、四十、と三日、かな? だけど、それが、どうか、した?」

 言葉を受けてノラウムは大きく息を吐き出した。

「私は乗り物が苦手でな……尊敬する……」

 一瞬驚いた顔をしたアーレイスは、また一拍空けるとクスクスと笑いだす。

「キューロ、戦役、から、変わら、ない、わね?」

 彼女の言葉にノラウムは懐かしさを覚える。心なしかアーレイスが微笑したように見えた。そのまま紅茶に口をつけた彼女は、睫毛を伏せて表情を元に戻す。

 彼女が何かを察知した。船員の一人が魔法による伝達を受け取ると、アーレイスに向かって叫ぶ。

「アーレイス様、来ます!」

 体重を感じさせず揺らぐように動くと、彼女は船員たちに指示を飛ばす。

「砲塔、準備、して。索敵、継続」

 船団の先頭が接敵を開始したようだ。破裂音がノラウムたちの乗る後衛まで聞こえてくる。

「早いな。まだ霊峰は抜けていないはずだ」

 ノラウムは肘掛を握りしめ告げた。標高が高くなり地面との距離が先ほどより近くなっている。危険な魔物が蔓延るこの高地に、敵が兵を置くとは考えにくかった。前を見つめたままアーレイスはその疑問に応える。

「森の、魔神、死んだ、から」

 ノラウムがその言葉の真意を問おうとした時、衝撃が船体を大きく揺さぶった。目を細めたアーレイスは船員に告げる。

「砲撃、開始。みんな、揚力、維持、して?」

 彼女の言葉と同時に重く響く振動。ブリッジから見えた、前方に撃ち出される砲弾。砲撃を始めた全艦の正面、ノラウムは同じく数十隻はある敵の艦隊を捉える。

「おいおい、教王国も飛空挺をもってるのか?!」

 声を投げ掛けた先には、既に誰もいなくなっていた。伝達魔法が艦全体に聞こえる。

『私が、出る。ノラウム、乗ってる、から―――』

 昔の記憶が脳裏に浮かぶ。……キューロ戦役か。一体いくつなんだ、アーレイス。

『―――絶対、落ち、ないで、ね?』

 たった一人で空に飛び出したアーレイス。

 彼女は揺蕩うように、舞い踊るように、宙に身を任せる。その姿を瞳に映しながら、ノラウムは慌ただしい船内でひっそりと物思いに耽る。あの頃の話ができる人間は、そう多くない。そして彼女は、そんな数少ない古い軍人でもあった。


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