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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第4節 瓶の中の雷鳴1

 

 海から流れてくる潮風に身を竦ませた。毛皮のついた襟元に首を埋め、ポケットの中で手を握りしめる。商船の積み荷を抱えた船員が横を通っていく。通り抜けた際に冷たい風が過って、俺はさらに身を縮こませる。

 ……ああ寒い、凍えてしまいそうだ。

 足音が背後から聞こえ、船員の一人が俺に告げた。

「船長、そろそろ積み荷を降ろし終えます」

 振り返り曖昧に返答する。己の商船を横目で見ながら、冬の海の風を感じた。

 桟橋(さんばし)の奥で火を燃やし体を温めている乗組員たち。暗い顔、無表情とも哀愁とも似つかない苦悶。彼らの身も心も、すでに憔悴しきっていた。冷たい海の運んできた、無情の現実。

「良く生き残れたな……」

 零した言葉が彼らに聞こえないように、そっと海の底へ吐き捨てた。かく言う自分自身でさえ、気が付けば悪夢にうなされ続けている。船乗りとして十年も海を渡り続けた俺は、憧れだった夢を今この瞬間手放そうとしていた。水平線に沈む夕日も、皆と飲む酒も、船上で過ごした日々も、危険と背中合わせで両立していることは分かっていた。

 船団は全部で十七隻あった。商会の組合に属し、海上での運搬を任されていた俺たちは、沿岸を進むこともあればアコマー湾に入り埠頭国との貿易をやり取りする場面もあった。取引先の多くは大商会で、一度の航海に入ってくる金は莫大だ。港町で潮風とともに育った俺は、ただ船が好きだからという理由で船乗りを目指した。高価なボトルシップを盗み、牢屋にぶち込まれ、泣いた父親から殴られたのを今でも覚えている。船が好きだった。

 巨大な帆を広げ自由自在に海上を行く様は、まるで大空に飛び立つ竜のように思えた。船が着けば人が立ち寄り、物見遊山にその船体を眺める。出航する時は、大勢の人が手を振って見送りに来てくれた。荒波を越え、希望と喜びを分かち合い、力を合わせて大海原をかける気持ちは、陸では得られない。船が大きくなればなるほどその想いは強く、年を重ねれば重ねるほどより激しくなっていった。

 だが今はどうだろうか。積み荷を降ろし終えると、普段なら帰港記念に盃を交わす。海上で起きた話を肴に大盛り上がりするはずだった。

 再び背後から足音が聞こえてくる。

「報告は聞いています。商館へお越しください……」

 顔の見知った商会の組合員が、俯いたまま小さく告げた。泣きはらした赤い目元。彼女の婚約者は……。

 俺は頭を振って歩き出した。考えても仕方がないことだ。

 海に出るということは、そういうことなんだ。


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