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星の屑から  作者: えすてい
第4章 あの雷を追いかけて
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第2節 浸る思い出

『パパ、おきて。ねぇパパ!』

 穏やかな波の音が心地よく、中々目を開けられないでいた。生ぬるく湿った空気に包まれ、揺蕩う海中に身を投げ出しているようだ。潮風に煽られた旗が否応なしに左右に振られる。それを眺めていられれば、それだけでよかった。

 海に引き摺り込まれるような感覚がして、驚き目を覚ます。ベッドから体を起こした男は荒い息を繰り返した。何度も訪れる悪夢に身も心も憔悴しきり、痩せ衰え骨ばった自分の体がまるで屍のようだった。荒れ狂う大海原の中、絶え間なく聞こえてくる悲鳴に、気が狂いそうになりながら手を伸ばす。水面の下に飲み込まれていくその声を、何度も見送らなければならなかった。

 乱暴に歩き出した男は机の上にあった酒瓶を手に持つと、一息にその残りを飲み干す。きついアルコールが脳内をさらに混濁とさせ、意識を保つので精一杯になり何も考えられなくなる。

 だがこれでいい。こうでなければならない。

 喪失感と恥辱の海に曝され続けるくらいなら、呆けたまま余生を過ごした方がマシだ。お前はこんな風になってしまった俺を見て、なんと情けないことか、と嘆くかもしれない。分かっている。居ても立っても居られない気持ちを静めるための免罪符に選んだのは、何も思考しないという愚かな行為だった。

 過ぎ去っていく年月の中から一際眩い彼女の笑顔を思い出す。いつのまにあんなに大きくなったのだろうか。消えゆくさざ波、もう戻ってはこない美しい日々。

『私、パパみたいな船乗りになるわ』

 水平線から顔を出した日の光がゆっくりと、穏やかな海面を照らし始めた。

 汚れた口ひげを手で拭うと、男はぼそりと呟く。

「……トレカ、ヨハン、すまない」

 海底に沈んだあの笑顔を想うと、何もかもが褪せていく。

 男は潮風で傷んだ机の上に、自らの拳を力一杯に振り下ろした。

 

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