表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
124/183

第1節 メインヒロイン!2


 宿屋の店主は既に一階の受付にはいなかった。そこに置かれた椅子をお借りして、私は話し始めた。

「ルリさんって、面白い方ですね」

「……はい、ルリは少し変わっているというか、ズレているというか……」

 魔道士と呼ばれた彼は恐る恐る自らの所見を口にした。身内を語る時の"申し訳なさ"を感じさせながら。私はそんな彼に共感してついクスリと笑ってしまう。

「お互い、大変ですね」

 なんだか取り入ってもらおうとするような下世話な言い方、そんな風に聞こえてしまったかもしれない。しかし彼はあまり気にした風もなく、笑ってそれに応えてくれた。

 到着が遅かったからか、日没はとっくに過ぎ窓のカーテンを透過して月の光が差し込んでいた。彼の魔法で足元が見えないなんてことはなかったが、昼間のような陽気な雰囲気もこの時間帯にはなかった。

「―――それで、なにか話があるんですか……?」

 早速、彼は尋ねてきた。

 純粋そうなその瞳を、私の方に向けて。

「ルリさんたちに着替えをさせてあげたくて……」

 膝の上に置いた両手を重ね、私は告げる。

「……ああ、そういうことですね。すいません、気が付きませんでした」

 そう答えた彼は私の衣服に視線を落とす。古い汚れや傷はあるものの、比較的綺麗な私の身なり。私の心配もしてくれているのだろうか。無理もない、誰だってそう思うのだから。

「私は大丈夫ですよ……ほら、魔法のせいか、あまり汚れないんです」

 袖を掴んで広く衣服を持ち上げた。細かいようだが、便利な特性を持ったものだ。

 彼は感心したように告げる。

「本当ですね……羨ましい限りです」

 そう言いながら自身のローブの汚さに苦笑した。私はそっと魔法をかけてあげる。淡く光った衣が、ほつれた糸同士を繋ぎ合わせ、破れた箇所の穴を塞いでいく。

 私は呟いた。

「高価なものですね……」

 魔法で編まれた糸はかなり目が荒く、破れやすい。庶民の使う安物はそれこそ冒険者向きではなかった。衣類は装備の中で生命に直結する。環境の激変する自然界での生活は、定住者には予想もできない過酷さが常に付きまとう。

 彼の纏う紺色のローブをじっと眺めた。手織りでキメ細かく、繊細な装飾が施されている。貴族が誂えたにしては丈夫過ぎるのではないだろうか。私は少しだけ疑問を覚えた。まるで紛争地帯を歩く者が特注したかのような、強力な防護の魔法がかけられている。この一着だけで屋敷が建つかもしれない。何故、こんなものが。

 ふいと彼の目を見つめる。私の言葉に少年はわずかながらはにかんで返す。

「貴族の方を助けた際に頂きました。僕には勿体ないくらいの代物です……」

 寒々とした空気が室内に入り込む。

 戦いで消耗した彼の衣。

「……あの、ありがとうございます」

 私は首を振って謝辞に応えた。

 そろそろ、上も終わる頃だろうか。




 ■■◇■■




 青い色の瞳、肩まで伸ばした髪の毛を払うと、ルリは人差し指を回し魔法を唱える。発生させた少量の水を浮かび上がらせ、髪を覆う。薄いベールに包まれた水色の毛髪が、根元からせり上がる水圧にその身を踊らせた。

「魔法は便利ねぇ」

 カグヤは新調した衣服に袖を通しながら、関心したように告げる。いつもはカノンの魔法で汚れを落としていたが、さっぱりとした心地良さには水が最適なのよ、と彼女は笑顔を見せた。石鹸なんて貴重なものを、まさか旅をしながら使えるとは思ってもみなかった。泡立った体を水で流し、表面の皮膚に触れる。吸い付くような素肌に、ルリは感動を覚えた。

 体を洗浄した後の水を操り、目の前まで持ってくる。水に浮く自分の体の汚れ、垢、体毛をまじまじと見つめて、私は顔を顰めながらそれを窓の外に投げ捨てた。

「驚いたでしょ?」

 自慢げに言うカグヤへ、私はチクリと刺す。

「持ってたなら早く言ってくれ」

 石鹸の香りが鼻腔をくすぐる。華やかな香りが部屋中に広がった。私たちは今までどんな状態でいたのだろうか。先ほど捨てた汚物を思い出し、背筋を凍らせる。ここまでの道中で貸してくれてもよかったのに。ヤミレスにいた時でさえあれほど体が汚れたことはない。改めて、自分の匂いを嗅いでみた。……うん、大丈夫、臭くない……はず。

「私が確認してあげるわよ?」

 ひたひたと近付く彼女。その言葉に私は素早く首を振った。人に匂いを嗅がせるなんてとんでもない。エルフはそれを善行だとでも思っているのだろうか。

「冗談よ。……あれ、通じなかった?」

 カグヤが朗らかに笑いながら言い放った。どこの地方にそんなセンシティブな冗談があるのだ。自分の肩を抱きかかえた私に向かって、優しく笑うカグヤは続けた。

「ルリもお年頃なのねぇ」

 相手がマーシャだったら、私は小馬鹿にされたと思いきつく言い返したりしていただろう。だがこの幼い体に刻まれた長い人生の歴史からだろうか、カグヤの言動からは一切の嫌味を感じなかった。

 不思議な人だ。旅をしていてそう思った。

 言葉こそ刹那的、かつ独善的な部分が目立つが、相手を嘲笑したり見下すような口調はしてこない。彼女は心の底から一喜一憂し、豪快に人生を楽しんでいるように思える。正直羨ましいとさえ思う彼女の言動。私も、あれだけ純粋になれたらいいのに。自分の身勝手で高飛車な律を、この年になっても私は曲げられないでいた。柔らかい会話の道のりは、まだまだ遠い。私だって、いつまでもつっけんどんではいたくなかった。相手は何倍もの人生を歩んできた先輩だ。試してみるのも、悪くないかもしれない。

「も……」

 カグヤが眉を寄せる。

「も?」

 踏ん切りをつけるのに時間が必要だ。言葉とは、あまりにも己を体現し過ぎている。私はルリに顔を背けて告げた。

「もう……大人だし……」

 青い無様な反抗。エルフに言っても仕方がない。彼女にとって、私たちはまだ生まれたばかりなのだから。反応を伺いちらりと私は彼女の方を見る。私という表現者の発露を、無視されてはかなわない。

 ―――カグヤは、目を輝かせて飛びついてきた。

「……か、かわいすぎるー!!」

 勢い余ってベッドから下に落ちた私は、床に頭をぶつける。

 いたい。

 そして抱きついてきたカグヤに体を絡め取られた。

「や、やめ―――」

挿絵(By みてみん)

 妙なところに体が触れられ、くすぐったい。腰にしがみつく彼女の腕を必死に掴む。だが彼女は頭を押し付けながら叫んだ。

「ルリ、あなたがヒロインよ! メインヒロインになりなさい!!」

 鼻息荒く叫んだ彼女の言っている意味が分からず、か弱い抵抗を続けて仰向けのまま頭上を見上げた。誰かの視線だ。半開きの扉の隙間、カノンと少年がこちらを見ている。胸部に擦り寄るカグヤの締め付けを抑えながら叫ぶ。

「助け―――」

 閉まる扉、私の声は遮られた。

 何故。

「ごめんなさい……お邪魔しました!」

 扉越しにカノンが謝る。何の邪魔だというんだ!

 頭をガシガシと撫でられ視界を揺さぶられる。飼い主に溺愛される家畜とはこのような気分なのか。薄い布地から伝わるカグヤの強い締め付けが、とてもじゃないが愛情深いとは思えなかった。

「ちょ、ちょっと……っあ」

 誰かこの子をどうにかしてくれ!

 声にならない悲鳴を私は上げ続けた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Xにて投稿のお知らせ。 きままに日常も呟きます。 https://x.com/Estee66gg?t=z3pR6ScsKD42a--7FXgJUA&s=09
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ