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星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
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第1節 メインヒロイン!1

 

「それでは旅のお方、良い夢を」

 木目の入った古い扉がゆっくりと閉まった。蠟燭を持つ宿屋の主人が足音と共に部屋から離れていく。

 屋根がある場所で眠るのはいつぶりだろう。雨風を凌げる安眠、どれだけ待ち焦がれていたことか。火の後始末をしなくてよい、交代で見張りをしなくてよい。食事の準備やそれらに係る面倒事をすべて金銭で解決してくれる。世界はお金で回っているのだと実感した。お金で代行してくれるすべての人々に感謝しなければ。落ち着いた空気が流れた部屋の中で、外套を脱ぎ始めたルリたちにそんな話をした。

 するとルリは言い放つ。

「甘いな君は。それは貨幣絶対主義者への従属を意味している」

 仮にも商会で育った娘がなんて言い草だ。当然、僕は反論を述べた。

「……だってそうじゃないか。誰が発明したのか知らないけど、お金で生活が豊かになったんだから、今の文化的な生活を享受している僕らは、もれなく貨幣の奴隷だよ」

 物を買うにも宿に泊まるにも金が必要だ。物々交換をしていた時代はとうに過ぎ去ったのだ。一度はルリを口で言い負かしてみたいものだったが、果たして今回はうまくいくだろうか。

 ルリはその妖しい表情で言う。

「嘆かわしいな。君のような頭脳をもってしても、簡単に下僕を自称してしまうなんて……」

 睫毛を伏せて頭を振るう彼女の動作は、いかにも嫌味ったらしい厭世的な人間を装っていた。だが、その芝居がかった身の振り方でさえ、ルリがやると素材の良さが裏目に出てしまう。演技ができているとかできていないとか、そういう問題ではない。芸術家がいくら落書きだと言い張ったところで、それは匠の作品になってしまうということだ。

 ……うまく説明できているだろうか、これ。

 僕はルリの調子に乗せられたふりをして言い返す。

「ルリは物や道具に頼らず生きていけるの?」

「……()()のと使()()()()のとでは意味が違う。どこまで行っても道具は所詮道具であり、その主権を全うするのは持ち手でなければいけない」

 右手を僕に差し出したルリは、その上に小さな氷を作り出す。

「私たち魔法使いがどうして魔力の奴隷だろうか? 魔力に操られているのではなく、魔力を操る者。だからこそ人は、私たちを魔法使いと呼んでいるんだ」

「理屈は分かるけど、魔力なしで僕らは役に立たない。それは魔法使いなら誰しもが知る事実だろう?」

「そこまで分かっていれば後は解釈の誤差だ。魔法も、貨幣も、人間が生み出したものだ。しかし金はそうだったとしても、誰も私たちの頭が魔法に支配されていると思う者はいない。――その違いは果たして何なのか?」

 いつの間にか正面を向いたルリの双眸が、どんな難題さえ解き明かす研ぎ澄まされた頭脳が、蒼天の広がる樹氷の森へと僕を連れ込んでいった。あくまで、イメージだけど。

 鼻の頭が冷気でつんと痛くなるような極寒。身を竦ませなければ体中が凍ってしまいそうだ。答えを聞くため、僕は耳目を彼女に傾ける。凛とした彼女の声が室内に響いた。

「その違いは……」

「……」

 ごくり、と誰かの唾を呑む音。

「……」

「……」

「……」

 ―――あれ、聴き逃してしまっただろうか。

 長すぎる沈黙が僕の時間感覚を歪める。微動だにしないルリの顔が不気味に思えた。深い樹氷はいつの間にか消え去り、暖かな室内へと引き戻される。

 口を開こうとした僕に代わり、経緯を見守っていた傍観者が声を飛ばした。

「その違いは、なんなのよ」

 細い足を組んだカグヤがその上に肘をつき、さらにその上に小さな顎を乗せる。仏頂面の似合わない幼い顔が、僕らの会話に呆れた視線を送っていた。時間を飛び越えたわけではなく、単にルリが黙り込んだだけのようだった。

 同じく不思議そうに首を傾げ、頬に手をあてたカノンが尋ねてくる。

「二人はいつもそんなおかしな会話ばかりしているんですか?」

 再び動き始めたルリが振り返ってカノンに答えた。

「いつもではない。だが魔道士君との会話は面白いよ」

 面白いと言ってもらえるのは大変恐縮だが、支離滅裂な彼女の物言いの方が興味深いと僕は思った。

「それで、その違いは何なのよ!」

 薄紫色の毛を逆立てて猛るカグヤ。傍観に痺れを切らした彼女はルリに迫った。

「すまない、そこまで真剣な話じゃないんだ。後を引くようだったら申し訳なかった」

 あくまで自己本位なルリの気まぐれは、誰に対しても分け隔てなく作用してしまうようだ。

「明日も早くここを発つのなら、もう休んだ方がいいかもしれないな」

 ルリは軽く告げる。

「ッな??! こ、答えを教えなさいよ!!」

 ムキ―ッ! とでも言い始めそうなカグヤの叫び。

 ルリは爽やかにそれをいなす。……どうしてそんな涼しい顔ができるんだろうか。彼女の思考回路を理解することは一生叶いそうになかった。

 唖然とした僕のところにカノンがやってくる。微笑しながら告げた。

「魔道士さん、少し時間をもらっても?」

 不思議に思った僕はカノンの顔を見上げて頷く。

 首からぶら下がった竜骨の笛が、揺れ動いた。


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