「あの雷を追いかけて」2
日没、月明かりの下。
路地裏のドアを静かに押し開く。
真新しい石レンガの階段が続く暗闇の先を見据えた。犯罪組織ダスガストが使っていた旧道。今はガノアの意向でギルドの管轄となっている。悲惨な薬の実験跡や捕虜たちの死骸が発見され、ルールエに巣食う闇の深さが浮き彫りとなった。古い地下道を改築したのかと思っていたが、どうやら彼らが手で掘り進めた形跡がある。これだけの技術があれば、下水道の敷設に一役買ってくれても良かっただろうに。
ガノアは明かりの魔法を使い、立ち入り禁止の札がかかった鉄の格子戸を開く。歪だった地下道は壁を補強し支柱を取り付け換気穴も整備した。あの頃とは違う、綺麗な地下通路に様変わりしていた。今後、非常時における市民の避難経路、もしくは上下水道の設備を仕上げる予定だ。ルールエは急速に発展を遂げた街であったが故に、都市計画は杜撰なものがあった。これからギルドはさらに忙しくなるだろう。
ガノアは粒のような小さな明かりを頼りに、迷いなく目的の通用口の前に辿り着く。扉は付いておらず、中からは同じような光が見えた。
ガノアは低い声で告げる。
「……ロウグ、苦労をかけたな」
もう一つの光の元に男の影があった。黒い外套に身を包み、明かりがなければ見失いそうだ。ロウグはガノアに視線を向けて、返事をする。
「遅くなってしまい申し訳ありません、ガノア様」
「問題はない……それで、結果はどうだった?」
一礼をするロウグに近付きガノアは告げた。彼の衣服は所々が擦り切れ、綺麗だとは言い難かった。懐から封書を取り出しロウグは重々しく告げる。
「報告書を預かっております、ご一読を」
受け取った手紙には青い封蝋が押されていた。ガノアは封を切り中身を確認する。読みながらロウグの言葉を聞く。
「御言葉様の仰っていた通りでございますね。あの年齢で、やはり神の御子様でございましょうか」
ガノアは言う。
「彼が何者かは分からない。だが、彼の力で我々は救われた」
手紙の内容にガノアは顰め顔を作る。わずかに照らされた顔が下を向いた。人目を憚る地下通路の暗がりで、息を潜めた二人の間に静寂が広がる。
魔物の凶暴化に伴うガノアの悩みの種。それは、ミレイの憂うような被害地域の拡大などではなかった。人攫いが連れていったヤミレスへの道。そして、少年の指示の元、届いたチェイン商会筆の調査書。これらはガノアに一つの懸案事項を手繰り寄せるに至った。……ルールエの危機は、まだ去っていない。
犯罪組織ダスガストが成し遂げんとしたことは、ルールエの乗っ取りそのものだった。彼らは今、頭を潰され散り散りになり、再起しても数年はかかると推測される。しかし、ルールエから人攫いがなくなることはなかった。ついこの間も、冒険者の一人から魔法使いの不明者届け出を出されたところだった。この街の背後に、何者かがちらついている。
チェイン商会の調査書には、魔導具の取引に怪しげな富豪たちの存在が示唆されていた。謎に包まれた組織、裏の世界で全てを牛耳る、種族を越えた恐るべき魔族たちの集い。
「よもや"ロベリア教団"がこんなところにまで……」
ロウグの呟きを他所に、ガノアは次の一手を考える。今守るべきは、安全圏の妹ではない。
ヤミレスから逃亡した、御言葉の方だ。