表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星の屑から  作者: えすてい
第四章 あの雷を追いかけて
121/183

「あの雷を追いかけて」1

 前回までのあらすじ


 魔王復活を阻止するため立ち上がった光の魔法を使う少年。彼は生まれ故郷からほど近い交易都市ルールエで、冒険者として路銀稼ぎを始めた。街に蔓延っていた犯罪組織から領主の娘を救ったことをきっかけに、ルールエを守るためギルドと協力し犯罪組織の首領ヴァストゥールを倒す。領主の計らいにより、関所を越える手助けとして、領主の娘クィーラと大都市ヤミレスの魔法学院を目指すこととなった。


 魔法学院についた彼らは、学院が生徒を危険魔法の実験体にしているという情報を得る。かつて魔王を倒した"大勇者"が持っていたといわれる”御言葉”。その力をもつルリと共闘し、元凶である学院長を葬り去った。しかし、ヤミレスが擁する軍の精鋭部隊である五つの師団"ペンタギアノ"。その内の一つ第五師団長ヘルメルに見つかってしまい、魔道士らは犯罪者として身を追われることになる。


 ヘルメルからの追跡を振り切るべく、ヤミレスを脱したルリと魔道士の二人は、中央都市国家の敵対国である祖龍教国へと逃亡を開始した。途中、山脈に潜んでいた邪悪な魔神からエルフのカグヤとカノンを救い出し、同じ魔王復活を阻止する目的をもつことを知った彼女らと旅路をともにする。祖龍教国に辿り着いた彼らは、国を消滅させるほどの被害を生む"魔力災害"の発生を知らされる。祖龍教国の深い谷底にある流罪地区にて、その原因となった聖女アトレアの殺害を訴求されるも、彼女の信仰心と誠実な心を知った四人は、災害発生の真偽を確かめるためもう一度アトレアに会いに行く。教皇ウェイロンの目論見により魔力災害の源となってしまったアトレアを、深い葛藤の中破った魔道士たち。やるせない気持ちに身を焦がしながら、魔王復活を阻止するべく、次なる魔神の場所を目指すのであった。


 

 夕暮れの差し迫った鬼灯(ほおづき)色の街並みが、薄明かりに包まれる。仕事を終えた人々が集うささやかな宴を、篝火たちが囲んでいた。酒を交わす彼らの表情は、昼間の忙しさにほんの少しだけ安らぎを含ませている。

 ガノアはギルドの酒場を窓から見下ろす。ルールエの自治権は一部破壊された。二度も過ちを犯したのだ、当然ともいえる措置だった。父であるクルフ子爵は市民たちに択を迫る。一つは代表者による行政の執行。投票により決められた代表者を選抜する次代の自由統治。二つ目は管理主義への退行。税収を増す代わりに憲兵たちに政治を一任する従来型。そして最後に、自治権を王都に返還する道。ルールエはクルフ子爵から放棄され、王国の所有物となる。

 彼らが選んだ道は、彼らの進むべき道だ。それを否定することなど、ガノアにはできなかった。赤ら顔の冒険者の歌を聞きながら、窓から視線を逸らす。父親の掌握術は見事ともいえる。ルールエはやはり、自らが選んだのだ。

 ノックの音。

 ガノアは返事をし、入室を許可する。

 独特な化粧の匂い。ふわりと軽やかな毛先を揺らす女性。束になった書類を抱えるミレイが室内に入り、ガノアに声をかける。

「ガノア様、失礼します。書類をお持ちしました。……今月は農地の被害が多いですね」

 彼女が両手で運んできたのは、近隣で起票された魔物の討伐依頼書だ。返事も待たず、ミレイは紙の束を机に置き、表面の数字を指差しながら告げる。

「先月から比べると二倍以上の件数です。被害面積は四倍にもなるそうですよ」

 顔を曇らせた彼女が実状を頭に巡らせ、被害の大きな地域とその近辺を思い浮かべる。

 ガノアは渋面の彼女をついと見上げた。

 ……そういえばミレイの出身も広い農地を持つ家だったか。

 体の比率に似合わない椅子に座るガノアは、その依頼書を受け取ると、内容に目を走らせる。ルールエからさほど遠くない場所で次々と魔物の被害が増えていた。先週、一つの村を襲った魔物の群れに対し、討伐隊を送ったばかりだというのに。

「王都からの返事はまだか……」

 ガノアは書類の終わりを見ながら落胆したようにこぼす。あるのは刻々と告げる悲惨な被害状況だけだった。

 サインの終わった紙束を持ち直すミレイは、積み上がる紙から顔を覗かせてガノアに告げた。

「王都への街道が破壊されたと聞きます。……ルールエ以外では、暴動も始まっているそうですね」

 魔物による被害の影響が深刻化し、領地を守らずに王都へ帰る貴族も多い。捨てられた民衆が貴族の領地を侵し、下剋上が起こっているという。対岸の火事だとは思えない生々しい話だった。

「……おっとと」

 ガノアは左右に振れる彼女に尋ねた。

「大丈夫か?」

「平気です……。ガノア様も、あまり溜め込まないで下さいね」

 ミレイの言葉にガノアは俯いて頭を搔く。

「……すまない」

 その仕草があまりにも神妙で、慌ててミレイは訂正をした。

「あ、いえ! そういうつもりで言ったわけでは!」

 彼女は口ではそう言いながらも、最近のガノアの様子が気になっていた。どこか表層的で上の空。ミレイは心配して声をかけた。

「クィーラ様が心配ですか?」

 妹クィーラのいるヤミレスならば、魔物による脅威はさほど気にしなくてもいいだろう。だが妹を想う気持ちは別問題だ。自分の家族がどこにいても気がかりなように、ガノアも同じ気持ちだろうと彼女は考えた。

 だが、ミレイが思っているよりもガノアは気丈に鼻で笑った。

「クィーラなら問題ない、あれは皆が思うより強い」

 ここまで信頼を寄せている兄も珍しいだろう。ガノアに悟られないよう、彼女は憂いを帯びた瞳でそっと見つめた。では、何がそこまで彼の気を煩わせるのだろうか。

 階下から楽器による演奏が耳に入ってきた。陽気な冒険者たちは今日も自らの活躍を歌う。依頼が増えれば困り事も増える。しかし、冒険者にとってそれは商機でもあった。需要と供給ここに極まれり。誰かの不幸は誰かの幸福だ。ギルドは災害を災害にさせない、世界の均衡を保つという役割があった。

 妹の自慢をしてしまったことに気付いたガノアは、誤魔化すように顎を引いて咳払いする。

「なに、気苦労がちょっとばかり増えただけだ、気にするな。……持ってきてもらったところ悪いが、少し外す」

 書類の山積みになった席から立ち上がり、ガノアはおもむろに告げた。横に置いた円盾を背負い、筋肉の分厚い胸板を張って歩き出す。

 戸を開けてミレイを先に促すその姿勢は、領主の息子とは思えない紳士的な振る舞いだった。

「あ、ありがとうございます」

 ミレイはおずおずと廊下に出て、大きな背中に向けて問いかけた。

「あの……ガノア様……どちらへ……?」

挿絵(By みてみん)

 ミレイが書類の山越しに見た彼は、円盾の向こう側、何も告げずに軽く腕を上げただけだった。ギルドマスターは時折巡回と称して姿を消すことがある。その行き先を知る者は誰もいない。事務に支障が出るほどではないが、護衛も付けずに行方を晦ませるのは少し心配だった。彼女は言葉を失って、ただその背中をじっと見つめた。

 彼の姿が廊下の先に消えるまで。

「―――ミレイ!」

 横から声をかけられミレイはびっくりして書類を落としそうになった。驚いた彼女は顔を横に向ける。そこには、眼鏡をかけた一人の女性が悪戯っぽい上目遣いでからからと笑っていた。

「もう、びっくりさせないでよワッコ、仕事終わったんじゃないの?」

 ミレイが紙の束を持ち直しながら怪訝そうに尋ねる。

 ワッコはなおも笑いながら、その書類の半分を取り上げた。

 ミレイと同じルールエ支部のギルドに務める経理担当の一人。眼鏡とハーフアップの髪型が賢そうな印象を与える。制服から着替えた彼女は、丈の長いスカートと分厚いニットに身を包んで帰り支度を済ませていた。

 書類を持ち直し、彼女は廊下の先とミレイを交互に見返す。そしてにっこりと笑い、歩き出しながら告げた。

「終わりだよー、ミレイももうおしまいでしょ?」

 彼女の人懐っこい性格は、案外見た目よりも砕けていて接しやすかった。農地出身のミレイとは異なり、商家の出のワッコは経営を学ぶために内勤としてギルドに就労している。年が近かったこともあって二人はすぐに仲良くなり、勤務の合間や退勤後もよく話しをしていた。

 片手でドアを開け、書類を適当な机の上に置く。ワッコはレンズ越しにミレイへ問いかける。

「……そーれーでぇ、ガノア様にアプローチはできたのぉ?」

 廊下を隔てた二人きりの室内には、冒険者たちが奏でる陽気な音楽は聞こえてこない。

 苦々しい顔をしたミレイが重たい溜め息を吐く。

「はぁ……無理よ、……ガノア様、仕事一筋なんだもん」

 ワッコは山積みの資料を手際よくまとめながら棚にしまう。机に突っ伏すミレイの滑稽さに鼻を鳴らした。

「ミレイ様とあろう者が弱気ですねぇ」

「……うるさい」

 睨むミレイを無視して、資料の入った戸棚を閉める。

 口を尖らせたミレイはブツブツ呟きながら卑屈さを滲ませた。

「どうせ私は平民だから、気にも留められてないのよ……」

 波打った彼女の髪の毛がなんとなく萎れて見え、ワッコは笑ってしまう。そんな鬱々としたミレイを廊下に押し出し告げる。

「はいはい、愚痴は後で聞いたげるから、着替えておいでー」

 いそいそと廊下に出た二人は、微かに香る酒場からの匂いに空腹を覚えた。笑い声や喧騒の折り重なった下の階。増加した魔物の被害に怯える冒険者の姿はなかった。

 陽気で呆けた彼らの声は、どこまでものびていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Xにて投稿のお知らせ。 きままに日常も呟きます。 https://x.com/Estee66gg?t=z3pR6ScsKD42a--7FXgJUA&s=09
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ